読書雑感

このコラムは、企業経営者、団体のリーダーなどの方々にご登場をいただき、読書を基本軸に仕事や生活、文化、芸術、経済、哲学、を語って頂くコラムです。
「振り込め詐欺」に大きな警鐘を打ち鳴らす渋谷絢子さんに続く第6回の今回は、100年前に発表された全国紙の新聞社が考えたその未来の検証と、今後100年間の科学・社会・人を考える夢と現実と想像を旅するコラムです。橋本信夫さんの「100年前の予言と21世紀の未来」を読んで頂くと、きっと生き物と地球がもっと身近で愛おしく感じられることでしょう。プロフィールと併せて読んで頂くとコラムの理解がきっとより深くなります。是非こちらも!

■第6回 100年前の予言と21世紀の未来 筆者:橋本 信夫さん

円山動物園友の会会長   橋本 信夫 平和の希望に溢れた21世紀はNYトレードセンターのテロ事件とイラク戦争をもって開幕した。機械文明の粋を凝らしたハイテク機械が瞬時に大量破壊をもたらす光景のすさまじさは衝撃的であった。しかもこれを世界中がリアルタイムで知ることができたのも驚異的なことに違いない。

 現在の国際平和は20世紀前半の二つの世界大戦の悲惨な経験をもとに辛うじて保たれてはいるものの、安いハイテク兵器や小型の大量破壊兵器の拡散によって、主に地域紛争と国際テロ事件の頻発が21世紀の大きな特徴として予測されている。しかし、20世紀末のコンピューターを駆使した情報技術や月面到着・火星探査も可能にした科学技術によって、水と緑に包まれたこのかけがえのない美しいわれらの惑星「地球」への人々の理解が飛躍的に深まってきた。その結果このまま資源と人口のバランスも取れぬまま、しかも貧困問題、資源配分や地域紛争などの解決さえ覚束ない状況で推移すれば、いずれ人類ばかりか地球生物全体を巻き込んだ悲惨な運命の招来されることへの危惧の念を、世界の誰もが感じ取らざるを得ない状況になってきた。

 一方、このような機械文明が劇的に発達しつつあった20世紀前半の1938年、数年後の太平洋戦争では上空に戦闘機さえ飛び交っていたニューギニアの高地で、人口5〜10万人にも達する大きな石器人社会が発見された。海岸から遠く離れた内陸の高地だったために現代文明との接触がなく、そこに石器を道具にした生活様式がそっくり維持されていたのである。つまり私たちの過ごしてきた20世紀は、産業革命以後の僅か200年余りの間に大発展した機械文明と、少なくとも1万年以上の過去を引きずる石器文明の二つが共在した極めてユニークな時代でもあったのである。
 60数億の人口を抱えた現在の地球社会で、20世紀型浪費生活に限界のあるのは自明である。石器人的ライフスタイルの価値の問われる時代がいずれやってくるに違いない。

 ところで20世紀が開幕した1901年(明治34年)正月の報知新聞に「20世紀の予言」として、次の100年間に出現する物質的な現象の予想記事が掲載された。元来、予言という未来を占う行為は神様の専管事項であったはずであるが、時代が降るにつれて「巫女」や「預言者」など、神様の代弁者も現れるようになった。さらに文明の発展につれて人類が地上の最上位のプレデター(捕食者)として神様以上の権力を恣にすると同時に、様々な未来予測事業(天気予報、地震予知、予防医学、経済予測)なども手掛けるようになった。
 100年前の報知新聞の全部で23項目の予言のうち、物理・工学分野の15項目では大部分が見事に当たっていた。例えば電気、通信、自動車、エアコン、写真、テレビなどの普及や高速鉄道、航空機、ロケット、天気予報の発達などなどである。ジュール ベルグの小説から推して、原子力、月面着陸、火星探査や24時間世界一周などは当時の人々の予想内の出来ごとだったに違いない。
 一方、生物や動物関連の8項目はほとんど大外れであった。サハラ砂漠が緑化される。アフリカのライオンやワニが絶滅する。蚊やノミがいなくなる。ヒトの身体が2メートルを超す。ほとんどが大学を卒業して幼稚園が廃止される。電気で植物を成長させる。動物と自由に会話できる、などとした予言の決着はまだまだ遠い先のことである。わずかに医術では麻酔や外科が発達し、内科疾患の大部分を手術で治療するとしながら、抗生物質の出現までは予想していない。

 ここで注目したいのは「人と獣との会話自在」の予言についてである。「獣語の研究進歩して小学校に獣語科あり、人と犬、猫、猿とは自由に対話すること得るに至り、従て下女下男の地位は多く犬によりて占められ、犬が人の使いに歩く世となるべし」とある。現在盲導犬や警察犬など、犬も目覚しく活躍しているものの残念ながらまだ人と会話できる犬はいない。2002年に日本の玩具メーカーが、犬の行動と声紋の分析成績を組み合わせた犬語翻訳機を開発してイグ・ノーベル賞を受賞し、国際的にも大評判となったが、これもアイデア倒れで普及にはほど遠い。
 最近動物園友の会とのかかわりで動物園に訪れる大勢のお子さんたちを観察する機会に恵まれるようになった。たまたまテレビで子豚の映画「ベーブ」が放映され、孫たちがブタ、イヌ、ネコ、ヒツジ、アヒルなどの会話に身を乗り出して見入っていた。幼児はごく自然に動物たちに感情移入し、想像力を膨らませることができるらしい。しかし高学年となるにつれて動物との親近感も次第に薄れ、夢の無い受験地獄に埋没してしまう。現代の機械文明社会でヒトと動物との対話などはどうやら幼児だけの特権になってしまったようである。

 そこで動物との会話の問題を別の視点から眺めて見ることにしよう。1980年代に、中央アフリカのウガンダの密林で長年ゴリラの生態調査をしてきたダイアン・フォッシー女史が遂に野生のゴリラと握手し、抱き合うことに成功した。これは人類の月面到達にも匹敵する歴史的快挙と言われている。これを機にヒトとサルとのコミュニケーションの問題が大きく脚光を浴びるようになった。例えばチンパンジーの赤ちゃんに人間の言葉を手話やキーボードなど、音声によらない方法で学習させることによってチンパンジーとの会話が成立し、心まで読み取れるようになってきたのである。

 これまで世界中どこでも、ヒトとサルは厳然と区別されてきた。しかしその根拠となると直感によるものが多く、また人と動物の区別の定義ともなると一層曖昧なものになる。
 古代ギリシャではギリシャ語を話す人が文明人で、話せなければ野蛮人であるとした。これを受けて近代の機械文明のもとになったギリシャ哲学では、後天的学習によって習得した言語でコミュニケーションできるものを人間とし、できないものを動物と定義していた。ところがチンパンジーにもヒトの言語の学習能力があって人間と意思の疎通を図れるとなると、ことは非常に複雑となり、これまでのヒトと動物との相違についての概念が根底から揺るがされることになる。

 われわれは生物を大きく動物と植物に分け、そして動物をヒトとヒト以外の動物に峻別する。人間は哺乳類のうちの霊長類の一員であると理性的に理解しながら、人間の強い排他精神によってヒトは神様をモデルにして作られた特別な創造物で、サルとはまったく違った存在と信じて疑わないのである。
 しかし最近の人類化石の研究、動物生態学や遺伝学などの目覚しい進展によって、ヒトとチンパンジーのDNAは1.4%しか違わず、遺伝子レベルでは人類に含めても何ら不思議でないことも判明した。さらに1999年にニュージーランドで成立した新しい「動物福祉法」は、これまでのチンパンジー、ボノボ、ゴリラとオランウータンの4種類の大型類人猿にヒトも加え、「ヒトとヒト以外の人類(ノンヒューマン ホミニド)」として規定している。これによりこれらの尻尾のない大型類人猿はもはやサルではなく、人間社会から「人類」として取り扱われ、基本的「人権」が認められたことになった。つまりチンパンジーを殺害した場合でも殺人罪が問われることになり兼ねないことになるので問題の根は深いのである。このためにヒトと動物を区分するための科学的な方法論、これらのことを理解し受け入れるための基本的な考え方、教育体系や法律体系などの整備・確立が今世紀の大きな課題として浮上するに違いない。

 これからの100年間に動物行動学や生態学などの研究も飛躍的に進展すると思われるが、これによって人類がどんな動物とどのような会話を交わすかが楽しみである。差し当たりお目当ての競走馬から直接「やる気」を聞き出したい人も大勢いるに違いない。またこれらのことが実現した場合、「人間が万物の霊長で他の動物とは異なった存在である」とするこれまでの哲学体系も崩壊せざるを得なくなる。
 果たして今世紀中に、人類がそのような理念をものにして新しい哲学体系を創造できるかどうかを占ってみたいものである!
2005年2月11日脱稿


■筆者プロフィール
橋本 信夫さん [ 円山動物園友の会会長 ]
1951年: 岩内高校卒
1955年: 北海道大学獣医学部卒業
1957年: 北海道大学大学院獣医学研究科修士課程終了(家畜伝染病学専攻)
1957年: 札幌医科大学助手(衛生学、組織培養学、ポリオとポリオウイルスの研究)
1962年: ニューヨーク市公衆衛生研究所〈留学、ウイルス遺伝学)
1964年: 札幌医科大学講師(疫学、ポリオウイルスと日本脳炎ウイルスの研究)
1972年: ニューヨーク血液センター研究員(B型肝炎ワクチンの開発)
1975年: リベリア共和国立医学生物学研究所派遣
(ニューヨーク血液センターVilob II所長:B型肝炎ワクチンの開発・研究)
1977年: 北海道大学獣医学部教授(獣医公衆衛生学担当、ウイルス性人獣共通感染症学、食品衛生学、疫学、疾病予防学、自然界における病原体の存続様式)
1982年: 日米医学協力会ウイルス専門部会パネル委員(アルボウイルス、ハンタウイルス、ウイルス性人獣共通感染症)
1996年: 停年退官 北海道大学名誉教授
1996年: 北海道大学非常勤講師 (伝染病と文明)
2002年: 自由業 現在に至る
2004年: 日本獣医学会越智賞受賞

専門
 獣医公衆衛生学 (食品衛生学、疾病予防学、人獣共通感染病学、野生動物の感染症学、生物災害対策)
 ウイルス学 (ウイルス生態学、ウイルス病の疫学、新興・再興感染症、ダニ脳炎、日本脳炎、ウエストナイル熱、腎症候性出血熱、ラッサ熱、猿痘、狂犬病等)
 細菌学 (感染性食中毒、エルシニア感染症、オウム病)

所属学会: 日本ウイルス学会、日本獣医学会、日本獣医公衆衛生学会、日本獣医師会、北海道芸術学会、観光情報学会 日本クラミジア研究会(元会長)、日本エルシニア生態研究会(元会長)、日本脳炎生態研究会(元会長)
所属組織: 札幌彫刻美術館友の会(会長)、札幌円山動物園友の会(会長)
趣 味: 博物学、文明論、美術館・博物館巡り、アフリカ彫刻収集、パブリック・アーツ鑑賞、バロック音楽鑑賞、バイオリン練習、山スキー、採集的野生生活

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