読書雑感

このコラムは、企業経営者、団体のリーダーなどの方々にご登場をいただき、読書を基本軸に仕事や生活、文化、芸術、経済、哲学、を語って頂くコラム、エッセイです。
第24回「読書雑感」はアイシン北海道(株)取締役社長栗原大介さんの「北の大地と ともに」をお届けします。この原稿は、昨年4月に苫小牧に創業してから1年を迎えたこの春に多忙を極める日々の中で寄稿いただいたものです。創業後の1年間は特に緊張を強いられる毎日の連続であったと推察されますが、肉体的にも精神的にも張り詰めた時間を乗り越えてきた「哲学」とでも言える信念の拠り所が、今回の原稿の中にしっかりと記されております。外見や容姿ではなく、信念や生活・仕事の哲学をしっかりと持っている人を「硬派」と呼ぶとすれば、まさしく筆者の栗原さんは本物の硬派と言えます。読者の皆さんに一考していただきたい考え方やそこから生まれる行動の理念が、ここには、きらぼしの如く、ちりばめられ輝いているのがきっと分かっていただけるものと思います。どうぞ肩の力を抜いてお楽しみください。

■第24回 「 北の大地とともに 」

アイシン北海道株式会社 取締役社長 栗原 大介

「会社の常識は社会の非常識」と揶揄されるように、時として会社内の理論は一般社会と乖離することがある。

北海道に来る直前、『総務』という立場上、世間のモノサシとのズレに対しては、役員や上司といえども、常に正論でぶつかってきた。

自分でも「サラリーマンとしてかわいくないな」とは思っていたが、優秀な部下がなかなか昇格できなかった時はさすがにこたえた。自分だけならともかく、部下にまで影響が及ぶとなると信念が揺らぐ。正月休みに考え悩んだ挙句、部下に「今年はかわいい(上司に逆らわない)路線で行こうか」と言ったところ、即座に「部下は上司を見てますよ(そんなことをしたら、付いて行かないよ)」と答えた。この時、『いい部下に恵まれた』と思うと同時に、そういう同僚や部下に支えられて押し上げられて来た自分に気づいた。また、それを理解して今まで許して来てくれた上司の度量の大きさにも改めて感謝した。

そういう性格は昔からあったのかもしれない。それより数年前の人事時代、ある人から突然、「栗原君は『逆命利君』という言葉を知っているかい?」と聞かれたことがある。訳がわからず、聞き返すも笑っているだけで答えてくれなかった。その晩、偶然立ち寄った本屋で『逆命利君』という題名の本を見つけた。その場でパラパラと立ち読みをして、早速購入して一気に読んだ。佐高信が書いた本で、住友商事の常務までなった鈴木朗夫氏の生き様を書いた本である。

『逆命利君』とは中国の劉向が著した『説苑(ぜいえん)』の中の言葉。

従命利君、為之順 (命に従いて君を利する、之を順と為し)
従命病訓、為之諛 (命に従いて君を病ましむる、之を諛と為し)
逆命利君、謂之忠 (命に逆らいて君を利する、之を忠と謂い)
逆命病君、謂之乱 (命に逆らいて君を病ましむる、之を乱と謂う)
※諛(ゆ)・・・へつらうこと

人並みはずれた能力とかなりマニアックな「男の美学」を持った鈴木氏は役員になってからもトップに対してハードな進言を続けた。抜群の能力と豪快さと繊細さを併せ持つ鈴木氏は私とは似ても似つかぬが、男として憧れる生き方をしている。ただ噛み付くだけでは『乱』となる。噛み付く以上は『プロ』であることが求められる。私は何の因果か、突然「社長」となり、噛み付く相手を失ってしまったが、立場が変わるとこういう頼もしい部下が何人出て来てくれるか楽しみである。

私が好んで読んできた本は、「人」「人生」などに関わるものが多いような気がする。推理小説や文芸作品、経済小説なども読んだが、記憶に残ったり影響を受けているのはやはり「人」に関するものだ。

小学生の時に繰り返し読んだのは「次郎物語」、その後成長するにつれて「人生劇場」「北の海」「毎日が日曜日」など。

漱石の『坊ちゃん』の冒頭に、二階から飛び降りて腰を抜かし、父親から「腰を抜かす奴がおるか」と言われて「この次は抜かさずに飛んで見せます」と答えるくだりがある。多少無茶なことや失敗に萎縮することなく、次はうまくやるぞ、という意気込みが大好きである。立場上、社員を路頭に迷わせるような『暴挙』は避けなければいけないが、『無難』『ことなかれ』だけでは、会社も社員も成長しない。振り返ってみると私は人一倍失敗を積み重ねてきたように思う。でも、これは私の貴重な財産であり、今は誇りでもある。人間、失敗した時こそ素直に反省もし、その状況から抜け出すために思いもかけぬ力を発揮したりする。「自動車部品製造」という分野ではまだまだ経験不足の社員に対し、常々「安全に関わること以外は、どんどん失敗しろ。そしてその失敗を隠すな。失敗もオープンにして同じ失敗を繰り返さないように共有できれば貴重な経験だ」と言っている。また、「60点で合格」とも言っている。100点を目指すあまり、いつまでも行動しないと機を逃してしまうし、実態の見えないものにはアドバイスのしようもない。常にチャレンジし続けて、改善を積み重ねることが人にも企業にも大切なことではないだろうか。モノづくりの面白さに気づき、日々、逞しく成長していく社員を見ていると、とても楽しい。彼らの顔が曇らぬよう、これからも頼もしく変化し続けてほしいものだ。

ゴールデンウィークが明けると(この文章がアップされる頃には既に盛夏を過ぎているかもしれませんが)、これからがいよいよ春本番。木々が一斉に芽吹いて緑に変わる。北海道に来て初めての春は、この光景にものすごく感動した。長い寒い冬の間に一生懸命、春の準備を進めて来たのだ。母校の早大柔道部の部室に『 窮理在平生 臨事要明断 』(理を窮むるは平生に在り 事に臨みては明断を要す)という額が掛かっていた。日々の平凡な積み重ねの中に、いざという時に役立つヒントが隠れている、という意味だと理解している。逆に言うと、日々漫然と過ごしていると、いざという時にも力が発揮できない、ということだ。視点を少し変えるだけで、仕事も人生も結構楽しめるものだと思う。

柔道繋がりでもうひとつ。嘉納治五郎が説いた柔道の理念を表す言葉に「精力善用」と「自他共栄」がある。「精力善用」とは『心身の力を最も有効に活用する』ということ。また、「自他共栄」とは相手を敬い、感謝することによって相互を信頼し助け合う心を育み、己だけでなく他の人と共に栄えていくという理念。

北海道で仕事をさせていただくようになった時のインタビューで「座右の銘は?」と訊かれ、「座右の銘という訳ではないが、『自他共栄』の精神でやっていきたい」と答えた。地域とともに、一緒に切磋琢磨しながら成長・発展していきたいと思っている。基幹となる従業員を採用する際にも、できるだけ地場への影響を少なくできるよう、考慮したつもりである。1社から複数名の採用はしない、愛知での実習に際し、円満退社を大前提として、入社日を決めるなど。それでも少なからず影響を及ぼしてしまったところがあるとすれば、この場をお借りしてお詫びしたい。現在、鋳造・加工だけで組み付けがないため、部品調達はないが、設備や副資材等の購入にあたっても、できるだけ地元のものを採用するようにしている。もちろん、求める品質が確保でき、価格も同等かそれよりメリットがある場合にだが。また、様々な会合にも都合がつく限り、できるだけ参加するようにして、直接会社とは関係ないような方々とも積極的に交流するように心掛けている。いろいろな人たちの、様々な角度からの、忌憚のない本音の話は、実にこれから生きていく上での糧となる。これからも暖かく迎えてくれた、この広大な北の大地とともに、着実に歩んでいきたい。

まったく、読書雑感になっていないが、脱線ついでに最後にもうひとつ。

まだ、20代の時、工場のある係長が「結婚式でスピーチする時は『〜ぶるな』『〜らしくあれ』と言うことにしている」と話してくれた。“○○ぶる”・・・例えば“係長ぶる”ということは、自分で係長だということをひけらかしているだけで、周囲から係長として認められていないということ。“係長らしい”とは、本人の言動が周囲から『係長』としてふさわしいと認められていること、とのこと。入社したてのヒラ社員にベテラン係長がなぜ、そんな話をしたのか覚えていないが、肩書きがつくようになってからは、この言葉の実践を心掛けるようにしている。

格好ではなく、中身が問われているのだ。どんな立場になっても決して慢心することなく、周囲から認めてもらえる仕事をすること。言うは易く、行なうは難いが、これを実践すべく精進していきたい。と同時に常に自分のモノサシが世間と乖離していないか、確認することも忘れずに心掛けたい。『裸の王様』になるのは、いとも簡単なことだから。

2008年4月22日 脱稿

■アイシン北海道(株)URL http://www.ai-h.co.jp/index.html

■筆者プロフィール
栗原 大介 [アイシン北海道株式会社 取締役社長]
氏  名 栗原 大介(くりはら だいすけ)
生年月日 1958年4月6日
■学歴    
1981年 3月 早稲田大学理工学部工業経営学科 卒業
■略歴    
1981年 4月 アイシン精機株式会社 入社
  10月 同社 刈谷工場工務課
1985年 3月 同社 人事部
1995年 2月 同社 総務部総務グループ グループマネージャ
同社 総務部主査兼企画渉外グループ グループマネージャ
2006年 2月 アイシン北海道株式会社 設立と同時に取締役社長に就任

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