読書雑感

このコラムは、企業経営者、団体のリーダーなどの方々にご登場をいただき、読書を基本軸に仕事や生活、文化、芸術、経済、哲学、を語って頂くコラム、エッセイです。
第29回「読書雑感」は、中西印刷(株)代表取締役林下英二さんの「有意義な出会い」をお届けいたします。大学を卒業後数年の時を経て、やっと29歳になって“就職”という実社会に出た筆者。鼻っぱしの強い筆者でしたが、社会の実情は考えていたような生易しいものではありませんでした。これまでのご自身の力、経験、能力の何一つ認めてもらえるものはありませんでした。加えて人間関係にも打ちひしがれそうになる毎日の連続だったそうです。そんな状態の筆者林下さんを支えたものは、幼き頃から本をとおして得た「言葉との出会い」と「人との出会い」でした。淡々と綴られる筆者の言葉ひとつひとつの中に、出会いから素直に学び模倣しやがては自分のモノに変えてきた精神力の鼓動が聞こえてくるようです。どうぞお楽しみに。

■第29回 「 有意義な出会い 」

中西印刷(株)代表取締役 林下 英二

「人生は言葉を模倣する」といった人がいます。私ごとになりますが、60年近く生きてきて確かに、様々な言葉に影響を受けてきました。自分でも気がつかないうちに、その言葉をなぞらえるように生きてきたように思います。

10代の頃、たまたま姉の書棚にあった亀井勝一郎の「人生論」を読んだ記憶があります。
その中に出てきた言葉で、「人生 邂逅し 開眼し 瞑目す」、邂逅―「思いがけない出会い」を意味する言葉です。当時この古典的な言葉の響きが気に入り、何度も書いて覚えました。40数年経った今でも亀井勝一郎といえば、この言葉が思い浮かびます。

20代にひょんなことで知り合った6歳上の大学の先輩から「覇道より王道」という言葉を教わりました。のちのち孟子の言葉であることを知りました。「力ずくで人を動かすよりも、心で人を動かせ」、今では私の座右の銘となっています。

思春期に「どういう人物に出会い」、「どんな書物を手にするか・・・」そして、「いかに琴線に触れる言葉に巡り会うか・・・」で、その後の人生が大きく左右されることもあります。

できるだけ若いうちに「人生の師」ともいえる人と出会えるとよいのですが、なかなかそうもいきません。私のように漫然と過ごしてしまうタイプは、その出会いにすら気づかないことが多々ありました。

大学卒業後、根無し草のような生活をしていた私が、初めて社会参加をしたのは29歳の時でした。「田舎でやり直せ!」の大先輩のひと言で郷里に戻り、今の会社に勤めたのが社会人としてのスタートでした。業種は印刷業の営業職。今までと全く異質な人たちと接することが、実は新鮮で楽しく思えました。そうはいっても「果たして組織の中で、やっていけるだろうか・・・」と不安に駆られながらの営業マン、第一歩でした。

車の免許を取ったのは20歳のときで、その後一、二度運転した程度のペーパードライバーで、当時としては珍しいくらい車に全く関心のない若者でした。通勤時はなんとか乗りこなせたものの、営業時の運転は、日々右往左往の連続。おまけに、電話の応対も不慣れで、徐々に対人恐怖症になってしまいました。20代でやるべきことをしなかったツケが、30代で一気に爆発したわけです。

「いい加減な年をして入ってきて、電話もとれない、運転もできないじゃ、営業としてどうもならんべや」聞こえよがしにいう先輩たちと冷笑する同僚、後輩たちとの日々つらい戦いが、始まりました。

30歳を過ぎてようやく自分の不甲斐なさに目覚め、どこかに置き忘れていた闘争心がメラメラと燃え上がってきました。

「捨てる神あれば、拾う神あり」で、当時営業部長だった上司が、見るに見かねて声をかけてくれました。そのうち薄野に誘われ、飲むたびに激論となりました。まるで、時間外の特訓を受けているようでした。

上司の口上はきまって「おまえの声は、小さい。営業は、声がでかければ、それだけで価値がある。いくらまともなことをいっても、声の小さいやつは、相手にされないぞ!」と頻繁に怒声を浴びせられました。酔いにまかせて大声で反論しているうちに、やがて人並みに声が出るようになり、営業マンとしても少しずつ前向きになって行きました。

「無用の用」という言葉があります。一時期、20代を無為徒食に過ごしてきたことにかなり後悔したことがありました。最近は還暦を前にして「人生、何一つムダがない」と肯定的に思えるようになってきました。逆説的ないい方になりますが、今すぐ役に立つことは、一時的に有用なだけであって、長い目で見るとあまり役に立たないことが多いということが分かりました。

やはり失敗、挫折の曲折を経て体験したことこそ、のちのち「有意義な出会い」につながってゆくのではないでしょうか。

学生の方へのメッセージになりますが、ある時期から私が常々心がけていることがあります。それは「岐路に立ったり、去就に迷ったときは、一等面倒に思える道を選択する」ことです。不思議と正解が多いですよ。

IT時代に入り、刻々と進化する技術の分野では「十年一昔」という言葉は死語になりつつあるようですが、「世の中が変化し、状況が変わっても絶対に変わらないもの」があります。今から150年ほど前に書かれた本でサミュエル・スマイルズというイギリス人が書いた「自助論」の中に「天は自ら助くる者を助く」という有名な一節があります。いわゆる「不変の真理」とでもいいましょうか、スマイルズは自著の中で、何かを成し遂げるには「勤勉であること、正直であること、そして感謝すること」といっております。今読んでも分かりやすく、生きる上での最も大切なことを教えてくれます。

当時この本は「西国立志編」というタイトルで翻訳され、福澤諭吉の「学問のすすめ」と並んで、明治の若者たちの間でベストセラーになりました。洋の東西を問わず、また時空を超えて未だに多くの方々に読まれているようです。

芥川龍之介といえば短編の名手で「羅生門」「鼻」「河童」などの代表作がありますが、若い頃から気に入っている作品が一つあります。それは「蜜柑」という汽車の中での出来事を描いた短編で、龍之介の鋭い感性がちりばめられた秀逸な作品です。車窓から蜜柑をばらまくラストシーンは、鮮やかなオレンジ色の映像が心に残ります。この感動は、最近の小説からは得がたいものです。

2009年6月22日 脱稿

■筆者勤務先:中西印刷(株) http://www.nakanishi-printing.co.jp/
■筆者プロフィール
林下英二   [中西印刷株式会社 代表取締役]
氏  名 林下英二(はやしした えいじ)
■主要経歴    
1950年 札幌市生まれ。札幌光星高校出身
1975年 慶応大学法学部法律学科卒業
1979年 中西印刷株式会社入社
2003年 中西出版株式会社 代表取締役
2005年 中西印刷株式会社 代表取締役
2005年 STVラジオ番組審議委員(2008年終了)

上へ移動↑