読書雑感

このコラムは、企業経営者、団体のリーダーなどの方々にご登場をいただき、読書を基本軸に仕事や生活、文化、芸術、経済、哲学、を語って頂くコラムです。
元・裁判官佐藤学さんのコラムに続く第3回目は、トヨタ自動車北海道(株) 副社長石橋さんのコラム。人は、実に様々な人との出会い、本との出会いがあるものです。心を豊かにする出会いの魔法。どうぞお楽しみ下さい。

■第3回 読書・巡り会い 筆者:石橋 弘次さん

石橋 弘次(トヨタ自動車北海道(株)取締役副社長) 大学HPへの寄稿依頼を受けた時、学生時代の話題が良いかなと漠然とそんな思いを抱いたが、たまたま今月はじめ40年前というかなり昔に遡るが、入学時の仲間との同窓会が定山渓温泉で行われ、深夜まで数々の思い出話を肴に痛飲した。
帰り、空港へ同級生を送ったが 車中で「最近 本を読んでいるか」の質問を受けた。
たまに読むにしても、寝る寸前の布団の中での「ジェフリ・アーチャー」や「アーサー・ヘイリー」などの軽い「文庫本」が中心であり、ついつい「読書より飲み会が多い」と正直に答えると、「フーン」と明らかに馬鹿にした空気が車中に充満。
その昔は 将来の仕事に書店経営(本屋さん)を考えていた位、本好きだったのにと友人を見送った後、現在の体たらくを深く反省。

 中学のころは 図書館通いもそれなりにしていたが、高校になるとクラブ活動と人並みの受験準備で、むしろ本を読むのを意識的に少なくし、「戦争と平和」、「次郎物語」など極々わずかの本しか読まなかった。
大学では入学時の「生活案内」の中に、「読書のすすめ」と言うコラムがあったが、「科学の価値」(ポアンカレー)など難しそうなのは避け、「石狩川」(本庄陸男)、「星座」(有島武郎)と言う北海道にゆかりのある本を皮切りに、高校時代の反動もあり、乱読、多読に走り、いっぱしの「読書家」を任じていた。もし「趣味は?」と聞かれたら、見栄ではなく 即座に「読書」と答えたと思う。もっとも、大学正門横の古本屋のものばかりなので、「虫食い本読書」と答えるのが正確かも知れない。特に、2学年の時は汽車通で 千歳線が単線と言う事もあり、往復で3時間位かかり、読書には誠に贅沢な環境であった。

 購入した本が溜り、就職時に全ては持っていけないので、小説類を中心に 実家に置いて行ったが、残念ながら、隣家からの貰い火で 殆ど全てが「灰」と化してしまった。
「夏目漱石」、「森鴎外」「有島武郎」をはじめ、歯抜けではあるが、「世界文学全集」なども失い、そのショックと悔しさから、焼失した作家の作品を 再び購入するのは今も避けている。
ところで、「天才アイヌ人学者の生涯」(藤本英雄)によれば、この古本屋さん、「南陽堂」と言うが、知里真志保さんは家族の一員のように振る舞い、大学にいるよりこの店にいる方が多かったようである。この知里さんの「アイヌ語入門」は誠に痛快である。
有名なバチェーラー博士の辞書を「欠陥だらけ、目につく幽霊語、すこぶる多い誤訳云々」と滅多切りで、並みの辞書では無い。A・ピアスの名著「悪魔の辞典」にも匹敵すると思う。ピアスも面白い、本学のHPでの紹介は問題かも知れないが、抜粋すると「無宗教とは世界中の偉大な信仰の中で最も重要な信仰」とか「宗教とは希望と恐怖を両親とし・・」などと解説している。

 学生の頃の思い出に戻ると、巷間の女性に、「若きウェルテルの悩み」(ゲーテ)を贈った友人の心情は何だったのか。情感の世界とは全く縁遠い人物なので、今なお解決していない不可解な思い出もある。また、自分のほろ苦い思い出として、滅多に機会の無い同世代の女性との会話の中で、たまたま読書の話になり、止せば良いのに、「北の海」(井上靖)を持ち出した。これは井上靖の自伝で、四高(今の金沢大学)時代の柔道部生活を中心に書かれているが、自分も柔道をやっていたので、これなら自信があり、中身に入ろうとした時、「靖(やすし)」を勝手に「せい」と普段呼んでいたのが、そのまま言葉に出てしまい、軽く「やすしでしょう」と訂正され、言葉に詰まった事がある。
作品は内容が大事と 作家の名前を正確に覚えないのは今も変らない。
最近亡くなられた、「水上勉(みずかみ・つとむ)」は「みなかみ・つとむ」と覚え、「森村桂(かつら)」は「もりむら・けい」と全く反省しないままに今日に至っている。
水上勉と言えば 生き別れのご長男の窪島誠一郎さんが創設した、長野県上田市にある「無言館」を数年前訪問した。戦没画学生の絵画、手記など遺品も展示しているが、彼らの無念さを思い、涙が止まらず、一緒に行った同僚に悟られないよう鼻をかんで 誤魔化そうとした事がある。なお、窪島さんも作家で「父への手紙」、「母の日記」などの著作がある。

 「井上靖」の誤読はともかく、「北の海」の中で、重要な役割を担う「大天井」のモデルは、後年名古屋大学柔道部の師範に就任され、国立大学屈指の強豪チームに育てられた小坂光之介さんである。道場で指導の姿を拝見したが、年輪の賜ものか小説の人物とは異なり、眼光は鋭いものの好々爺の感じで 楽しげに指導されていたのが印象的であった。小坂さんの教え子が 現在、会社で隣に座っているが、当時60歳前後と思うが、簡単に 寝技で抑えられたそうで、現役時代の強さは想像を絶するものと今でも感心している。作家自身や登場人物を実際に知っていると違う楽しみを味わえ、興味も倍増する。

 入社同期に、スポーツライターとして有名になっている川上貴光くんがいる。父親の元巨人軍監督「川上哲治」を題材に「父の背番号は16だった」を処女作とし、「ムッシュになった男」(阪神で活躍した吉田義男さんがモデル)や「高橋真梨子 とびらを開けて」など続々世に出している。彼とは社内研修旅行時の旅館の部屋の布団の上で、レスリングをするなど、修学旅行以来のバカ騒ぎに興じた事を思い出す。
なお、川上哲治さんには 3年前千歳市内のホテルでの会食に同席させて頂いた事がある。
憧れの名選手であり、直接「ボールが止まって見えた」などの話をお伺いし 時の経つのも忘れ、楽しいひと時を過ごし、おまけに、サイン入りの自書「遺言(ゆいごん)」(今、話題の1リーグ制なども提唱)まで頂戴した。ちなみに、哲治は「てつはる」、貴光は「よしてる」と読むので念の為。

 同じく同期に、田中勝くんと言い、「遊び人」と自他ともに認める男がいた。
三島由紀夫が割腹する直前に家族で泊ったり、夏目漱石、正岡子規、川端康成などの定宿として、あるいはチャップリンやアラン・ドロンも宿泊している有名な京都「柊屋旅館(ひいらぎや)」の主(あるじ)にちゃっかり納まっている。よく誘われて 二人で会社を抜け出すようにして、昼飯を食べに行ったが、そんな自分が今では、社員の規律について とやかく言っているから 自分ながらも恥かしい、彼に聞かれたら何と言われるやら。
同期ではないが、職場の先輩に、上坂冬子さんがいた。「お茶汲み」などばかりで 余り楽しい会社生活ではなかったようで、この辺りは「何とかしなくちゃ」(文春文庫)に詳しい。ただ、残念ながら、年代的には入れ違いなので 実際にはお会いしていない。
上司に聞くと かなり主張のはっきりした人だったようである。
同じく先輩の一人に、酒巻和男さんと言う方がいた。この方は 「海軍」(獅子文六の筆名でなく、本名岩田豊雄で執筆)で描かれた、真珠湾に特殊潜航艇で突入した兵学校卒業生のモデルの一人である。もっとも、亡くなった全員は「軍神」となったが、ご本人は 一人生き残り、太平洋戦争捕虜第1号となってしまった。入社当時、輸出部長(ブラジル・トヨタの社長なども歴任)で、入社教育時に職場紹介に来られたが、自分は学生時代の延長で ついつい寝てしまったが、戦後の平和な時代のお陰で、「ビンタ」の洗礼も無く、やさしく起こされた事を思い出す。この職務中に寝る癖は、今現在も治らず 特に 昼食後の会議中は ひどい。
先輩だけでなく、部下にも有名人の血族がいた。「梅原猛さんの甥っ子」である。
「水底の歌」、「隠された十字架」などを読み ファンを自認していたが、彼を見て、一族全てが優れた学者になるとは限らないと変な所に感心した覚えがある。ただ彼はアイスホッケーのゴールキーパーとしては優れていた。

 やや脱線気味なので元に戻すと、良し悪しは別にして、人生観、宗教観に大きく影響を与えるのは、経験や人間関係などもあるが、やはり読書を通じてが かなりの部分を占めると思う。宮本武蔵の「二天記」に記載される「独行道」の「仏神は尊し仏神をたのまず」は好きな言葉のひとつである。この欄への引用には 少し気が引けるが、ただ、即効睡眠書として、「ブッタの言葉」、「ブッタ最後の旅」なども時々は枕元に置いているのでご容赦願いたい。

 ところで、本に親しむようになったのは 本好きの父親の影響もあるが、小学生の時に市立図書館で読んだリンカーンやワシントンなどの「伝記本」に始まったと思う。
ここ昨今 活字離れを危惧する声が強まって久しいが、何を読むべきかと言うよりいかに読書の習慣を身につけるかが大切と思う。
そこで、自腹では懐具合に全く余裕が無いので、会社のメセナ活動の一環として、今年で 7回目になるが、毎年 市立図書館に300冊、小学校も2校で計200冊(来年からは4校で計400冊強)を超える本の寄贈をさせて頂いている。
なお、地元には会社は元より従業員・家族も大変お世話になっているので、絵画展や音楽会(PMF, 札響、ジャズピアノ演奏会)サポート、経営講演会更には中学生国際アイスホッケー交流会、女子アイスホッケーチームのスポンサーなど いろいろな活動を展開しているが、特に、本は 誰でも、何時でも利用して頂けるものであり、今後とも寄贈を継続して行くつもりである。

 長々と駄文が続いているので、そろそろ筆を置くが(実際にはキーを打つのを止める)、「世界の歴史」や「日本の歴史」と共に、火災から逃れたが、わが奥様から「読んでいるのを見たことが無い、いつになったら読むの」と冷ややかな眼で見られている「日本古典全書」(全108巻)などのホコリを払い、晴耕雨読の友に出来るのはもう少し先かと思っている。
そこで、今夜は とりあえず、繰返し読んでいる、「山本周五郎もの」(勿論、文庫本)を手にするつもり。もっとも、スタンドの灯をつけたまま、数ページで今日もお休みかも知れないが・・・・・。
2004年10月20日脱稿


■筆者プロフィール
石橋 弘次さん [トヨタ自動車北海道(株) 取締役副社長]
昭和39年3月:北海道苫小牧東高等学校卒業
昭和43年3月:北海道大学法学部法律学科卒業
昭和43年4月:トヨタ自動車工業(株)入社
平成04年3月:トヨタ自動車北海道(株)取締役経営管理部長
平成11年6月: 同社 常務取締役
平成14年6月: 同社 専務取締役
平成16年6月: 同社 取締役副社長

・北海道商工業振興審議会委員
・苫小牧市行政改革推進懇話会委員
・北海道機械工業会常務理事・自動車プレス部会長
・苫小牧アイスホッケー連盟会長
・北海道アイスホッケー連盟副会長

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