読書雑感

このコラムは、企業経営者、団体のリーダーなどの方々にご登場をいただき、読書を基本軸に仕事や生活、文化、芸術、経済、哲学、を語って頂くコラムです。車粉問題解決に中心的な役割を果たされた黒田隆樹さんの「車粉追放と人生の詩(師)との出会い(前・後編)」に続いて、第16回の今回は北海道新聞社広告局戦略担当局長矢萩竹美さんの「野球と小説の間」をお届けいたします。
昭和30年代、あちこちの路地や空き地には日が暮れるまで元気な声とともにボールを追った野球少年たちがいたものです。長嶋や王にあこがれ、夢にまで見た「我が家のテレビ」にかじりついて見た野球中継。“団塊の世代”の矢萩さんが描く世界からは、信頼し合い慎ましやかにしっかりと暮らしていた当時の多くの家族の姿が目に浮かんでくるようです。野球から学んだもの、小説から学んだもの、今も筆者を支える青春の時を小気味よい文章で綴っています。さあ、どうぞお楽しみ下さい。
次回は、コンサドーレ札幌を運営する(株)北海道フットボールクラブ代表取締役社長児玉芳明さんを予定しております。
■第16回 「野球と小説の間」

矢萩 竹美さん(株)北海道新聞社 広告局戦略担当局長 1950年広尾町生まれ、帯広育ち、56歳。国鉄職員だった父と母、1歳年上の姉と3歳下の弟の5人暮らし。物心がついた時すでに野球が生活の中心だった。住まいだった鉄道官舎の路地や引き込み線近くの貯炭場で、そして小学校の校庭で、私はひたすらボールを追いかけていた。
 その時から、小学生の時はピッチャーズマウンド周辺が、中・高校生の時はサードベース周辺が、おおげさにいえば私の主な居場所であったように思う。その間、58年には長嶋茂雄がプロ野球に登場し、63年には北海高校が選抜で準優勝している。60年頃にはわが家にもテレビが導入され、それからはする野球と観る野球が私の生活の中にともに存在した。私たちの時代の野球少年がたどる典型的な道であった。
 高校3年の夏、十勝地区の決勝で延長、サヨナラ負け。甲子園を目指した野球があっけなく幕を閉じるまでそのような生活が続いた。野球に教えられたことは数限りなくある。チームワークという人間関係の基本から、頭ではなく体で覚えるということ、集中力の大切さ、ミスをした時の立ち振る舞い、大局観・・・。極端にいえば、小学生から高校3年の夏までは、私には「野球」と「それ以外」しかなかった。

 そうした生活に突如として現れたのが小説であった。野球中心の生活が終わり、ボーッとしていて、まだ大学受験勉強にも手がつかなかった頃に、姉から差し出されたのが「小説ジュニア」なる雑誌である。わが家では漫画雑誌を定期購読する習慣はなかったので、私が読むものは新聞か教科書に限られていた。そうした中で眼にした青少年男女の恋愛模様は新鮮だったし、野球以外の「何かもうひとつのもの」を感じさせるのに十分のインパクトがあった。今は官能小説家の印象が強い富島健夫や赤松光夫が青春小説のジャンルで絶大な支持を得ていた時代である。私の小説読みとしての歴史はこの時にスタートする。
 それまで教科書以外で小説に触れることのなかった私にとって、刺激的な別世界は現在に至るまで私の時間のかなりの部分を占める存在になった。山本周五郎にはじまり、五木寛之、松本清張、宮本輝、花村萬月−いっとき集中して読んだ作家だけではなく、主に日本の小説を乱読してきた。読みはじめたのが遅かったせいか、芥川、漱石、鴎外などの「古典」はほとんど読んでいない。
 小説からも実に多くのことを学んだ。「人生はすべて自分の責任である」「想像力のない者に他者の痛みはわからない」「齢を重ねることは悪いことばかりではない」・・・。そして74年長嶋茂雄が去って、私の生活の中から野球の匂いがなくなっていった。

 それから現在までの間、小説とともに私の生活の中心だったのは、映画と96年からのコンサドーレである。この10年はこれに仕事を加え、4つのことで十分充実した生活を送ってこられた。

 そうした私の生活にまた野球の匂いが漂ってきている。駒大苫小牧高校の2年連続夏の甲子園優勝。いつかこの日がくると思っていなかったわけではないが、2年連続は私の想像力の範囲をはるかに超えていて、興奮するしかなかった。そして今年のWBC。鬼気迫る上原に、躍動するイチローに、私の中の「野球の血」が騒いだ。こんな時に出会った小説があさのあつこの「バッテリー」である。女性が男子の心の動きを、野球で使う筋肉の強くそして繊細な動きを、これほどまでに生き生きと表現するとは−。まだ文庫本のIVまでしか発行されていないが、今後の展開が楽しみである。この本をこの3月帯広に帰省した時に貸してくれたのが、またまた姉であった。

 ある時期私の生活の中心であった野球と小説が今一体となってある。自らの肉体の記憶から精神の有り様を学んだ野球と、他者の人生を投射しながら自らの人生のこれからに思いを致す小説。傷つけ傷つき、励まし励まされ、愛し愛され、癒し癒されながら私の日々は今日も続く。
2006年6月1日 脱稿

筆者勤務先北海道新聞社HPはこちらからどうぞ。
http://www.hokkaido-np.co.jp/

■筆者プロフィール
矢萩竹美さん (株)北海道新聞社 広告局戦略担当局長
■経歴
1950年: 十勝管内広尾町生まれ
小・中と帯広で育つ
1968年: 帯広柏葉高校卒業
1972年: 北海道大学法学部卒業
同年: 北海道新聞社入社
主に、事業企画、広告営業・企画 に携わる
1999年: 広告局営業第2部長
2001年: 広告局次長
2005年: 広告局長
2006年: 広告局戦略担当局長

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