読書雑感

このコラムは、企業経営者、団体のリーダーなどの方々にご登場をいただき、読書を基本軸に仕事や生活、文化、芸術、経済、哲学、を語って頂くコラムです。
橋本信夫さんの「100年前の予言と21世紀の未来」に続く第7回の今回は、雑誌「poroco(ポロコ)」やweb site を通じ、生活情報文化の充実に貢献している(株)コスモメディア専務取締役・相内さんの「雑誌が教えてくれた“考えること”の楽しさ」。日本の雑誌文化が花開いた頃の読書との出会い・読書をする喜びや、学校で学んだ基礎学力と実社会での活用など、学生諸君に向けた体験的メッセージも随所に。懐かしい雑誌名も登場しますので、こちらも楽しみです。では、近くに飲み物等を用意して・・ごゆっくりどうぞ。

■第7回 雑誌が教えてくれた「考えること」の楽しさ。 筆者:相内 克敏さん

(株)コスモメディア専務取締役 相内 克敏情報を再編集&再構築し、新しい価値を創造する

 現代は通信手段の急速な変化とともに、情報それ自体の価値が問われている時代だと思う。日々発信される情報を収集・蓄積し、それを個人の必要情報として分類・加工し、分かりやすく再編集することが求められている。これを私たちは編集方針として「ReEdit&ReMix」と呼んでいる。すなわち、情報をある一面からとらえるのではなく、多様な面からとらえ、独自に再編集するとともに情報と情報を新しく組み合わせることによって付加価値をつけ、サービスとしてマーケットに供給していくということである。
 このように、私たちのビジネスは情報をテジタル・データベース化し、さまざまなハードウェアにアウトプットさせ、さらなる価値を発見していくことにある。現在、私たちは月刊情報誌“poroco”を中心に道央圏の地域情報を媒介として総合化を図り、新しいコミュニケーションを展開しているが、これからは多様な情報媒体とメディアミックスさせた、新たなビジネスを積極的に開発していきたいと考えている。
 私がこのような出版メディア事業に携わるようになったのも、もとをただせば生来の「雑誌好き」が昂じた結果といえなくもない。あまり万人向きの読書体験ではないかもしれないが、以下に私の個人史に即して雑誌文化との係わりを述べてみたい。

「何をメッセージしたいのか」を探求するための読書

 私が生まれたのは朝鮮戦争の特需景気が一段落して、日本経済が成長期に向かいはじめた1958年のこと。物心が付きはじめた小学生時代、なぜか家には「リーダーズダイジェスト」があった。どうも誰が読むでもない雑誌を延々と定期購読していたようだった。何気なくめくっているうちに、世界の名言・格言のような企画ページに興味をもったのを覚えている。今にして思えば、分からないながらも考えて読んでいるうちに、短くインパクトのある言葉のなかに込められた「知恵」に魅了されたのだと思う。
 中学に入って国語の教師から、夏目漱石・芥川龍之介・太宰治等の作品を勧められた。単に、勉強としてだけで読むのではなく、作者が何を考え表現したいのか、何をメッセージしたいのかを心がけて読むと楽しくなると教えられた。この素地があったせいだろうか、高校では公民の近代思想の授業が特に面白かった。思春期に入り、やはりどこか欝屈していたのだろう。キルケゴール、ヤスパース、ハイデガーやサルトルなどの実存主義に感銘を受け、「信仰とは何か」「主体的な存在とは何か」などと、ときおり身に染みるようなフレーズに出会い、社会との関わりを深く考えさせられた。
 一方で、友人から「日本版プレイボーイ」が創刊されたのを教えられ、これを一緒に定期購読するようになった。毎月本屋に取りに行くと、店のオバサンに怪訝な顔をされたのを覚えている。内容は硬軟とりまぜた企画で、当時はもっぱら「軟」の企画ばかりが注目されたが、今振り返ると「硬」のほうもそんなに捨てたものではなかったと思う。

80年代初期の雑誌文化黄金期のウエーブを浴びて

 卒業してから家庭の事情で二年間ほど働き、入学資金を貯めて専門学校のマスコミ編集科に入った。ここから私の雑誌遍歴が花開く。「ダ・カーポ」「広告批評」「宣伝会議」「CMナウ」「話の特集」「スタジオボイス」など、書店で表紙をめくって気に入ったものを片っ端から購読した。そして、当時ブームになりかけていたタウン誌の編集がやりたくて“さっぽろタウン情報”に就職。ここで「ポパイ」「ブルータス」「ホットドックプレス」「ビックリハウス」「ザ・コピーライターズ」などを購読する。つまり、期せずして80年代初期の雑誌文化黄金期の真っ只中に飛び込んだわけである。続けて、採用PR事業を担当したおかげで「日経ビジネス」「プレジデント」「ビッグ・トゥモロウ」「エスクァイア」などを読みはじめる。
 現在は、月刊情報誌“poroco”と花の隔月刊誌“MYLOFE”の発行責任者として優秀なスタッフに恵まれており、私は年間の特集企画を考える際と、毎号の表紙デザインくらいしか直接雑誌の制作に係わることはない。定期購読誌も「日経ビジネス」「ハーバードビジネスレビュー」「一橋ビジネスレビュー」「Think」「東洋経済」など、もっぱらマネジメントやマーケティングの専門誌のほうが多くなってしまった。
 ときどき今の若い人たちは、雑誌をどのように読んでいるのだろうかと考えるときがある。以前は、一人ひとりが愛読誌のようなものを持っており、その雑誌の発売日を心待ちにしていたものだが、今はそのような読者と雑誌の「蜜月の時代」は失われてしまったのではないだろうか。現在は、ただ必要に応じて雑誌を買い、読み終えて捨てていく。これは寂しいことだが、その責任の一端は雑誌を固有の文化としてでなく、単なる情報の媒体として作り続けた、私たち供給サイドにもあると思う。また、インターネットの普及により個人の情報収集力が格段に高まる中で、雑誌の持つ情緒性を踏まえ、いかに媒体特性を生かした商品開発をしていくかが問われている。

学校でしっかり基礎学力をつけ、社会では実学に徹する

 長い間、雑誌に携わって思うことは、その中には「生きた知恵」がいっぱい詰まっているということだ。そして、生きた知恵には固有の顔があり、表情や声がある。これら個性的で生き生きした知恵とつき合い、そこから学び、自分のテーマに役立てていくのは、とても楽しいことだ。
 実際に社会に出ると、誰もが必要に即されて自主的に勉強するようになる。ただ、このとき要求されるのは、学校の体系的な知識習得法ではなく、自ら深く考え知恵を練る手法だ。実際、部厚い研究書を読んでいる暇などない。極論すれば、雑誌のノウハウページを切り取っても、目的に即して実践的に活用する学習が大切になる。だからこそ、学生時代は基礎を徹底的に勉強しなければならない。そのなかで、知識の習得と自分流の「学び方を学ぶ」姿勢が確立されるべきだと思う。
 実社会に出ると、基礎的な学問は前提に過ぎなくなり、仕事上の課題解決は応用となる。そこで求められるのは、個々の事案に即した「知恵」であり「工夫」である。私は雑誌の中から歴史に生きた人びとの成功と失敗の総括を知り、現代に生きている人びとの体験と実感の集積を学んできたように思う。雑誌のつくり出す文化とは、いわば生きた時代そのもののトータルで多面的な反映である。私たちは、いまや多彩なメディアの中に分散し浸透しつつある、これら雑誌的な文化のもつ活力から、まだまだ学んでいかなければならないと考えている。
2005年3月22日脱稿

雑誌「 poroco(ポロコ)」(株)コスモメディア社 URL
http://www.poroco.co.jp/


■筆者プロフィール
相内 克敏さん [ 株式会社 コスモメディア 専務取締役 ]
1958年5月: 小清水町生まれ
1981年4月: 札幌ビジネスアカデミーマスコミ編集科卒
1995年4月: さっぽろタウン情報 編集人
1997年4月: (株)コスモメディア設立
1997年8月: poroco 発行人
2003年4月: MYLOFE 発行人
2004年6月: (株)タウン情報全国ネットワ−ク 取締役
2004年6月: (株)デジタルコンテンツネットワーク 取締役

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