深紅の旗は我にあり 香田誉士史監督と駒大苫小牧高校野球部の10年間の歩みです。
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著者のコメント
駒大苫小牧高校野球部と香田監督の10年間著書 「深紅の旗は我にあり」 苫小牧駒澤大学WEB連載にあたって
著者:蔵重 俊男さん
私はいつも「高校野球って素晴らしいなぁ」と、心の中に思い続けている。そんな高校生活の中で彼らにとって、野球を通して一生涯忘れことの出来ない青春の一コマを、香田誉士史と言う指導者と出会った十年間と、監督の道のりを書き綴らせていただきました。

「香田野球」の最終目標は、「人として世の中に送り出すための人間形成」を三年間で創りあげていく。妥協を許さない徹底した指導振りと常に競争心を掻き立てながら、彼独特の野球に取り組む姿勢は、子供達がどのような環境下にあろうと、どのような舞台に立とうと、物怖じせずに力を発揮して行くのである。彼自身、少年野球を始めた頃から素晴らしい指導者たちに恵まれ、その出会いの中でも、佐賀商業時代の監督、田中公士氏や、駒澤大学に進学後、監督の太田誠氏とは、親子のように私には写って見える。今年の秋季リーグをもって、太田誠氏も監督を辞任したが「香田野球」の強力なサポート役になっていたのは間違いない。何事も謙虚に受け止める彼の姿勢は、十年間で着々と力を蓄えてきた。負けることから得た学習能力は、高校野球の魅力を倍増させ、不思議な力を見せ付けて行く。「冷静」さと「勢い」をもって、多くの人を「感動」させてくれます。

この本の最終行には、「大きな夢を与えてくれた男、それは、香田誉士史と言う明治の心を持った北海道の高校野球の開拓使だ」と綴っているのは、それなりの理由がある。それは彼の生まれ故郷佐賀県との関係である。明治維新の頃、北海道の開拓に関しては「佐賀の七賢人」の一人、「島義勇」が遠く蝦夷、樺太を探検し、無縁の地からその後も北海道、札幌の基礎を築き上げた偉大な人物でもあった。大通り公園の名残も、当時の計画そのものだと言われている。私はそうした、島義勇が辿った道のりと同じ様に、今百数十年経って高校野球と言う形は違っていても、北海道の高校野球を開拓してきた十年間と捉えていただければありがたい。

歳月は早く感じられる。彼の人並みならぬ苦闘の日々はこの本に記してありますが、昨年の全国優勝は決してフロックでない事を第87回の夏選手権で結果を残してくれました。昨年のチームカラーは投打に圧倒的な強さを見せ付け何処のチームと戦っても負ける要素が見当たらなかった。今年は林主将が言う様に、全道大会で甲子園出場が決まるまでは、本当に辛い日々を戦い抜いてきたが、そのプレッシャーが無くなると、デフェンスのしっかりしたチームは、高校野球の「基本」を見せてくれました。ここ一番でチャンスをしっかりと捉え、「勢い」が加速して頂点を極めた。そのチームが国体でも「チームプレー」を徹底し、「林主将が優勝する」と言って優勝したあたり、「香田野球」の真髄が垢抜けたチームカラーとして一際光っていた。新チームになっても、ひと昔を思い出させる様な、キャプテンが投打の中心となり田中将太が牽引し神宮の空に大きく優勝旗を舞い上がらせた。「北海道にもう一つの甲子園出場枠を持ってくる」事を断言し、有限実行した香田野球V3は一年間での3冠は高校野球史上初めてのことである。田中本人としては韓国遠征を含めるとV4になる。

つい、数ヶ月前、34歳の指揮官に襲い掛かった試練と痛烈なマスコミのバッシングは、声もかけられない程、心を痛めていた。そしてついに、風邪と心労で倒れ入院した。それでも「なにくそ」と病院を抜け出しネット裏で、鋭い視線を送っている。監督の存在そのものが、子供たちの精神的な支えとなっていると感じた。こうした、子供達への愛情が父母達や、学校関係者はどれだけ理解しているのだろうか。

ある日、「深紅の会」の一人一人が心を込めて、監督に手紙を書いた。時間が解決してくれると言いながらも、少しずつ立ち直るきっかけにもなったかなと思う。まだまだ「復活」とまでは行かないけれど、心から道民の皆様と、今の三年生が卒業するまでには、「優勝の報告会」を何としてもやりたい。そうしなければ、彼らの傷ついた心は一生晴れることは無いと思う。高校野球の「感動」を皆様と共に味わいながら、駒澤高校のみならず、純粋に高校野球を愛し続けて頂きたい。

「香田野球」を通してただ単に、十年間を書き綴っただけの本ではあるが、目標を失った若者達にも一読して欲しいと思う。「香田野球」が少しでも、勇気付けられ「感動」を呼び起こすものだと信じております。

2005年11月30日脱稿
<著者プロフィール>
氏名: 蔵重 俊男
住所: 苫小牧市新明町4丁目20番13号
連絡先: 0144-55-5069
生年月日: 昭和25年6月20日【55歳】
出身: 厚真町
厚真中央小学校・厚真中学校・苫小牧工業高校・昭和44年卒業
大昭和製紙(株)本社鈴川工場(S44年4月〜47年12月)
蔵重自動車(S48年1月〜59年12月)
苫小牧スバル自動車(株)【(現)北海道スバル(株)苫小牧西店】
(S60年1月〜現在に至る)
趣味: 野球鑑賞・少年野球指導者・少林寺拳法
蔵重 俊男さん

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