読書雑感

このコラムは、企業経営者、団体のリーダーなどの方々にご登場をいただき、読書を基本軸に仕事や生活、文化、芸術、経済、哲学、を語って頂くコラム、エッセイです。
前回の札幌ドーム社長瀬戸武さんに続く第21回の今回は、IT化社会が急激に進展する中、消費者と製品・サービスなど生活に不可欠な情報や価値を結びつけるマーケティング・広告を提供している(株)北日本広告社社長の豊島知雄さんの登場です。明治維新にも匹敵する現在の社会変化はさまざまな価値観のぶつかり合いの時代でもあります。そうした中、いま最も求められているのは「信頼」の二文字です。壊れかけている「人」「集団」「組織」「文化」など、基本となる、人・個人・人間を考える時、読書を通した人格形成・人間形成の大切さを、筆者は自身の長年の読書遍歴から懐かしさと共に熱く強い想いで語りかけてくれます。最後まで読んでいただけると、きっと何かを感じていただけるものと思います。そして、どうか読者自身の心でじっくりと考えてみてください。

■第21回 「本との長いつきあい」

株式会社北日本広告社 代表取締役社長 豊島 知雄

わたしは来年満60歳になります。所謂「定年」です。大学では歴史を少し学びました。

さて、われわれは誰でもそれぞれ自分の歴史をもっています。その自分を形作ってきた要素は何でしょうか?親の生き方から学んだこと、学校で教わったこと、会社生活を通じて身につけたこと、友人たちあるいは妻との会話から得た多くのこと等、現実の社会との関わりのなかで生まれた様々な出会いが、今のわたしを作ってきていることは間違いありません。しかしわたしにとっては、それらにも増して、本とのつきあいが自分形成に大きく与っていると思っています。

いただいたこの機会に、これまでの自分と本との長いつきあいを振り返り、皆さんが大学生活を楽しむなかでご参考にしていただければ幸いです。

家が貧乏だったので(回りがみんなそうだった)、小遣いもなく本を買うことができず、小学校から高校までもっぱら学校の図書館のお世話になっていた。特に高校時代は、外国もの、国産を問わず手当たり次第小説を読み漁った。大学は文系と決めていたので受験に必要のない時間(数Vほか)は先生公認で堂々と本を広げていた生意気な生徒だった。

一浪時代に読んだのは吉本隆明…当時の吉本隆明の存在を、今活躍している人に求めれば、小林よしのりか?…遅れてきた吉本ファンだったが、「マチウ書試論」、「擬制の終焉」、「思想の自立的拠点」などにすっかり嵌った。吉本は当時の学生が一度は必ず通過しなければならない存在で、相手を完膚なきまでに批判、時には罵倒する論理の運びに痺れた。しかし吉本に傾倒したのはこの一時期だけで、その後ほとんど彼は読んでいない。

大学では古本屋巡りが日課だった。大学の周辺では、南陽堂書店、弘南堂書店、すすきのでは並木書店(現在は移転)、北海堂、石川書店、もう廃業して相当経つが、成美堂書店などが行きつけの店。古本屋といえば、漫画本が幅を利かしている現在とは隔世の感がある(決して漫画を貶めているわけではない。麻生太郎氏ほどではないが、漫画は好きだ。子連れ狼、ケイの凄春、サハラ、青春の尻尾等の小池一夫作品が特に好きだ…時代が分かりますね)。成美堂書店は、その当時、他の本屋さんでは入手できない類の本、澁澤龍彦、塚本邦雄らの、おそらくは著者からの寄贈本(寄贈されたひとが手放した)が並んでいた。この時代に買った本はほとんどすべて(読んだら)売り払ってしまい、手元にないが、澁澤さんのものでは「神聖受胎」、「ホモ・エロティクス」、「犬狼都市」、種村季弘さんは「怪物のユートピア」(三一書房版)、加藤郁乎の「眺望論」、平岡正明の「韃靼人宣言」、片山健の画集「美しい日々」、「エンゼルアワー」、林静一の「紅犯花」など珍しいものがまだ書棚に残っている。小栗虫太郎の「黒死館殺人事件」の初版本を入手したのもこの頃だ。

いまも続くわたしと本との長いつきあいを振り返って、決定的な影響を与えたのは澁澤龍彦だ。澁澤さんの本は河出書房から文庫版でたくさん出ているので若い人たちにもファンが多く、皆さんの中にも読んだ人は多いと思う。

「夢の宇宙誌」。本当の意味でのわたしの読書遍歴の旅はすべてこの本から始まった。わたしは勝手に、澁澤さんを読書の冥界巡りの導師に見立て、彼が指し示してくれる本を一冊一冊と読み進めていった。澁澤さんが作ってくれた曼荼羅宇宙を彷徨った。中世南フランスの異端カタリ派を卒論のテーマにしたのも、そもそものきっかけは、澁澤さんが書いた文章の一節にカタリ派の名があったからだ。「夢の宇宙誌」以前に、サドの「悪徳の栄え」を澁澤さんの訳で読んでいた。河出書房の「人間の文学」シリーズの一冊で、このシリーズには他にバタイユの「マダム・エドワルダ」、ポーリーヌ・レアージュの「O嬢の物語」などエロチック文学集成という趣きで、わくわく、どきどきしながら読んだものだ。

先日、札幌芸術の森美術館で開催された「澁澤龍彦 幻想美術館」を見ていて、出展されているほぼ全ての作品に記憶があり、改めて澁澤さんの呪縛の力を感じた。ベルメール、デルヴォー、多くのシュルレアリストたちの名前を初めて知ったのもすべて澁澤さんの本から。バルチュスの展覧会を見に京都に行ったのも澁澤さんのお陰だ。

もうひとり、山口昌男さんも僕を導いてくれたひとの一人だ。澁澤さんの「夢の宇宙誌」に当たるのが山口さんの「本の神話学」だ。オクテだったせいもあるし、年齢も離れていたこともあり、澁澤さんは残念ながら氏の出発の時点からともに歩むことはできなかったが、山口さんは文字通り最初から同時代人としてその歩みを間近に見ながら来た。

サラリーマンになって一番嬉しかったのは、自分の稼いだお金で本を買えるようになったこと。これだけは買おうと心に決めていた「渡辺一夫著作集全12巻」。1ヶ月分の給料をほぼ全部つぎ込んで、東京の田村書店に発注、段ボール箱が届けられた時の感激は今も忘れられない。

読む本の傾向は特になく、雑読だが、「この著者は信用できる」と思った人たちのものは継続して読んでいる。澁澤さんのラインでいえば、種村季弘、高山宏さん。大西巨人も学生時代からだが読み続けている。ただ最近出た戦後初期の作品は、書誌学的な意味はさておき、はたして今の世に出す価値があるのかどうか甚だ疑問だ。

鶴見俊輔、加藤周一、立花隆、四方田犬彦氏のものは新刊が出るごとに読んでいる(というか、買っている)。本を買えなかったという家庭環境もあり、とにかく欲しいと思った本は、読む読まないに拘らず、先ず、買ってしまう。社会的あるいは政治的事象が発生した時、自分の立ち位置を決める際に、彼らの意見だけは聞いてみたいと思う、そんなひとたちだ。立花氏は、往年の取材力に裏打ちされた圧倒的な筆力はもう見られず、淋しい。ブログに書いたものをまとめた「滅びゆく国家 日本はどこへ向かうのか」は文章が弛緩していて、弱ってきているのが分かり、悲しい。

本を読むことは、単に新しい知識を得ることにとどまらない。本のなかで他人の考え、自分とは異なる考えに出会い、社会、世界を知っていく。学生時代に自分が滔滔と述べていた意見、考えが本当に自分のものだったのかと言えば、必ずしもそうではない。その時々に読んだ本が、その時々の自分の考え、歴史観、政治感、映画感、文学感に必ず反映しているはずだから。それでもいいじゃないか。

冒頭で述べたように、たくさんの他のひとびととの関わりの中で、自分の歴史、自分の存在が作られている。

自分はなんど自己嫌悪に陥ったことか?
なんどいろいろなひとに迷惑を掛けたことか?
なんど自分の記憶から「抹殺」「抑圧」したいと思ったことがあるか?

これらはすべて生きていくなかで、社会=他人との関係のなかで当たり前に生じることだ。自分を社会のなかに置いてみたことがない人、自分と他人とを比較して相対的な位置づけをしたことがない人、一言で言えば自分の判断が唯一正しいと思っている人には、これらの葛藤は生まれない。常に生きた他人の物言いと向き合い、他人の眼差しを真正面から受けとめること。それがなければ自分を確立することはできない。

心配していることがある。それは、ケータイの氾濫と特に若い人たちの思考方法に及ぼす影響だ。他の多くの人たちも指摘しているが、そのなかで代表的な柳田邦男さんの「壊れる日本人」が最近文庫版になり、皆さんの手に入りやすくなったので、買って読んでみてください(新潮文庫)。

限られた時間の中で自分のできることも自ずと決まってくる。ついつい楽な道を選んでしまいがちだ。でも少し努力して、本を読んでみてはどうか?ケータイではなく仲間と顔を突き合わせて語らってみてはどうか?

昔、寺山修司が「書を捨てて町を出よう」と言ったが、わたしは「ケータイを捨てて町に出よう」と言って、この文を締めくくりたい。

2007年11月5日 脱稿

筆者勤務先:(株)北日本広告社 http://www.ad-kitanihon.co.jp/

■お知らせ■
日頃より、シリーズ「読書雑感」をご愛読いただきまして心より厚くお礼申し上げます。さて、新年1月はお休みをいただきまして、2月以降引き続き適宜公開をスタートいたしますのでどうぞ楽しみにお待ちください。皆さまにとって今年はどのような年でしたか?時としてさまざまな事が起こりますが、負けずに粘り強くあって欲しいと考えます。どうか来るべき2008年は皆さまにとって充実した良き年となりますよう念願しております。

■筆者プロフィール
豊島知雄 [株式会社北日本広告社 代表取締役社長]
■略歴    
姓名 豊島 知雄(とよしま ともお)
生年月日 1948年(昭和23年)8月27日(満59歳)
出身地 秋田県由利郡
家族 妻、一男(会社員)、二男(大学生)
趣味 読書、お酒、ジムに通いトレーニング、ゴルフは30年以上やっているがスコアは100前後
学歴 北海道江別高等学校 1967年卒業
北海道大学文学部西洋史専攻課程 1972年卒業
■職歴    
1972年4月 入社、北海道新聞社本社広告局配属
2001年3月 同本社広告局局次長
2005年3月 同本社経営企画室付局長
2005年4月 株式会社北日本広告社常務取締役
2007年6月 株式会社北日本広告社代表取締役社長

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