読書雑感

このコラムは、企業経営者、団体のリーダーなどの方々にご登場をいただき、読書を基本軸に仕事や生活、文化、芸術、経済、哲学、を語って頂くコラム、エッセイです。
第23回の今回は、苫小牧市副市長の中野裕隆さんのエッセイその3“読書を楽しむ”。筆者は、多忙な苫小牧市副市長の要職にありながらも何とか工夫をして「読書を楽しむ」時間をつくっています。それは、人が暮らしていく上で欠かすことの出来ない、欠かしてはいけない栄養素と信じているからです。毎日食事をするのと同じで、心と人間としての成長には「読書」という毎日の食事がとても大切なのです。これまで読破してきている膨大な数の本の背表紙を並べて眺めてみると、筆者の人柄や優れた資質がとても良く理解ができそうです。また「読書」という「毎日の食事」は、柔軟な思考や論理的な理解、人への優しさや思いやりへの理解、思考や行動決断などに対するやわらかで強靭な意志力を育んでくれるのです。らん読とスピード読書に関する筆者の考え方にはとてもユニークな視点があり今回の読みどころの一つです。どうぞお楽しみに。

■第23回 読書の楽しみ(3)

苫小牧市副市長 中野 裕隆

4 読書の楽しみ
○ 学生時代に読んだ本

1969年6月1日から読書録をつけ始めた。はじめは内容を記録していったが、書くことに時間が取られるので、著者名、書名などを記録するだけにとどめた。

昨2007年末までに12,506冊の本を読んできた。この間38年7か月になるので、平均するとおよそ年間300冊となる。近年、急激に増えて、年間1千冊を超えるようになった。

日記をつける習慣がなかったので、読書録は唯一の自分史となっている。

最初の記録に残っているのは、毛沢東の「実践論」と「矛盾論」である。そして、谷川雁「定型の超克」、吉本隆明「擬制の終焉」、埴谷雄高「自己権力への幻想」、森本和夫「六月行動の政治と文学」、梅本克己「民主主義と暴力と前衛」、黒田寛一「党物神崇拝の崩壊」が続く。全く記憶に残っていないが、当時の学生が読んだ本の流行が分かる。

学生時代に好きだった作家は、第一に安部公房、そして大江健三郎、高橋和巳、深沢七郎。彼らの作品集を買っている。ジャーナリストは本多勝一。

安部公房は「終わりなき標に」、大江健三郎は「死者の奢り」、高橋和巳は「邪宗門」、深沢七郎は「楢山節考」、本多勝一は「極限の民族」が好きだ。

70年11月、三島由紀夫は楯の会のメンバーとともに市ヶ谷の陸上自衛隊東部方面総監部を占拠し、割腹自殺した。朝日新聞に掲載された写真に切り落とされた首が写っていたと話題になった。自死の直前に脱稿したのが輪廻転生をテーマにした「豊穣の海」の第4部「天人五衰」。金閣寺炎上をとりあげた「金閣寺」では、時空を飛ぶ金閣寺を写して美しい。

この頃から、日本の小説を離れ海外の推理小説と海外のSF小説に入っていく。

○ らん読のすすめ

私の読み方はらん読である。ともかく大量に読む。読むスピードは5分で10ページを目処として、15分ごとに3枚の付箋を貼り替えながら、30分で60ページ、1時間で120ページを読む。これより早くなるのは、文章が易しいか非常に難解かである。少し難解なのはスピードが落ちても仕方がない。

ただし、訳のわからないほど難解なのは勘弁して欲しい。これは書き手が悪い。どんなに立派な内容でも、読んでもらえなければただの紙である。そんな難解な本を誰が読むのだろうと不思議に思うことがある。ベストセラー作品はともかく、新聞の書評は当てにならない。

早くたくさん読むコツは、読みにくい本は書き手が悪いと思って読み飛ばすことである。難しい本で時間をかけてまで読む価値のある本は、専門書をのぞけば少ない。

小林秀雄の文章は分かりにくいと言う評論家は少なくない。

本当に優れた評論家は難解なことを易しくわかりやすく書くものだ。梅棹忠夫の文章は小学生でも読めるが内容は専門的でレベルが高い。新書の傑作、梅棹の「知的生産の技術」などは、その文章を味わうだけでも、日本語がどれほど簡潔明瞭で論理的であるかが分かる。梅棹は日本語のあり方に関心があり、その成果が近年の著「日本語の将来」にまとめられている。

いい本は速読しても必ず心にひっかかるものがある。長く印象に残るものだ。そのうえで、読書録をつけることを勧める。学生時代を思い出す手がかりとなる。ちなみに、私は、番号、著者名、書名、発行年月日、サイズ、値段、ページ数、出版社、読了日を表にしている。

○ 私小説とノンフィクション

小説はリアリティのある虚構を作り出す力がなければ面白くない。虚構とはわかりやすく言えば嘘のことである。私小説作家が売れないのは面白くないからだ。大作家やベストセラー作家は膨大な資料を読み込み、リアリティのある虚構を作り続けている。松本清張と司馬遼太郎を読むと、ふところが広く奥行きの深いことが分かる。半藤一利の「清張さんと司馬さん」には、「こっちがコーヒーを一杯飲む間に、三百ページくらいの本を三冊読み終わった」話が出てくる。

立花隆は、小説を読まなくなったのは事実の方がはるかに面白いからだと書いている。村上春樹の小説は夢の中の話を見るようでリアリティがないが、地下鉄サリン事件の被害者からの聞き書き「アンダーグラウンド」は、春樹の隠れた才能を見たようで、いい作品だ。彼が翻訳したマイケル・ギルモアの「心臓を貫かれて」は死刑囚を兄に持った著者自身の家族の歴史を書いて、ノンフィクションの傑作である。

私小説の対極にある小説のひとつが森鴎外の「渋江抽斎」。事実の羅列である。そこに作者の感情が入る余地はない。これはもはや小説ではないと言う人がいる一方で、傑作だという人がいる。「イギリスはおいしい」を書いた林望は日本文学の最高傑作だと言い切っている。

2008年4月4日 脱稿

■苫小牧市役所URL http://www.city.tomakomai.hokkaido.jp/

=4回シリーズ、次回、最終回をどうぞ楽しみに!=

■筆者プロフィール
中野 裕隆 [苫小牧市副市長]
氏  名 中野 裕隆(なかの ひろたか)
生年月日 昭和24年10月13日
■経歴    
昭和43年3月 北海道立苫小牧東高等学校卒業
昭和47年3月 北海道大学工学部衛生工学科卒業
昭和47年4月 京都市下水道局勤務
昭和50年4月 苫小牧市勤務
平成 3年5月 同市 土木部都市計画課長
平成11年5月 同市 企画調整部都市開発室長
平成13年4月 同市 企画調整部長
平成16年4月 苫小牧港管理組合総務部長
平成19年4月 苫小牧市副市長

技術士(建設、上下水道、衛生工学、環境、総合技術監理)

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