読書雑感

このコラムは、企業経営者、団体のリーダーなどの方々にご登場をいただき、読書を基本軸に仕事や生活、文化、芸術、経済、哲学、を語って頂くコラム、エッセイです。
第30回「読書雑感」は、北海道リース(株)常務取締役後木伸一さんの「人間万事塞翁が馬」をお届けいたします。「何者か?」と、問われて自己を説明することは、そう容易なことではありません。ですが、一般的には他者をして自己を知らしめる方法論が取られます。他者と自己の関係論です。ここでいう「他者」とは、社会のグループであり、学校や会社、家庭や兄弟、趣味のサークルや町内や同じマンションのみなさんで、集団です。所謂「世間」です。人はこの世に生れ落ちて世間に放り出されます。この世間の中を生涯“福”と“禍”を行き来するのです。筆者もまた、これまでの人生でこのルールから逃れることは出来ませんでした。ですが、筆者後木さんの最も大切にしている考え方と行動が、禍を福に転じる見事な生き方に結実しているのです。どうか、ここでは語ることの出来ない行間を深く読み込んで、その見事なまでの克己心に触れていただきたいと思います。どうぞお楽しみに。

■第30回 「 人間万事塞翁が馬(じんかんばんじさいおうがうま) 」

北海道リース(株)常務取締役 後木 伸一

中国の古書「淮南子(えなんじ)」に、「塞翁の馬が隣国に逃げたが、名馬を連れて帰ってきた。老人の子がその馬に乗って落馬し足を折ったが、おかげで隣国との戦乱の際に兵役をまぬがれて無事であった」という話が書かれている。

「人間万事塞翁が馬」の「人間(じんかん)」とは人間(にんげん)のことではなく、世間(せけん)という意味であり、「塞翁」とは、城塞に住んでいる翁=老人という意味である。すなわち、「城塞に住む老人の馬がもたらした運命は、福から禍へ、また禍から福へと人生に変化をもたらした。人間の禍福は変転し定まり無いものだ」というたとえである。

私は現在五十七歳、人生未だ道半ばであるが、まさに人生「塞翁が馬」といえる経験をしてきた。禍は幸福の始まりと考え、幸福に浮かれることなく、前向きに一生懸命生きていくことを、今後も心掛けたいと考えている。

三歳の時、私はポリオ(小児麻痺)に罹患した。現在はワクチンの普及によりほとんど消滅した病気だが、ポリオウイルスによる急性伝染病で、当時北海道で流行した。脊髄神経の灰白質が侵され、急に足や腕が麻痺して動かなくなる病気だ。

昭和三十年のある朝、急な発熱後、私の右腕が動かなくなった。病院でポリオと診断され両親は愕然としたという。麻痺した筋肉は萎縮して後遺症を残す可能性があったからだ。それから一年に及ぶ病院通いが始まる。麻痺の治療と脊髄注射だ。脊髄注射はうつ伏せになり背中に打つ。三歳の時ではあったが、脊髄注射の恐怖は今でもはっきりと脳裏に焼きついている。

家では毎日のマッサージと電気治療。両親の懸命な看病があり、幸いなことに、ほとんど後遺症は残らなかった。しかし右肩に筋肉はつかず力は左腕の半分程度だ。

親は右肩を動かす運動を続けられるとして、私に「野球」をさせた。右で投げることは出来ず、左で投げることとなったが、この「野球」が今日に至るまで私の人生に極めて重要な役割を果たすことになる。野球は私の体と精神を鍛えてくれた。

仕事上の厳しい局面も、練習に耐えた体力と気力で乗り越えることができた。又、打撃、守備での工夫、試合での数々の戦術は仕事にも通じるものがある。野球無くして、今の私はないといえるのだ。

ポリオという不幸な病に見舞われ、右肩の麻痺を治す為に始めた野球が私に幸福をもたらした。「塞翁が馬」なのだ。

実はこの拙文を書く機会も、北大準硬式野球部に在籍した縁による。先輩から話を受け書くことになったものだ。大学の野球部ではかけがえの無い先輩、同僚、後輩に恵まれた。北海道銀行でも、その後勤務した病院でも、そして現在勤務している北海道リース(株)でも野球を続けている。現在も現役選手だ。部活動は、私のようにいくつかの会社に勤務した者にとっては、早く職場に溶け込めるという点でも極めて有用である。学生諸君も長く続けられる趣味を是非見つけてほしいと思う。

私は大学卒業後北海道銀行に二十七年間勤務した。その後タマゴの生産・販売の(株)ホクリョウに十ヶ月、リハビリを中心とする医療法人社団北樹会病院に五年、そして本年四月より北海道リース(株)に勤務している。仕事が変わった理由は様々だが、北海道銀行は勿論のこと、各職場で精一杯勤め様々な経験をし、現在、私の貴重な財産となっている。厳しい局面も幾度かあったが、それを乗り越えると福が来ると信じて頑張ってきた。

百年に一度という不況の中、学生の皆さんにとって現在はいい環境とはいえないが、「 人間万事塞翁が馬 」今が福の始まりと考えて、忍耐強く目標に向かっていってほしいと願っている。

このコーナーは「読書雑感」ということなので、最後に読書について触れさせてもらう。

私が今読んでいるのは夏目漱石の「こころ」です。読むのは三度目になるが毎回感じるところがある。明治の文豪といわれる夏目漱石の作品は今や古典といわれるが、人間への洞察力の深さ、作家自身の悩み等を考えさせられ今に通じるものが多々ある。「こころ」に限らず漱石の作品を熟読することを、私の格別な想いをのせてお勧めしたい。

2009年10月18日 脱稿

■筆者勤務先:北海道リース(株)
http://www.lilac.co.jp/do-lease/index.htm
■筆者プロフィール
後木伸一   [北海道リース(株)常務取締役]
氏  名 後木 伸一(うしろぎ しんいち)
生年月日 昭和27年8月10日(砂川市)
■学歴    
昭和 46年 3月
室蘭栄高等学校卒
昭和 51年 3月
北海道大学法学部卒
■職歴    
昭和 51年 4月
(株)北海道銀行入行 中央支店勤務
平成 2年 7月
同 行 新宿支店長代理
平成 4年 6月
同 行 人事部次長
平成 10年 7月
同 行 鳥居前支店長
平成 13年 6月
同 行 執行役員 札幌駅前支店長
平成 15年 4月
(株)ホクリヨウ 取締役営業副本部長
平成 16年 3月
医療法人社団北樹会病院 事務部次長
平成 21年 6月
  北海道リース(株) 常務取締役

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