読書雑感

このコラムは、企業経営者、団体のリーダーなどの方々にご登場をいただき、読書を基本軸に仕事や生活、文化、芸術、経済、哲学、を語って頂くコラムです。さて第12回目の今回は、札幌・北海道のITの歴史の中で、道内IT企業発展に中心的な役割を果たしてきたNPO法人札幌ビズカフェで事務総長としてご活躍を続けておられる湯谷偉男さんの<「がんばらない」精神でがんばろう!>前編をお届けいたします。東京生まれ東京育ちの筆者湯谷さんは、きたみ東急百貨店の開業とその後を常務取締役店長として過ごし、のちに、さっぽろ東急百貨店取締役店長として活躍をされてきました。これらの貴重な経験から、多くの人との縁を得、実に多くのことを学んだそうです。とりわけ自分の立場や意見と対立する人々からは、知恵と工夫と創造性が鍛えられ、自己改革へのきっかけになったそうです。前編では、「がんばれ!」という言葉の有り様について、筆者の深い感慨から始まります。
■第12回 「がんばらない」精神でがんばろう!(前編)

NPO法人札幌ビズカフェ・事務総長 湯谷 偉男さん これからの時代、「モノよりコト」「物より心」といったことを大切にしなければならない社会へ変わっていくであろう。「物より心」と一言でいってしまえば なるほどと思う反面、やはり物の部分も大切だよなという気持ちになるのが普通の感情であろう。
ただ、これからの時代を展望するとき、環境の問題を素通りすることも出来ないし経済的側面を捉えたとき、貧しさ故にやむを得ず進む自然破壊が進行していく事実も知らなくてはならない。国の政策ミスによるエイズ薬害、水俣病、最近クローズアップされているアスベスト公害など様々な側面も視野に入れて考えていかなくてはならない。生活に密着した化学物質、添加物の使用範囲の拡大に伴う汚染も、目に見えないところでじわじわと人体を蝕んでいるなど・・・枚挙に暇がないがやはり、これらは我々国民一人一人が意識し行動し、改善につなげる努力が解決の道を開くのだと思う。

 今回、鎌田 實先生の「がんばらない」精神を下敷きにして話を進めていきたい。
「がんばらない」(集英社文庫)を出版された諏訪中央病院名誉院長 鎌田 實先生は次のように述懐されている。

<若い頃こんなことがありました。末期がんの患者さんを励まそうと僕はその人を診断した後なにげなく「がんばりましょうね」と言って病室を出ようとした。するとなんとなく患者さんの気配がおかしい。振り返ってみるとその人は涙をぽろぽろ流していたんです。びっくりして「どうしたんですか?」と聞いたら「先生、私いままで、がんばって、がんばって、がんばってきました。もうこれ以上がんばれないんです」
このとき、ぼくは「がんばってね」と言う言葉が人を傷つけることもあるのだと初めて気付きました。頑張るって日本人の好きな言葉、みんな親や学校の先生から「頑張れ」って言われて育ってきた。
たしかに「がんばる」ことは大事だけど世の中にはがんばりたくてもがんばれない人もいる。がんばりすぎて倒れてしまう人もいる。
以前、阪神大震災の被害者の人が「がんばっている時にがんばれと言われてもこれ以上どうがんばれというんですか」とポツリともらしたのを聞いたことがあります。
がんばれという言葉は場合によっては耐えがたい重荷になることがあるんですね・・。>


 本当に考えさせられる言葉であり、相手の心の動きを知るということ、如何に相手の状況を把握した上で心を・・言葉を・・かけるかの大切さを鎌田先生から教えてもらった。今後いろいろな場で生かしていきたいと思う。そして、この話から想起するのが北海道北見市での店創りの経験だ。

 私と北海道とのかかわりは43歳の時に北見の店創り(きたみ東急百貨店)を任された時に始まる。開業の1年半前に北見に赴任し、まず真っ先にやったことは、図書館に行き、北見の歴史を学ぶことだった。
二代目市長 伊谷半次郎氏が昭和30年代前半、当時ならもっと他に目に見える事業がいろいろあっただろうが下水道の整備に着手し、都市づくりの基礎を作り上げ、それが現在の都市機能につながっていること。この下水道整備に併せて
・共同墓地化の推進  
・碁盤の目のような駅前を中心とする都市機能
が整備されていったことを思うと大変な英断だったと思う。
 かつて道東一帯を「きたみのくに」と言っており、北見はかって「のっけうし」(北の果ての地)という呼称で呼ばれていたがこれを「北見市」に呼称を変えるとき、支庁舎が存在する網走が猛反対したことなどなど・・・・・
その街の歴史からひもといていく大切さをつくづくと感じたのは、住民の方々から「なんでそんなに詳しいの・・・」との問いかけをいろいろな場で受けたことだった。
こんなやり取りが地元の方との信頼関係の構築に力になったのはうれしい限りだ。

  私の座右の銘は「挨拶は大きな声で元気良く」だが、このことは店創りのときにも徹底して実践した。東京、札幌からの幹部を除けばすべて道東一帯から採用した新人たちでの店創りなのだ。高校は道東31の高校くまなく廻りお願いし、全校から採用させてもらった。「白布はどんな色にも染まる」「まっさらから作り上げる」楽しさは格別だった。
大きな声で元気のよい挨拶も素直に気持ちよく広がっていき、元気よくみんなの力で開店を迎えられたときは心から感動が湧き上がってきた・・・心の底からうれしかった。

  地元密着を地で行くために名入りのバッヂを全社員の胸に付けた。名前の上に出身地も入れた。これで地元から来ていただいた方との会話も弾み「おらが街・・・・」で又一つ盛り上がるといった相乗効果も生れた。ともかく、元気のよさと明るい店創りを基本に積み上げていった。そうした努力が、地元の商店街でも挨拶の励行や笑顔運動などの輪になって広がっていった。これは本当にうれしいことだった。

  今、25年の歳月が流れてもやはり「挨拶の大切さ」は変わらない。世の中には変化していくものと不変なものがあるが「挨拶」はすべての原点、どんな時代になっても万国共通のものだろう。コミュニケーションの原点が[挨拶]だ。皆さんも「コミュニケーション力」を磨くことには力を注いで欲しい。難しいことではない。
・挨拶は自ら積極的に実践する・・・勇気をもって。
・相手の気持ちを常に考え行動に移す・・・「心の動き」をしっかりと把握。
この二つのことをどうかこれからの皆さんの生活の中で活かして欲しい。
(以下、次回の後編につづく・・。)
2005年11月9日脱稿

広く深く世の中を見渡し、自分の目で見、自分の頭で考え実行することの大切さを静かに語る筆者の実直な姿が浮かんできます。さて、次回後編もどうぞお楽しみに!
筆者の勤務先・札幌ビズカフェのURLはこちら。
http://www.bizcafe.jp/

■筆者プロフィール
湯谷 偉男さん [NPO法人札幌ビズカフェ・事務総長]
■経歴
昭和12年1月 東京都新宿生まれ
昭和34年3月 早稲田大学政経学部(経済)卒業
昭和34年4月 株式会社東横(現東急百貨店)入社
昭和53年6月 (株)東急百貨店東横店営業第二部長
昭和56年3月 (株)きたみ東急百貨店開店準備室長
北見駅前開発計画を東急グループで取組む
昭和57年8月 (株)きたみ東急百貨店常務取締役店長
昭和62年2月 (株)東急百貨店札幌店 店次長
札幌店の増床計画に参画
平成2年5月 (株)東急百貨店 札幌店長
平成3年4月 (株)東急百貨店 取締役札幌店長
平成13年4月 (株)東急百貨店 取締役退任
平成13年11月 札幌プラザ(株) 常勤監査役
平成14年12月 札幌プラザ(株)東急百貨店に吸収合併のため退職
平成14年9月 酪農学園大学非常勤講師「消費者行動論」講義
平成15年10月 NPO法人「札幌ビズカフェ」事務総長
平成16年9月 北星学園大学非常勤講師[サービス経済論]講義
(現在継続中)
その他の活動 ・「感動創研」代表・「身土不二の会」会長
・NPO法人[ひつじのかい]事務局
※いずれも異業種交流から派生したサークル活動です。

趣 味 クラシック・ギター、ゴルフ、読書
マンドリン・アンサンブル(札幌マンドリン倶楽部所属)

信 条 ・挨拶は大きな声で元気良く・継続は力なり・「徳育」の奨め

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