苫小牧駒澤大学 インターネット講座 バックナンバーはコチラ
教授、准教授、講師による大学講座です。インターネットを通してそれぞれの各専門分野に触れることが出来ます。学び知る楽しみをお届け致します。
あわせて大学の授業の雰囲気もわずかですが知って頂けることと思います。
第3回 憲法・政治学そしてオセアニア地域研究へ
=大学教授になる一方法から苫駒大学再評価まで=
1. 大学教授になるまで

東  裕 教授 開講にあたり、自己紹介を兼ねて、いかにして大学教授になるか、という最悪に近い事例を紹介します。私の場合、大学卒業後そのまま大学院に進学しました。しかし、大学院時代からアルバイトで生活を支えながらの研究生活は、20年に及びました。こうなることがわかっていたら、間違いなくほかの道を選んでいたことでしょう。

 大学教員としての第一歩は、近畿大学通信教育部非常勤講師。35歳の時です。非常勤とはいえ、大学講師の看板は学会活動に有効でした。人脈も広がり、学会報告の機会も与えられ、学会誌に論文を発表することもできるようになりました。この頃の研究テーマは、フランス憲法における国家緊急権、大学院以来のテーマでした。

 それでも大学の専任教員の職はやってきません。年齢の割に業績が少ない、というのが理由でした。30代最後の年になって転機がやってきました。社団法人太平洋諸島地域研究所の前身、日本ミクロネシア協会オセアニア研究所の研究員になったことです。これは大学院の先輩の勧め、というよりは「強制」でした。縁もゆかりもないオセアニアでしたが、「ここにいれば、自然に業績はたまるよ」、とのささやきに揺さぶられました。ありがたいことでした。

 勤務して6ヶ月、海外現地調査を命じられました。行き先はフィジー共和国。目的は投資環境調査。ジェトロからの委託でした。1994年10月、39歳にして初めての飛行機搭乗、海外渡航。単独調査で、英会話経験なし。どうにでもなれ、という心境でした。成田から夜間飛行で9時間、朝日に映えるフィジーのヤサワ列島を眼下に望んだときの感動は今もって忘れられません。新世界の開ける思いでした。

 このとき現地でお会いした日系人井上さんとの出会いが、フィジーの憲法政治研究に着手するきっかけとなりました。井上さんの語るフィジー政治事情は、憲法と政治の相互関係が最大の関心事であった私の好奇心を強く刺激しました。 研究テーマをフィジー憲法政治に変更し、1年後の学会で「フィジー共和国憲法における伝統と近代化の相克」というテーマで報告を行いました。

 以来、フィジー憲法政治に関する業績を重ねる一方、外務省やジェトロからの委託調査研究で、太平洋の各地を訪問しました。知らぬ間にオセアニア地域の専門家と見られるようになっていました。昨年、業績点数が100を越えました。その大半がオセアニア地域研究に関するもの。ここ10年間の成果です。30代前半に業績不足だといわれ専任教員の職に就けなったのが嘘のようです。何が人生を変えるか分かりません。
2.苫小牧駒澤大学講義

 苫駒大に赴任して6年目になります。昨年から2年連続大幅定員割れに見舞われましたが、悪いことばかりではありません。学生の質的向上という副産物をもたらしたようです。大教室で、私語を注意する回数が減りました。ゼミの時間に文章を書かせると「書ける」学生が増えました。それも、野球部の学生で(失礼)。
 さて、現在のおもな講義科目は、憲法、政治学、オセアニア文化論です。それぞれの授業の一端を紹介します。

・「憲法」講義  
私自身は改憲論者ですが、授業を行なうにあたっての基本姿勢、すなわち心がけは、法律論と政治論の峻別。事実と意見の峻別。一例を挙げると、現行憲法を「日本国憲法」と呼ぶのは事実、「平和憲法」と呼ぶのは意見。なぜなら、この呼称には価値判断が含まれているからです。護憲論者といわれる教員が、このような姿勢を忘れ、イデオロギー色ギラギラの講義を行なう例を耳にします。学問と思想、そして学問と政治は違うだろう、といいたいところです。

 もう一つ心がけているのは、憲法制定時の歴史的・社会的・政治的背景にある事実を認識すること。そして、その後の政府による憲法運用の変化を国際政治の変化との関連で見ていくこと。憲法といえば、一般には憲法解釈学。憲法の条文解釈が憲法学の主流です。この重要性は言うまでもありません。しかし、憲法の研究がこれに終始していては憲法学は「痩せた」ものになってしまいます。政治の中の憲法を考察する「憲法政治学」の意義を強調したいところです。

 たとえば、日本国憲法第9条、戦争の放棄・戦力の不保持・交戦権の否認。わが国の誇るべき「平和憲法」の規定といわれますが、制定時の状況を考えれば、これは当時の現実の承認でしかなかったのではないでしょうか。日本国軍隊の完全な武装解除を要求したポツダム宣言を受諾して敗戦。連合国の占領下に置かれた日本。占領下であるが、あたかも独立国であるかのような錯覚を生み出した間接統治。そこで作られた日本国憲法。この背景を見れば、第9条のもう一つの意味が窺えるでしょう。

 被占領国に、国家の独立を維持するための軍隊が認められるはずはありません。戦争の可能性などあるはずもありません。日本国憲法の本来の性格は、占領管理法でした。独立を回復する時点で、それにふさわしい内容に改正するのが本来のスジでした。しかし、そのスジを追うことは、当時の日本のおかれた状況からして得策ではなかったし、そもそも出来ることではありませんでした。

 そこで、第9条を逆手にとって、わが国は「平和国家」として高度経済成長を達成し、国民生活の向上と国際社会の安定に寄与しました。これは冷戦時代の55年体制下の政治指導者たちの巧みな政治選択であった、と思います。ところが、冷戦構造の崩壊とともに大きく国際社会の構造が変化しました。この21世紀において、どのような憲法政策を選択すべきか。これが、いまわれわれに提起されている国家的課題ではないかと思います。

 こうした問題意識をもちながら、学生に知識を与えるだけでなく、問題を投げかけながら授業を展開していきます。答えは自分自身で考えなさい、ということで、「押しつけ」はしません。

・「政治学」講義
 政治学と一口に言っても、その中身は広く、授業では比較政治制度論を中心に据えて、日本の政治を考えることにしています。日々流動する政治も、憲法で定められた政治制度の枠組みから出るものではありません。その枠組みがどのようになっているか、その中で政治はどう動いているか、そして枠組み自体に問題がないか、といった視点から政治を見る目を養うのがこの授業の目標です。その際、アメリカ・イギリス・フランスといった主要国の政治制度との比較において、わが国の政治制度が相対化されます。完全な制度など、どこにも存在しません。政治改革は継続的な永遠の課題です。

 ところで、政治改革は何によって実現されるのでしょうか? 政治改革は制度改革であり、国会の立法によって実現されます。具体的には法律改正、新しい法律の制定、ということです。また、その延長線上には、憲法の改正も当然視野に入ります。たとえば、首相を国民投票で選ぼうという首相公選制の導入には憲法改正が避けて通れないでしょう。ここに政治学と憲法学の接点があります。ちなみに、フランスでは憲法学は「憲法及び政治制度」であり、「人権」は行政法学のなかで扱われます。さらにいうと、現在のフランス第五共和制憲法の中には人権規定がおかれていないのです。

・「オセアニア文化論」講義
 はじめに、オセアニアと聞いて皆さんが思い浮かべるのはどこの国でしょうか? たいていの人は、まずオーストラリアです。次に、ニュー・ジーランド。しかし、ちょっと待ってください。「オセアニア」はOceania、そもそもOcean(大洋)から来た言葉です。オーストラリアは大陸ですよね。それがオセアニアの筆頭にあげられるのはおかしくないですか?・・・・・といったところから、授業に入ります。

 オセアニアの中心は、太平洋。その中に12の独立国が点在するのです。太平洋島嶼国とよばれる極小国家群です(但し、パプア・ニューギニアは除く)。人口も1万人程度から20万人程度までの国々が大半で、国土面積も極めて狭小です。それらの国々が、この講義の主役です。ミクロネシア連邦・パラオ共和国・マーシャル諸島共和国・ナウル共和国・キリバス共和国・パプアニューギニア・ソロモン諸島・バヌアツ共和国・フィジー諸島共和国・ツバル・トンガ王国そしてサモアの12カ国です。

 さて、このうちいくつご存知だったでしょうか?ミクロネシア連邦・パラオ共和国・マーシャル諸島共和国、この三カ国を知らないのは悲しいことです。かつてここは、日本だったのですから。1914年、第一次世界大戦に参戦した日本は、ドイツ領ミクロネシアを無血占領。第二次大戦終了まで、この地域は南洋群島として我が国の統治下にあったことを知る人は今ではごくわずかです。

 南洋群島時代に移住した日本人男性と現地女性との間で、多くの日系人が誕生しました。戦後のアメリカによる統治時代を経て独立したミクロネシアの三国では、いずれも日系人の大統領が誕生しています。日系大統領はフジモリさんだけでないのです。南洋群島時代に日本式教育が行なわれ、太平洋戦争中にはいくつかの島で激戦が展開された国々です。にもかかわらず、日本統治時代を懐かしむ人々が住み、対日感情も良好です。こうした歴史を、現在の日本人は忘れてはならないでしょう。

 この三カ国にナウル・キリバスを加えてミクロネシアと呼ばれています。ナウルは、国土面積21・、人口1万人強のきわめつけの極小国です。かつてリン鉱石の採掘で多大な収入を得て、その資金を海外で投資するなど豊かな国でしたが、現在はリン鉱石が枯渇し、財政破綻に等しい窮状にあります。キリバスは東西5000キロにも及ぶ広大な海域に展開する国家で、ここの若者たちが日本のカツオ漁船に乗り組み活躍中です。

 次に、パプアニューギニア、ソロモン諸島、バヌアツ、フィジーのメラネシアの国々があります。パプアニューギニアは例外的な「大国」で、国土面積はわが国の1.2倍、人口約500万人。銅・金・銀・石油・木材など天然資源も豊富です。しかし、伝統的な部族社会が根を張り、近代化が遅れ、開発は進んでいません。ソロモン諸島も木材や水産資源には恵まれていますが、同様の社会構造をもち、治安面での不安を抱えています。イギリスとフランスの共同統治領から独立したバヌアツも政治の不安定を抱え、南太平洋では最も開発が遅れた国の一つです。フィジー諸島共和国もまた、先住民フィジー人と移民の子孫であるインド系フィジー人の二大民族集団の対立による政治の不安定が恒常化し、国民統合が国家的課題となっています。

 最後に、ポリネシアの国、ツバル・トンガ・サモアです。ツバルもナウルと並ぶ超極小国。国土面積26・、人口約1万人。環礁国家のこの国は地球温暖化による海面上昇で水没の危機にあると伝えられます。トンガは太平洋で唯一の王国。わが国へのカボチャの輸出がこの国の経済を支えています。そして苫小牧とほぼ同じ人口17万人のサモア。ここあるサモア国立大学はわが国のODA20億円で建設されたものです。

 こうした太平洋島嶼国の政治・経済・法制度から文化に至るまで、幅広く講義を展開しています。おそらくわが国では唯一の講座ではないでしょうか。
3.最後に

 さて、今回のインターネット講義、いかがでしたでしょうか。最後に一言。苫小牧駒澤大学、けっして捨てたものではありません。大学としてのファンダメンタルズ(※)をもっと評価されるべきだと、いつも不満に思っています。ずいぶん安く買い叩かれたものだとの思いがあります。施設・設備・授業・研究・学費などなど、再評価されてしかるべきでしょう。大学を発展させるのは、大学にかかわる人間だけではありません。地域の人々の、有形無形の支援があってはじめて大学の発展があります。そのために、まず、大学がつねに厳しい自己点検を怠らず、研究・教育の質的向上を目指す努力を忘れてはならないでしょう。ということで、自戒の言葉を以って、本日の講義を終わらせていただきます。ありがとうございます。

※もともとは国民経済の基礎的条件、経済成長・物価・国際収支などを一括したものを表す経済用語。
■プロフィール
東  裕(ひがし ゆたか)  [教授]
昭和29年、和歌山県出身。早稲田大学政経学部政治学科卒業後、同大学院政治学研究科政治学専攻(憲法専修)博士後期課程満期退学。近畿大学・明治学院大学・群馬大学等非常勤講師を経て、平成11年4月苫小牧駒澤大学助教授、13年4月教授。学事課長、図書館・情報センター長、国際センター長を経て、16年4月より事務長を兼務。憲法学会理事、日本法政学会理事。(社)太平洋諸島地域研究所理事・主任研究員。国会議員政策担当秘書資格試験合格。最近の著書(共著)に、「太平洋アイデンティティ」「政治制度論概説」「新・初めての憲法」など。

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