読書雑感

このコラムは、企業経営者、団体のリーダーなどの方々にご登場をいただき、読書を基本軸に仕事や生活、文化、芸術、経済、哲学、を語って頂くコラム、エッセイです。第19回の今回は、昨年の夏熱く燃える甲子園で決勝再試合を劇的に戦った駒大苫小牧高校野球部の「深紅の旗・その後」をお届けしています。筆者の蔵重俊男さんは香田監督が駒大苫小牧に赴任してから様々な形で支えてきた一人であります。北海道の高校では初となる甲子園優勝までの苦闘の10年間の物語は、当大学のwebで好評連載中です。今回は、初めて深紅の旗を手にしてから今日までの時間を改めて、つづって頂きました。それは、夢を手にしたあの瞬間から、言い知れぬ重圧が監督、部員、蔵重さんら協力者の肩にまで重くのしかかってくる時間との格闘であり、恐ろしいまでの不安とあふれんばかりの期待の始まりでもありました。平成16年夏の歓喜の優勝から平成18年夏、早実との激闘までの濃密な時間を書き記した言わば、特別版「深紅の旗・その後」をお届けいたします。きっと「何か」を感じて頂けるものと思います。当初は3回シリーズを予定し、読者のみなさまにご案内しましたが、どうしても紙面が足りず、4回シリーズといたします。今回はその最終回です。どうぞお楽しみにください!

■第19回 深紅の旗その後・「平成18年5月1日。3連覇への希望の道」
筆者:蔵重俊男

「深紅の旗は我にあり」著者 蔵重俊男

平成18年5月1日

新たな「香田野球」が船出を始め1ヶ月間の茂木監督の意向は全て「以心伝心」伝わった。これからは、内田部長、笹島副部長、茂木コーチの4人体制で105名の指導にあたる。監督が指導出来なかった2ヶ月は備品の買い物に出かけたり、ごみ拾いや不要品の整理をしたり、今まで出来なかった事をじっくりとやる時間にあててやって来た。世の中の「避けようのない仕組み」のような複雑な人間模様も体験出来ただろうし、「今の高校野球の指導者はどうあるべきか」もじっくりと考える時間も出来ただろう。今は、こうした時間を与えられたことに「感謝」すべきなのかも知れない。「離れて行った子供達の心を取り戻す」事を第一に、常にミーテングをしっかりやって彼らの前向きな気持ちを誘い出す。その気持ちを取り戻すには「ひたすら無心になって」練習に集中するしか方法はないのである。

春季大会を目の前にして野山の草木が彩るようにグランドにも活気が戻り、つややかな監督の声がグランド中に響き渡る。しかしながら、モチベーションが上がらない子供達も数人いる事も察しがついている監督は、練習以外での子供達の心情をもかき立てていく。何とか高校生の微妙な心理を掴みとりながら練習するも、そう簡単に子供たちの集中力は高まっていかない。監督が辞任したときの「言葉のやりとり」をまだ引きずり、わだかまりをもつ子供達が居るのは仕方のない事で、彼らには何の責任もないし監督は全く気にしていないのである。時間がかかりそうだが、「監督も耐え、子供達も耐え」そうした中で更に信頼関係を築き上げて欲しいと、私は思っていた。すぐ目の前には春季大会が待ち構えていた。

その日の調子の良いメンバーをどんどん使う春季大会には、選手同士がライバル心むき出しで大会に臨む。夏に照準を合わせながらも試行錯誤し、地区予選から監督の闘争心が見えていた。それに引きずられて行くように子供達はどんどん逞しくなる。Bブロックの初戦、室蘭栄を10対0、鵡川を6対4、Bブロック決勝、苫中央を12対0で破り、この春甲子園出場したAブロック代表の北海道栄を11対4の圧倒的な大差で代表決定戦を制し全道大会へ駒を進めた。全道大会では、昨年と同じ初戦、白樺学園との対戦はスキを与えず11対1、北見北斗を7対3、準決勝の札幌日大を10対1、決勝の旭川実業とは乱打戦の末14対9で勝利し2年振り2度目の優勝を飾った。田中、対馬、菊地の投手の他、オールランドプレーヤーの三谷までが窮地で3イニングを投げるなど、監督ならではの采配に私の心は躍った。しかしながら、私は夏までにどうしても戻ってきて欲しい選手が、この大会には居ないことに寂しさを感じていた。休みの日にはグランドに顔を出しては、一生懸命にプレーしている彼の姿を目に焼き付けていた。後は「気持ち」の切り替えだけだろうなと思いながらグランドを後にした。

そんな中、青森県、光星学院高校の創立50周年記念の親善試合に、この春選抜甲子園大会優勝の横浜高校と共に招かれ、6月17日、18日と試合が行われた。青森でも高校野球ファンが多く、駒澤に熱視線が集まり最終日に組まれたビックな対戦には6千人近くが観戦に訪れたと言う。結果は2対3の負けであったが、夏までには、今のレベルを更に上げなければ横浜を倒すことは到底出来ないのが現状かもしれない。「今の力はこんなもの」と言いながらも、視線は夏の選手権を見据え「選抜辞退」した、うっ憤を晴らすべく夏の選手権大会地区予選がやってくる。その初戦、伊達緑ヶ丘を7対0、準決勝、苫小牧西を8対1決勝は伊達高校を10対0と3試合全てコールドでAブロックの代表となり全道へ発進する。マウンド上で仁王立ちする主将の田中が投げれば、「どこにも負けない」と言うデフェンスが試合を重ねる度に仕上がっていく。

「深紅の会」も監督を送り出す準備に「檄」会を市内のホテルで開催した。会員45名程が集まり監督の体調を気遣いながら懇親を深めた。児玉学校長のご出席を頂いて春先からの一連の出来事も学校長自らの言葉を頂いた事により会員の皆さんは安堵していた。こうした学校長の配慮は、現役父母の会の方々にも安心感を与え三位一体のパワーが「甲子園」へと加速して行くように感じ取れた。副部長の笹島氏もユーモアたっぷりに甲子園に行くまでの心意気を話してくださった。スタッフの中にはこうした素晴らしい人材が必要で、野球部以外の生徒とのパイプ役には実にもってこいの人格者だ。そうした方々の協力によって、子供達がのびのびと野球がやれる環境が整ってくる。ありがたいと言う「感謝」の念が子供達のプレーにも随時現れてくるのも、やはり指導者と周囲のあり方ひとつだと思う。

地区予選の勢いは、更に加速の度合いを強める。全道大会で田中の4連投、31イニング1失点が示す通りだ。初戦の夕張を10対0、2回戦の北海道栄を7対0、準決勝の北照を3対0と次々と完封を演じた。決勝は勢いに乗る札幌光星との一戦。北海学園札幌、小樽潮陵、駒大岩見沢を破っての堂々たる戦い振りは駒苫チームにとっては予断を許さない。しかしながら、どん底を味わったこのチームは、指揮官香田誉士史を中心に円山の舞台でまとまって来た。春季大会で登録メンバーからも外され、私が物足りなさを感じていた選手「鷲谷・背番号17」は、ここで完全復活をしてくれた。右翼席へ豪快なホームランを打ってくれたのだ。それも2打席連続の本塁打に私は身震いし全身に鳥肌が立った。嬉しかった。これで心のわだかまりも全て拭い捨てられたのではないだろうか。この勢いで昨年の彼に戻って甲子園でも大暴れして欲しいと思った。主将も甲子園では投手負担を掛けないようにと田中から本間に交替した。監督、コーチ、子供達、苫小牧、胆振、北海道のみんなの夢を乗せ甲子園の晴れの舞台へと臨んでいく。苦しんだ後の「甲子園」が始まるのだ。

甲子園出場後援会も選抜の「辞退」を肯定した有識者を中心に、なんのためらいもなく組織作られている。そして何も無かったかのように寄付集めのスタートラインに就いた。私もこうした方々にお願いしなければ大きな寄付集めは出来ないなと思い、無言で組織の一員としていつもの通り、会員を中心に寄付のお願い文を送った。現役父母の会の心境を考えた時、私と同じやるせない気持ちを皆さんが抑えていただいた事に分別ある大人としての父母の会組織には、改めて感謝を申し上げずにいられなかった。甲子園出場後援会も、「わだかまり」を拭い捨て、子供達の為に短期間での寄付集めに奔走する。

いよいよ第88回全国高校野球選手権大会の幕が切って落とされた。抽選の結果3年連続2回戦からの戦いとなり、北国のチャレンジャーは「永遠のテーマ」を求めながら「真夏の甲子園で燃える集団」として初戦を迎える。選抜辞退の暗く長いトンネルを抜け出した「香田野球」は、この大会何度も何度も奇跡を呼び起こしてくれる事になるのである。

大会5日目の南陽工戦、先発田中は誰が見ても何時もの身体のキレがなく、コントロール重視に終始するピッチングが続いていた。だが甲子園に来てから体調を崩しながらもあれだけの投球をするのだから、やはり松坂大輔とおなじ「怪物」かもしれない。この「怪物」は自分の「気持ち」と戦いながらマウンド上で「うおりゃー」と雄叫びを上げながら舞い踊る。5対3と数字の上では接戦であるが自分達の野球をエネルギッシュ進める姿を見て、私は「這い上がった王者」の貫録を十分発揮した試合運びに満足していた。

3回戦はこの数年甲子園常連の伝統校青森山田である。青森山田戦は、何度も言葉を失なった局面と、わが目を疑うような「奇跡」で、二転三転する展開が甲子園全体を異様な雰囲気で包み込んでいた。それは、先発の岡田雅寛に場内の大きなどよめきを合図に始まった。しかしながら、監督の岡田先発の決断は、田中の負担を少しでも軽くするだけが目的ではなかった。岡田の父雅則さんはこの春の選抜辞退の悲報に悔やみ落胆した一人だった。今年の5月11日に胃がんで他界した50歳の父は息子の甲子園で投げる姿を誰よりも待ちわびていた。監督は自分と同じ様に父を無くした悔しさは誰よりも一番理解している。野球は「非情」が常と言われているが、そうした監督の温情は「全員野球」で勝ち取ろうと言う意識と子供達の「ハート」を更に熱くし「檄」と共に「負けない野球」を展開していく。

岡田、菊地、田中と繋いで4回表で6点のビハインドも自分達の野球で1点そして2点更に1点と追加し、じわじわと攻め立てる。相手ベンチはこれでもかと8回に3点差となる貴重な1点をもぎ取るがすぐさま好投手野田を攻め3点を奪い取って同点とする。粘る青森山田も9回表試合を決めたかに見えた貴重な1点を勝ち取った・・・が。その裏、中澤がインコースへ2球続けて来た難しいコースのボールを捌いて、ライトスタンドに同点のホームランを放った。その瞬間テレビ観戦の私は呆然と立ち尽くしていた。しかしながら、田中のセンター前ヒットによって目が覚め、一気にサヨナラゲームへのイメージを描いていた。その思いは三谷のバットが答えを出してくれた。左中間へのフェンス直撃の当たりは1塁走者田中を激走させ、微妙なタイミングで本塁へ滑り込んだ。まばたきする程の一瞬の時間。キャッチャーミットからボールが転がっていくのが見える。同時に、田中は大きく誇らしげに手を広げた。勝ったのだ。審判のコールによって大逆転サヨナラでベスト8進出を果たしたのだった。本当に勝ち抜いたのだ。

劇的な幕切れは充分に満ち足りた余韻を残しながら準々決勝へと期待をつないでいく。しかしながら準々決勝の東洋大姫路戦は、一昨年の選抜大会で1安打の完封を喫した試合を思い出させていた。三者凡退が続き4失点は重い雰囲気を感じさせる。こんな時頼りになるのが監督だ。窮地での「前半4点はまだまだ大丈夫」とはやる子供達の気持ちをドスの効いた声で「激」を飛ばす。すぐさま6回フォアボールを足掛かりに連打で3得点し、たたみかける攻撃野球は本間の強襲ヒットで一気に同点とする。どちらも譲らない投手戦。後半小林のリードで田中のリズムをつくっていく。三谷の完全に討ち取られたボテボテの打球は一塁への激走によって貴重な決勝点となり5対4で勝利した。

さあ、これで準決勝は対戦をラブコールされていた智弁和歌山だ。駒澤との試合をやるために「甲子園」に来たと言う選手達。帝京に逆転の逆転で大差を追いつかれ、「諦めない、勝つ事への執念」で意気揚々と大・大逆転して勝ち上がってきた智弁和歌山である。「このチームは凄い」と誰もが口をそろえて話していた。部員30人の智弁は洗練されたレベルの高い子供達が更に鍛えられ高校球界NO1の連中ばかりだ。しかしながら、名将高島監督の「駒澤さんは今が旬だから」と言う大監督の一言は「香田野球」の油に火を注いでしまった。「今が旬と言う事は後が無い」とも取れるのではないだろうか。今大会一番と言う田中のスライダーの切れ味は抜群で、緩急によって凄みを増し菊地、岡田と繋いだ後の投球は素晴らしかった。更にマウンドでの冷静さはサインプレーによって1塁ランナーを刺しもした。これで主砲の広井に集中して投球できるスタイルになった。そしてキャッチャー小林の超ファインプレーによって智弁打線を完全に抑え込んでいく。帝京戦で魅せたミラクルな豪快なバッティングは、あの広井でさえ何度も空を切った。7対4。田中はナインの期待に応え8回を投げて1失点と徐々に大舞台でその本領を発揮してきた。

いよいよ3連覇のかかる決勝戦。相手にとって何の不足も無い。「今大会、昨年の秋以降一番成長したチームは早稲田実業だから決勝戦は早稲田がいいね」と監督と大会前に話していた通り希望、夢が実現した。我ながら驚いたと同時に最高の試合になると予想した。早稲田実業は白とエンジ色に染まるチームカラーでかつての王貞治や荒木大輔をすぐさま思い出させた。純真で清楚に見えるユニフォームも好感がもたれる。特にピッチャーの斎藤は淡々と投げる姿が女性ファンの心を揺さぶり「ハンカチ王子」の異名もとった。春の選抜では負けはしたが投球バランスが良くなり急成長し、今大会は何と言ってもアウトコースのストレートの制球力が良くなっている事と、安定したキャッチャー白川のデェフェンスによって思い切って投げ込んでくる切れの良いスライダーが持ち味だった。1点2点が勝負と話していたが正にその通りの展開になっていく。誰も予想していなかった息詰まる投手戦の末の延長戦。1対1、延長15回を投げ抜いていく精神的な強さと鍛え上げられた強靭な肉体は全国の高校野球ファンを魅了し、「どちらも勝たせてあげたい」と言う願いが37年振りの決勝再試合を生んだ。

これは果たして偶然の出来事なのであろうか?戦う彼らも「勝つ事」以上に一生懸命プレーする事で、永遠に「夢の中までも永遠に」このチーム駒大苫小牧と野球を楽しんでいたいのではないだろうかと思う程に「情念にも似た思い」を、私は感じ取っていた。

「甲子園」と言う所は「不思議」な世界だ。5万人を超える大観衆が息を止め静寂に包まれたかと思うと、これでもかと言わんばかりに大声を出しては立ち尽くし、涙を流しては悔しがり、はたまた泣きながら喜びに笑顔がはじける。郷土の誇りと母校の名誉を賭けて戦う姿に今年も「感動を超える現象」を目の当たりにすると、目頭がついつい熱くなる。年のせいか涙もろくなって来たと思っていたが、どうやらその現象は私ばかりではなさそうな気がしてきた。

北海道の駒大苫小牧がこの数年で甲子園決勝まで勝ち進み、2週間余りを40度を超える灼熱の太陽の下で必死に戦う彼らの姿に、北海道のあちらこちらで一生懸命応援し感動し涙する人たちが生まれた。多くの高校野球ファンは勿論の事、野球を知らない人たちまでもがゲームの趨勢に息を止めて凝視するようになっていた。郷土苫小牧を始め北海道は不況の波からまだまだ立ち上がる兆しさえ感じられない時である。そんな時代、この時こそは、知らない者同士が共に声を嗄らし、共に大きく手拍子をしながら体を揺さぶり「感動」のあまり涙を流す。確かに郷土のわれわれに、監督と彼らは“ 前に進む気力の姿 ”を見せてくれたのである。

「気づきは感動を呼び起こす」と言われるが、香田監督が北海道に来た頃から「高校生は高校生らしく私生活をしっかりやって回りの事に気が付く様になると野球が上手くなる」と言っていたことが、今になると「感動を呼び起こす」原点はこう言う事なのかと私も「気づき」の境地に至った。こうした戦いの中から、私自身多くのものを得たと感じている。昭和の最後に生まれた18歳の子供達が「甲子園」と言う舞台で「一生懸命プレー」していた事を、この時代の目撃者・同行者としてそれぞれの脳裏に焼き付け、職場や私生活の中で「心の活力」として時々思い出して欲しいものだと願っている。

駒大苫小牧と伝統校の早稲田実業の熱闘は翌日再試合の末3対4で早稲田実業が栄冠を手にした。だが最後は「どちらが勝ってもいいじゃないか」と、勝ち負けを超えた心境にかられていたのは、私一人ではなかっただろう。

眼鏡の奥にひそんだ人なつっこい笑顔の香田誉士史は「しびれっぱなし」だったのではないだろうか。最後まで諦めない姿勢で、9回1対4を中澤の2ランで3対4にしたのは「駒大苫小牧」の強さであり、その1点を守り切ったのは早稲田実業「斎藤投手の力」と言い表した香田監督。両チームを称える「素晴らしい言葉」を残してくれたと思う。

監督と出会った頃「将来は大監督になるんだから」と言った私の言葉も本物になってきた。「だめだ、だめだ、こんな話をするとまた私の目頭が熱くなってくる」香田誉士史と言う男はいつも自分を犠牲にして子供たちの将来を考えて指導している。過去よりも今これから「やらなければならない事は何か」「子供たちの将来の為に自分は何をすべきか」を常に気にかけ、自己に厳しく問うているのだ。今後も太田誠と言う人間に出会った事で野球から学び得た「人生の伝承者」として活躍して欲しいのである。時代が変わろうとも、広く若者の指導者として、教育者として誇りを持って生きつづけて頂きたい。今の世の中には絶対的に必要不可欠な指導者の一人なのだから。監督に就任して以来、地区予選を勝ち抜くことすらなかなか出来なかった10数年と甲子園での不撓不屈の戦いをしてきたこの数年間。総じて言えば、私は本当に幸せな人間だと思う。こうした濃密な時間を、香田誉士史と共に経験できたことに改めて心から感謝せずにはいられないのだ。そして監督を取り巻く素晴らしき人々と過ごした喜びや悔しさの時間も又、私にとってかけがえのない珠玉の時でもあったのだ。「人は宝」なのだと思う。(完)

■筆者プロフィール
蔵重 俊男(くらしげ としお)さん [ 「深紅の旗は我にあり」著者 ]
住所: 苫小牧市新明町4丁目20番13号
連絡先: 0144-55-5069
生年月日: 昭和25年6月20日【55歳】
出身: 厚真町
厚真中央小学校・厚真中学校・苫小牧工業高校・昭和44年卒業
大昭和製紙(株)本社鈴川工場(S44年4月〜47年12月)
蔵重自動車(S48年1月〜59年12月)
苫小牧スバル自動車(株)【(現)北海道スバル(株)苫小牧西店】
(S60年1月〜H18年3月)
北海道スバル(株)カースポット月寒。現在に至る。
趣味: 野球鑑賞・少年野球指導者・少林寺拳法

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