苫小牧駒澤大学 インターネット講座 バックナンバーはコチラ
教授、准教授、講師による大学講座です。インターネットを通してそれぞれの各専門分野に触れることが出来ます。学び知る楽しみをお届け致します。
あわせて大学の授業の雰囲気もわずかですが知って頂けることと思います。
第5回 イギリス文学・文化研究
―小説への招待―
【小説の誕生】

佐藤 郁子 教授 図書館・情報センター長 英文学の流れを辿ると、英語が変化し発達してきたことに気付きます。口承で伝えられてきた壮大な英雄叙事詩『ベオウルフ』は古英語(10世紀頃まで)で、カンタベリー大聖堂までの巡礼を枠組みにした『カンタベリー物語』は中英語(15世紀頃まで)で書かれています。有名なシェイクスピア劇は現代英語で書かれはじめ、いずれもほとんどが韻文詩です。
 文学や書物は上流階級の限られた人々のものであり、文学も読めずに、書物を手に入れられない一般庶民は演劇から古今の文学を観賞して楽しんでいたのです。
 エリザベス一世統治の時代(1558−1603)から、イギリスは国力をつけ、世界の強国の仲間入りを果たし、女王庇護の演劇は隆盛をきわめ、円熟したエリザベス朝演劇の時代を迎えることになります。
 18世紀になると農地改革や産業革命の影響はイギリス国内におよび、近代化の波を受けて豊かになった人々は生活を見直すようになり、教育への関心を高め、教養のひとつとして文学に親しみ始めたのです。産業や工業などで成功し、急速に富を増した人々が多くなるにつれて、中流階級は紳士階級(ジェントリー階級)としての地位を確立し、上流階級の貴族地主社会に変化が起こる要因となりました。
 冨と権力を持つ人々は、余暇を楽しみ、家庭を大切にし、世間でまたは他人から立派にみられることを重要視するようになっていきました。印刷技術の革新による安価な本の普及に鉄道の発達が加わり、女性を「家庭の天使」に教育しようとした社会風潮に応じるかのように、英文学史上に小説が誕生するのです。小説の流行は良家の女性たちを読者として、教育の役割を果たしながら浸透し、またたく間に広がりました。
 17世紀にも小説のはしりとして『ガリバー旅行記』や、『ロビンソン・クルーソーの冒険』などが出版されましたが、小説は産業革命の繁栄の中で生まれ育まれたと考えています。19世紀には4万冊が出版されたといわれる小説には様々な題材を扱った小説があります。
 小説には作品の特徴でいくつかのグループがあります。恐怖の感情やゴシック様式の館、血を流す幽霊などの超自然的な幻想の世界を描いた「ゴシック小説」、運命や言葉の取り違いで起こる人生の悲哀、誤解が生み出す恋愛の結末などを扱い読者の涙を誘う「センチメンタル小説」、そして現実を映し出し、あるがままを描くことで読者と同じ感情や体験を共有できる「リアリズム小説」などがそれです。
 本講座では、特に18世紀から19世紀にかけての「リアリズム小説」の世界に招待したいと思います。
【人間探求の小説】

19世紀の初頭の上流階級の装い:小説の主人公
図−1 19世紀の初頭の上流階級の装い:小説の主人公
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  英国南部の村に、牧師の次女として生まれ、生涯に六作品をのこした小説家がいます。鋭い洞察力と観察眼で人間像を描いた女流小説家ジェイン・オースティン(1775─1816)です。彼女は派手な社交生活を好まず、静かな田舎暮らしの中で小説を書き、四一歳で生涯を閉じています。一度だけ、結婚の申し込みを受けた後に、断ったと伝えられていますが、遺言で日記や手紙が焼かれたために彼女を知る資料は少なく、謎に満ちた女性として世界中に多くのファンがいます。
 女性が小説を書いて出版することが珍しい時代に、小説の主人公たちが切手になっているのですから、国内での人気の高さや多くの人々に愛されていたことがわかります。(図−1)
また、『ハリー・ポッター−賢者の石−』などでファンタジー世界に案内したローリング女史は「このシリーズの登場人物を表現する時には、オースティンの小説を何度も読み、参考にしました」と後日談として語っています。この記事を読んだ時に、現在もオースティンの小説が彼女の人生のように静かに生き続けていて嬉しかったことを覚えています。
 オースティンの小説はどれも、若い女性たちの結婚をめぐって繰り広げられる数組の男女の恋愛物語で、主人公が魅力的なおとなに成長しながら結婚を手に入れて、幸福になるのが共通です。その魅力は部屋の片隅から見続けた現実と観察された人物たちの描写や苦笑するような皮肉にあるのではないかと思います。彼女が描く人物たちは、紳士階級の人々が多く、老若男女を問わず、賢者と愚者に分けられます。読者は登場人物の日常生活での振る舞いや言葉使いなどから、教養の深さや人間性を連想し、作り上げた人物像を隣人のなかに見るような気分になるのですから驚くことでしょう。大悪人が登場するわけでもなく、ゴシック小説のように血なまぐさい事件も宮廷風恋愛の言葉もない物語が魅力なのかも知れません。
 数年前にも、何度目かのジェイン・オースティンのブームが英米で起り、日本でもオースティンのファンが増えたと聞いています。オースティンが21歳のときの作品が映画化され、アカデミー賞脚色賞やベルリン映画祭でグランプリの金熊賞を受賞したことからも、その表現力がわかると思います。
 このデビュー作品『分別と多感』(邦題)の物語を繙きながら、登場人物を紹介いたしましょう。
『分別と多感』は分別のある姉エレノア・ダッシュウッドとエドワード・フェラースと、多感な妹マリアンヌがブランドン大佐と結婚するまでの恋愛と二人に係わる人々の物語です。理性と感情が対照的なように、姉妹が恋する男性も、告白の仕方も、求める恋愛の形にも性格が影響しています。様々な事情がある登場人物たちが、それぞれに幸福になることを願って暮らす生活の中で、二つの恋愛から枝分かれするかのように生まれては消える愛情も効果的に織り込まれています。
 物語はダッシュウッド家の当主が亡くなり、後妻の夫人と三人の娘(エレノア、マリアンヌ、マーガレット)が欲深い義姉ファニー(旧姓はフェラース)に言いくるめられて相続人で当主になる長男ジョンに追い出されることになるところから始まります。その家でエレノアは義姉の弟エドワードと、引っ越し先でマリアンヌは怪我をしたときに、馬に乗って颯爽と現れて助けるウィロビーと出会い、姉妹の恋愛が展開します。
 長編ですので、他の主要人物と事情を説明します。図─2を見ながら、結婚までの姉妹との関係を織りまぜて物語を想像してみましょう!
分別と多感 人物相関図
図-2
ブランドン大佐
20歳以上も歳の差があるにもかかわらずマリアンヌに一目惚れし、避けられても彼女を救おうと奔走する。誠意と深い愛情が理解されマリアンヌと結婚。
ウィロビー
紳士的で女性に親切な美男子。借金生活におわれ、叔母に生活を依存している。ブラドン大佐の養女を騙し、孕ませ、捨てた遊び人で、持参金付きの娘との結婚に成功。マリアンヌへの愛は真剣だったかも)
ルーシー
エレノアにエドワードと極秘に婚約をしているとうちあけて同情をさそうが、財産相続者がエドワードでないことを知るとすぐに婚約を破棄し弟ロバートと結婚し、玉の輿に乗る。
 ジェイン・オースティンは「人間の才能を知りたいならば、社会におけるその人を、その人の性質を知りたいならば、家庭におけるその人を知るべきだ」と賢者と愚者を見分ける人間観察の方法を教えています。彼女の作品で、隣人と出会える楽しみも作っています。オースティンの小説で時間を共有すると、現実と知的な居心地の良さを実感するかも知れません。

【異文化理解の小説】

 「その国を知るには、その国の小説を読むのが良い方法です。」と、元国連大使の小和田恒氏は語っています。外交官として滞英中に訪れたかった小説の舞台はヨークシャーのハワースで、選んだ小説はエミリ・ブロンテの『嵐が丘』(邦題)でした。ブロンテ姉妹が小説を書き、出版した頃はヴィクトリア女王在位の時代で、英文学史ではヴィクトリア朝小説と呼ばれ小説全盛の時代でした。「リアリズム小説」は当時の文化を理解する重要な文献でもあります。この時代を代表する作家にチャールズ・ディケンズを挙げたいと思います。彼はオースティンが対象とした田舎の地主・紳士階級に対して、都会ロンドンの中流階級や労働者階級の人間を主人公としました。その小説には彼自身の体験に基に書かれた哀れな、苦難を強いられる子どもたちが多く登場しています。階級社会の実態、社会的弱者の生活が音や匂いと一緒になって伝わってくるようです。特に、子どもが生き延びる姿が『オリヴァー・ツィスト』(邦題)で克明に扱われています。救貧院で生まれたオリヴァーが救貧院を脱走し、母の形見を拠り所として、強盗団の一味になりながらも母の生家を探し当て幸福になる物語で、正直や正義が幸福をもたらすという道徳的なテーマも隠されています。この作品から、救貧院が20世紀の半ばまであったということや子どもが認められてきた歴史に異文化事情を理解したいものです。小説にある現実が現代にも重なる可能性に驚き、時代の警鐘としても理解したいと思います。

【古典への誘い】

 小説を中心にイギリス文学や文化の多様性を探ってみました。何百年もの間、多くの人々の厳しい評価を受け、読まれてきた作品に出会うたびに、そこで素晴らしい先人たちにめぐり会うと思っています。「きみを夏の一日にたとえようか きみはもっと美しくおだやかだ・・・」というシェイクスピアのソネットを読み上げた時、「気のきいた口説き文句が言える男性はスマートだよ」と笑顔で語っていらしたありし日の指導教授を思い出してしまいます。スマートになれない仲間と頁をめくるだけの静けさの中で、エリザベス朝演劇の難解な批評文にむかいながら、時空を超えたいと思ったものです。不磨の名作やすてきな人物と巡り逢いませんか?
■プロフィール
佐藤 郁子(さとう いくこ) [教授 図書館・情報センター長]
▼経歴
1952年北海道出身。駒澤大学文学部卒業、駒澤大学大学院人文科学研究科博士課程後期課程中途退学(短期大学専任講師勤務のため)、1998年4月苫小牧駒澤大学助教授、2001年4月教授、2004年8月より図書館・情報センター長。日本ブロンテ協会評議員、日本ヴィクトリア朝研究会、ジョージ・エリオットフェローシップ等に所属。
著書・訳書:「シャーロット・ブロンテと大好きなネル」(共訳、2002年)、「楽しめるイギリス文学」(共著、2003年)、「ブロンテ家の人々」(共翻訳2005年予定)、「ブロンテ初期作品集」(共翻訳2006年予定)

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