読書雑感

このコラムは、企業経営者、団体のリーダーなどの方々にご登場をいただき、読書を基本軸に仕事や生活、文化、芸術、経済、哲学、を語って頂くコラム、エッセイです。
第31回「読書雑感」は、(株)ジュリアジャパン相談役中宮希史さんの「海と世界と人間と」をお届けいたします。読者の皆さんは『方丈記』の一節をご存知のことと思います。「行く川のながれは絶えずして、しかも本の水にあらず。よどみに浮ぶうたかたは、かつ消えかつ結びて久しくとゞまることなし。世の中にある人とすみかと、またかくの如し。」鎌倉時代に和漢混淆文で書かれた鴨長明の作品です。自然界と自己の両方に共通する無常観を表し、よく知られた書き出しの文学作品です。今回の筆者中宮さんが描く「海と世界と人間と」では、自然の摂理で変わりゆく自然界の変化ではなく、人為的行為で変わらざるを得ない自然環境破壊への不安と愛しいばかりの哀惜が流麗な文体で綴られております。その映像的文章は、あたかもその場にいるような錯覚さえ覚えるもので“かけがえのない地球”への想いが一層大きく広がってくるのです。はからずも沖縄・宜野湾市に支社を置くことになってから、筆者はそれまでの自分と違う、新たな自分が生まれるのを感じたようです。前編・後編の2回シリーズでお届けいたします。自然と社会と自分との関わりを考える。さあ、どうぞお楽しみに。

■第31回 「 海と世界と人間と 」 後編

(株)ジュリアジャパン 相談役 中宮 希史

今回は私が第二の故郷と考えている沖縄について、徒然なるままに雑感を述べたいと思います。人口120万人の県民が住む沖縄本島は、東シナ海と太平洋に挟まれた周囲600qに満たない珊瑚礁から出来た細長い島です。八重山諸島を含めても人口150万人足らずの県ですが、琉球王朝時代から伝わる舞踊や島唄などの伝統文化を重んじる気風がうかがえます。沖縄の居酒屋に行けば必ず三線(サンシン)を爪弾く音と島唄が聴かれ、うちなんちゅ(沖縄県民)が『島』と呼ぶ泡盛で宴は夜更けまで続くのが普通です。祭りの季節には民族衣装をまとい、太鼓を抱えた若者達によるエイサーの小気味良い踊りが各地で観られます。この島を吹き抜ける風はまことにゆるやかで、時が過ぎ去るのを忘れるほど情緒豊かな風土に恵まれているのです。

那覇から車で東シナ海を左手に見ながら国道58号線を北上すると、車窓越しに沖縄を代表するリゾートエリアが見えてきます。青い珊瑚礁に包まれた遠浅のリーフと道路際に群生するヤシの木が連なり、趣向を凝らしたホテルが珊瑚礁の波打ち際に建つさまは、観光沖縄の名に恥じない堂々としたたたずまいを魅せてくれます。また歴史的にも貴重な名所旧跡が数多く確認されており、中でも古に栄えた王朝文化を象徴する首里城の威容は、沖縄がかつて独立した文化を誇る民族国家であったことを強く印象付けています。本島の周辺には美しい惑星の島がエメラルドの海に横たわり、水面下では色とりどりの珊瑚やイソギンチャクに守られたスカシテンジュクダイやクマノミの小魚達が、綺羅星のごとく元気に泳ぎまわっています。冬の慶良間諸島では繁殖に現れるザトウクジラの豪快なホエールウオッチングが楽しめ、ダイビングで宮古島や石垣島まで足を伸ばすと、超大型のオニイトマキエイ(マンタ)や2メートルに迫る巨大なロウニンアジの群れに圧倒されることでしょう。美ら島と呼ばれる陸上では、ヤンバルクイナや西表山猫など絶滅に瀕している動物達が住み、まことにかけがえのない自然と生命が織り成す奇跡の島が沖縄なのです。

一方では、新聞やニュースで話題の米軍普天間基地移転問題などで揺れる、政治的ストレスの多さでもこの島は常に注目を浴びています。過去を辿れば太平洋戦争末期に於いて、本土決戦のさきがけとして多くの民間人が犠牲になりました。戦後は進駐軍の占領下に置かれ、沖縄返還で本土復帰後も多くの土地が米軍の基地として利用され続けています。私が転寝をしていたこの風光明美な海岸の隣には米軍の巨大な情報施設があり、宜野湾市の高台にある普天間基地まで車で5分とかかりません。この基地から飛び立った戦闘ヘリが一列縦隊をなし、ヘリ特有の大地を揺さぶる野太い共鳴音を引きずりながら私の頭上を越えて海を渡る姿は、ベトナム戦争を描いたフランシス・コッポラ監督の地獄の黙示録を彷彿させます。2800mの滑走路を誇る普天間基地の周りは、全て民間の住居や大学のキャンパスが基地を囲むように隣接しています。飛行場の近くに住んでいる方であればご存知かと思いますが、その爆音の凄まじさと墜落に対する恐怖は筆舌に尽くし難いものがあります。

普天間基地の移転先が噂されるキャンプ・シュワブがある辺野古は、北限のジュゴンが生息する貴重な海域であり、仮に基地移転が決まれば滑走路建設のために大浦湾の入江は破壊され、安住の地を奪われたジュゴンの生きる道は閉ざされてしまうのです。平和を維持するためならば自然破壊も辞さず、軍隊を派遣するための基地と軍備の重要性を説き、戦争を正当化するなどの防衛戦略を論ずることも必要とは思いますが、地球環境を守ることを優先する方がより重要であると私には思えてならないのです。基地問題ばかりでなく社会資本整備による地域活性化を目的とした道路・橋や人口ビーチ整備などの公共事業が、新たなる環境破壊の要因になりえることにも留意すべきです。さらに経済至上主義がもたらした産業構造の急激な変革は、多くを化石燃料に頼った結果、地球的規模で環境破壊や温暖化が急速に進行してしまいました。危機感を募らせたEUや日本が国際的プロジェクトを立ち上げてCO2の削減を呼びかけてはいますが、各国の思惑の相違で足並みが揃いません。残念ながら地球上から人間のエゴがなくならない限り、地球に与えるダメージは防ぎようがないのではないでしょうか。

我々の先人達は、古来より貿易風や季節風、親潮や黒潮などの自然エネルギーを巧みに利用しながら船の舫いを解き、大海原に帆布をひるがえし漕ぎ出して行きました。これから社会人として船出される諸君達を待つ光る海は、無限の可能性を乗せた夢と冒険を用意しているに違いありません。時には大時化に立ち向かい、嵐を乗り越える勇気と胆力が試される過酷な航海も経験するでしょう。ある時は風に恵まれず立ち往生し、潮流に流されて座礁することがあるかもしれません。各個人が望む進路は千差万別ですが、地球自体が大きな母船であると考えた時、帰るべき母船が病んでいては目標達成など及ぶべくもありません。最後になりますが社会的現象には多面性があり、全てが経済や地球環境に影響を及ぼすことを念頭に置かなければならず、各人の自己責任が問われる時代がやってきたのです。その判断に迷ったときや人生の道標を失いかけたときは、どうか帰るべき母船があることを忘れないでいただきたいのです。地球が元気で志さえ失わなければ未来は諸君に微笑みかけることでしょう。

昨日まで慶良間諸島の阿嘉島でダイビングを楽しんできました。ダイビングを終えフェリーを待つ間に、生まれたばかりのアオウミガメが埠頭の水面を漂う姿を見かけました。必死で泳ぐ姿が意地らしくこの小亀がたくましく成長して、ダイバーの水先案内を快く引き受けてくれることを願って島を後にしました。(完)

2010年1月14日 脱稿

■筆者勤務先:(株)ジュリアジャパン
http://www.juliajapan.co.jp/
■筆者プロフィール
中宮希史   [株式会社ジュリアジャパン 相談役]
氏  名 中宮 希史(なかみや まれし)
■経歴    
1948年 北海道札幌生まれ。
1972年 東京造形大学絵画科卒業。
1972年 株式会社ジャパングラフィックスにイラストレーターとして入社。
1978年 30歳を機に札幌にUターンを決め込み、株式会社北海道たきに入社、主に広告のイラストを手掛ける。
1986年 有限会社グラフィックアソシエーションを設立、デザイン全般の業務にあたる。
1989年 東京でイラストの個展を開催するが、以降も含めあまり話題にはならなかった。
1994年 株式会社ジュリアジャパンを設立して3Dアニメーションやゲームソフトを中心とした業務に携わる。
2005年 訳あって沖縄に支社を創設してしまう。
2009年 社長職を辞して会長に収まり現在にいたる。
2010年 相談役に就任する。
     
通常業務の側ら学校法人芸術デザイン専門学校講師や卒業制作審査員を務める。その他、趣味は多数。

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