読書雑感

このコラムは、企業経営者、団体のリーダーなどの方々にご登場をいただき、読書を基本軸に仕事や生活、文化、芸術、経済、哲学、を語って頂くコラムです。
劇団イナダ組代表イナダさんに続く、第9回の今回は、英語教育のパイオニアであり、今もなお一層の熱い思いで、小・中・高校生の教育にその人生を捧げ続けていらっしゃる池上学院学院長・池上公介さんの「雲と大地に人生を学んだ。」をお届けいたします。
奉仕の考え方を知りボランティアの精神に感動する、その根源となった幼き頃読んだ2冊の思い出深い物語です。

■第9回 “ 雲と大地 ”に生き方を学んだ。 筆者:池上 公介さん

池上学院・学院長 池上 公介 私が本格的に読書にのめり込んでいったのは中学一年のときだった。そのまえぶれのようなものが小学校のときにあったのだと思い出した。ある一冊の本だ。小学校三、四年の時に誰からプレゼントされたのかは覚えていないがその本の題名が蘇って来た。〔ノンちゃん雲に乗る〕である。今、内容はなんにも思い出せない。確か映画化されたと記憶している。とにかく友人にその本をプレゼントしたくらいだから、よほど気に入ったのだと思う。というのは小学校五年のとき、夏休みに函館の親戚のところに母と行くことになった。たまたま親友が親の転勤で函館に移っていたので、彼のところも訪ね、お土産としてその本を持っていったことが今鮮明に思い出されるのだ。母といっしょに彼の家の玄関に立っている自分達の姿も、彼が母親と立っていた玄関の踏み板や柱の黒光りした色までも、そのときの情景のすべてが不思議なことに数十年も前のことなのに蘇ってきたのだ。今もその本の題名を覚えていて、それを通して様々なことが思い出されるということは、そのときの私はよほど感動したというか、小学生の私にとって印象が強かったのだろう。数十年も経った今も本のタイトルを思い出すほど少年の日の私の心にその印象を強く焼き付けた〔ノンちゃん雲に乗る〕とはどんな本だったのだろう。ぜひ再び読んでみたいと思う。今読んで当時と同じ気持ちになるのだろうかと、とても興味が湧いてくる。同じ本をかなりの年月を経て、読み返してみるのは面白いことではないか。そんな本の読み方も楽しい。

 私の読書好きは、今考えると姉の影響だったと思う。三つ年上の姉のすることは背伸びして何でもしたかった少しおませな少年だった私は、姉の読む本は必ず読んだものだった。

 中学一年生の時だった。高校生になっていた姉がある一冊をむさぼり読んでいた。どんな本なんだろう、姉があんなに熱心に読んでいるのだからよほど面白いに違いない、自分も早く読みたいと思い、「はやくよみおえて、読ましてよ。」とせかせたのも思い出した。姉が読んでいたのは、パールバックの「大地」だった。とても分厚い本だった。私はあまりのおもしろさに読み始めると止まらなくなっていった。これじゃ姉がむさぼり読むわけだ。しかしその時の私にはその本の作家パールバックの生き方が自分の生き方に大きな影響を与えることになろうとは夢にも思っていなかった。

 とにかく〔大地〕を読んでいるうちにすっかり中国のとりこになってしまった。そんなある日、当時札幌では一番と言われた中国料理店に親戚の者たちと家族全員で行くことになった。なにしろ、まだそんなところに家族で行くなどというのはめったにあることではなく、ビジネスの接待などにだけ使われる時代だった。勿論、私にとっては初めてのことだった。〔大地〕の舞台である中国に少しでも触れることが出来るかもしれない。期待はドンドン広がっていった。楽しみにその日を指折り数えて待っていた。入った店内は本格的な中国式の装飾で飾られ、そこにはまさしく初めて接する中国があった。期待以上であった。私と姉はひどく興奮して店内をまわり中国ムードを満喫し、その夜はなかなか寝付かれなかった。

 パールバックは、宣教師の父につれられて生まれてすぐに中国に渡り、少女期の大半を中国で過ごした。その彼女が書く〔大地〕には、力強く生きる中国の農民の姿が生き生きと書き綴られていた。登場人物の中国人たちの名前の音の美しさも新鮮だった。あの中国料理店に行ってからというものは、私はそれまでにもまして力をいれて〔大地〕を読みつづけた。そして今まで知らなかった未知の国、中国に強く興味が湧いてきて、関連の本をつぎつぎと読み出していった。そうしているうちに〔大地〕を書いた作家パールバックの人物に傾注していったのだった。実は、私の生き方の原点はパールバックの“ 生き方 ”にある。彼女は世界におけるベストセラー〔大地〕等でノーベル文学賞を受賞し、莫大な財を成したがその晩年、世界のまずしい子供たちのために、その全ての財を財団に寄付した。いつのことだったかさだかではないが新聞紙上で尊敬していた彼女のその記事に接した私は、あまりの感動に体が震えた。自分の人生でその万分の一でもいい、やってみたいと私は強く思った。

 当時の虐げられた人々〔中国の農民、有色人種,女性,子供,混血孤児、核被爆者たち〕の基本的人権と福祉改善のために、パールバック女史は終生休むことを知らなかったと聞いている。私の“ 生き方の原点 ”にまで強い影響を与えてくれたことを今になってしみじみと思う。パールバックの〔大地〕を今一度読みかえしてみたいと思う。
2005年6月2日脱稿

池上学院URL
http://www.ikegamigakuin.co.jp/


■筆者プロフィール
池上 公介さん [ 池上学院 学院長 ]
1940年札幌生まれ。札幌南高校・東京経済大学卒業。
英語の理想教育を目指して「池上イングリッシュクラブ」を始めて35年。全国レベルの英語弁論大会で優勝者を輩出し、東大・京大・医科系大学への合格者も続出。中学・高校における英語のトップ層を作り出した。昭和60年(1985年)には、「城南学院」(札幌)が計画倒産し、中学浪人生が投げ出されたニュースに接し、その子供たちを救おうと、成績上位者から不登校や非行に陥った生徒に至るまでを対象とした中学浪人予備校「池上学院」を開校した。

昭和61年: 「個別指導塾」開設。池上方式と言われる個別指導の授業を展開。
平成 4年: 「大学受験個別特訓予備校」開設。合格率は、ほぼ100%を誇る。
平成10年: 「札幌高等学院」開校。不登校・学力不振・中途退学の高校生に、充実した高校生活を送らせるために、東北以北初の全日制通信制高校サポート校を誕生させた。
平成11年: 「池上オープンスクール」開設。不登校の生徒たちを教育の現場に戻すため、全国で初めての全日制小・中等部を開校。「大検コース」開設。個人指導の徹底を図る。
平成14年: 「池上未来塾ジュニア」開設。心の教育を目指して、毎週土曜日に無料開校。各界の著名人がボランティアで参加している。
平成16年: 学校法人池上学園・池上学院高等学校」設立。札幌発の私立単位制高校として、増加している不登校や高校中退者を積極的に受け入れている。

学年・学力が異なる様々な生徒を広く全国から受け入れる総合学院として、教育界における重責を担っている。また、全国でも例を見ない「英語教師のためのプロ講座」(池上氏自らが指導)が話題を呼び、NHK教育テレビ特番で全国放送された。ラジオ・TV等での「池上公介のワンポイント・イングリッシュ」は、全道にファンが多い。講演は北海道から沖縄まで全国で大きな感動を呼んでいる。

=著書=
「教育は家庭から」(中西出版)
「食卓が原点 実践池上式手づくり教育論」(家の光出版)
「不登校・ひきこもりから奇跡の大逆転」(角川書店) 他

=要職=
社団法人 日本青少年育成協会理事、北海道支部長
青少年育成道民会議 副会長
社団法人 北海道日中経済友好協会 副会長
札幌モーニング・ロータリークラブ 会長(2003〜2004年度)
社団法人 札幌青年会議所OB

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