読書雑感

このコラムは、企業経営者、団体のリーダーなどの方々にご登場をいただき、読書を基本軸に仕事や生活、文化、芸術、経済、哲学、を語って頂くコラム、エッセイです。
第33回「読書雑感」は、(株)デンソーエレクトロニクス代表取締役社長杉本正和さんの『“考える”ということ』をお贈りいたします。筆者杉本さんが社長を務める会社は北海道千歳市にあり操業して3年未満の若い会社です。従業員のその殆どに現地の人材を雇用しており、当然18才〜25才の男女の若者が中心の企業です。今回寄稿して頂いた原稿は当WEBサイトの読者に向けて書かれただけではなく、ご自身の会社の次の時代を担う多くの若い従業員への「贈る言葉」でもあるような気がしてなりません。また“考える”ということはシンプルですがとても奥の深いことでもあります。「思索」という言葉が日常生活から消えてしまったような今日、筆者の杉本さんは深く考えることの必要性、重要性をしっかりと解き明かしてくれているように思います。更に明快な合理性・論理性を示す頭脳と熱い倫理感・人間性を示す心、この二つのコアをエンジンに、これまで生きてこられたご自身の姿も正直に語って下さったようです。心を無にして読む1回目、筆者になったつもりで読む2回目、そして読者自身の頭で読む、この3回読書にチャレンジしてみると、より深い理解が得られることと思います。加えて筆者杉本さんの人間的魅力の一端もきっと感じていただけると思います。さあ、どうぞお楽しみに。

■第33回 「 “考える”ということ 」

(株)デンソーエレクトロニクス 代表取締役社長 杉本 正和

“今時の若者は…”という小言はいつの世にもあるものらしい。
「ところで君はどうしたいと思っているのだ」。
「どうしましょうか」と上司に判断を求めてくる“今時の若者”に対してよくこう言ったものだ。

自分の考えを示すことが出来ないのは彼らだけのせいではない。業務効率の名の下に、彼らに考える機会を与えてこなかった私にも責任の一端はある。IT活用など事務技術部門の生産性は2倍以上になった。一方で、あと一歩踏み込んで真実が知りたい、徹夜してでもやり遂げたいという技術屋の欲望を抹殺してこなかっただろうか。効率向上で「今日やらなくてもいい仕事は明日に…」、技術屋の習性を良く知りながらこう指示するのはつらい。でも、そんなに時間を費やさなくとも考える習慣は養える。他にも方法はあると思うが、私のそれは簡単。『「どうしましょうか」と言わない』。ただこれだけである。

これは社内教育で学んで以来、常に意識して行動するよう心がけていることだ。上司に 「どうしましょうか」と聞いてはならない。自信がなくても、まず自分の考えを述べ、その上で意見を聞くのが原則である。人は自ら考えることによって成長する。上司に聞いてその通りやるのは楽な方法だが、これをやっていると決められたことしか出来なくなってしまう。指図されての仕事ばかりでは決して面白くなく、その結果面白くない毎日を過ごすことになる。このような道をとることは無い。組織にとっても本人にとっても大きなマイナスだ。

A案・B案・C案を考えて、A案にしたいと進言する。ベストだ。自分の案と決定された判断が異なる場合、ここが大事です。なぜ自分の案が採用されなかったのかを考えることが肝要です。このステップの有無が後に大きな差となる。

どうだろう。「どうしましょうか」と聞きたくなったら一呼吸おいて、自分ならどうしたいか考えてみては?そんなに難しいことではないはずだ。

説教じみた話になったが「読書雑感」に話を戻そう。正直に言うと「読書」にはあまり触れたくなかったが、仕方がない、白状しよう。

私には読書の習慣が無い。厳密に言うと大学に入るまではということになるが、今でも誇れるほどの読書家ではない。私が育ったのは三重県東員村(今は東員町)。40年前はすごく田舎で、田舎だからという理由だけでもないが、学力水準も文化度も低かった。近くに本屋は無く隣の桑名まで徒歩と電車で1時間、学校の図書室も貧弱で借りる人も少ない。(いずれ老後を過ごすであろう東員町の名誉の為に言っておくと、今は町内には立派な町立図書館、数軒の大きな書店があり、とても便利で開けている。)勢い読書の習慣などつくはずもなく、それでも高校入試は町の人(?)と同じで、国語だってちゃんと受験科目に入っていた。少し誇張して言うと、高校までの読書は「入試に向かって読解力をつける」ためであり、決して心の琴線に触れるようなものではなかった。私立理系に進んだ所以でもある。

そんな環境でも少数だが読書を楽しんでいる友人はいて、田舎に育ったというのは言い訳に過ぎない。若い頃にもっとやっておけばと今つくづく思うのは「読書」と「英会話」である。

そして大学に入って少し過ぎた頃だったと思う、高野悦子著『二十歳の原点』に出会った。「考える」、初めて多少なりとも自らの生き方について考えさせてくれたのはこの本だった。私の身体に衝撃が走った。時間を忘れて一気に読んだ。生まれて初めての経験だった。こんなにも生きることに真剣な同年代の若者がいるなんて!

学生運動に、恋に、アルバイトに疲れ自ら命を絶った立命館大学生の手記だった。“「独りであること」、「未熟であること」、これが私の二十歳の原点である”…成人の日にこう書き残して亡くなったのはその半年後。生きることに純粋であったが故に、真剣に生きようともがき苦しんだ、たった二十年の人生であった。1949年生まれ、私より三つ歳上、1969年の出来事であった。彼女の生き方について大きな共感と多少の反発を感じながら読んだ。

『二十歳の原点』がきっかけとなって『青春の門』『人間失格』『青春の蹉跌』『されどわれらが日々』など、青春をどう生きるかを好んで読んだ。生きることに真剣に悩んで藁にもすがる思いで生きる道を求めていたわけでもない。少し格好つけて言うと「大人になる準備」とでも言おうか。でも、そこには人生の機微がにじみ出た言動、文章があった。一方で、もっと気楽に生きようよ、とつぶやきながら主人公の生き方、魅力に惹かれていった。

数年前の引越しの時、学生時代に読んだ単行本『二十歳の原点』を書棚で見つけて読み返した。今度はこの手記をまとめ上げた父親の心情が迫ってきた。

“特に父母には年代のズレを感じる。父母は若い私達を認めようとしない。「若いからそうだが、やがて年をとれば年配者の言うことが正しいことがわかる」とこんな調子である”(原文より)

当時は彼女の、今はご両親の気持ちが良く理解できる。昔とはまるで違った感覚で本を読むことはよくあることだ。『二十歳の原点』にはもう熱くなれない自分を感じる。最近古典が面白い。学生時代は受験勉強の対象として文法と読解力をつけるための味気なかった古典『徒然草』『更級日記』『論語』などが楽しい読書の対象となっている。最近ブームになっている“歴史”も面白い。

話を『二十歳の原点』に戻すと、そこにはやはり孤独で未熟であった悲劇があった。

「人生はゲームだ」と言った先人がいる。不真面目なようだが、含蓄のある言葉である。

私自身が窮地に立った時、「仕事はゲームだ。命を懸けるほどのものではない」「どんなことがあっても命まではとられないから」という先輩の言葉に何度助けられたことか。もちろん、彼は仕事に不真面目ということはなく、いつも全力投球であった。

高野悦子さんと私が違ったのは、良き仲間、先輩がいたこと、そして『二十歳の原点』を読んでいたこと。今、そう思う。

パスカルは「人間は考える葦だ」と言った。私は若者に「もっと自分で考えろ」と言っている。でも「そんなに真剣に考えるな」とも言いたい。「考える」とは、なんとも難しいものだ。(完)

2010年4月20日 脱稿

■筆者勤務先:(株)デンソーエレクトロニクス
http://www.denso-electronics.co.jp/
■筆者プロフィール
杉本 正和   [(株)デンソーエレクトロニクス 代表取締役社長]
氏  名 杉本 正和(すぎもと まさかず)
生年月日 昭和27年7月28日(三重県出身)
■学歴    
昭和 52年 3月
慶應義塾大学大学院工学研究科卒業
■主な略歴    
昭和 52年 4月
株式会社ブリヂストン入社
昭和 59年 8月
日本電装株式会社入社
(平成8年10月1日 株式会社デンソーに社名変更)
平成 15年 1月
株式会社デンソーIC製造部長
平成 19年 1月
株式会社デンソー 幸田製作所長
平成 19年 4月
株式会社デンソー エレクトロニクス設立とともに、
取締役社長に就任
現在に至る

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