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中宮さんのビタミン・エッセイ新シリーズが始まりました。中宮さんはIT企業の代表取締役会長を努めつい最近相談役に就任したばかりです。長年リーダーシップを発揮され、混迷の時代を乗り越えてきました。今、経営の一線から退かれ、趣味のひとつであるスキューバダイビングと沖縄の海をこよなく愛し、自然と人間の関わりそしてご自身との関係を改めて考えてみたいと思っています。新シリーズ「海と世界と人間と」は、皆さんと共に“自然とご自身を考える旅”のエッセーとして、どうぞお楽しみください。

海と世界と人間と

■1.トライアスロンの島 あるチャレンジャーの軌跡(1)

(株)ジュリアジャパン 相談役 中宮 希史

沖縄県八重山諸島にある石垣島は宮古島とならんでトライアスロンが開催される美ら島として世界的に注目を集めています。トライアスロンは御存じの通り水泳、自転車、マラソン競技を一人でこなす文字通りアスリートの頂点に立つ過酷なレースです。石垣島のレースは一般参加の他にワールドカップも同時開催なので、日本中からファンが集まる一大イベントであり、距離はオリンピックディスタンスといわれるショートコース(スイム1500m・バイク40km・ラン10kmの総距離51.5q)で争われます。

アスリートの層は厚く10代から60代の方々がレースに参加されているようです。当然総合成績以外にも年齢別やリレーといったカテゴリーもある訳ですが、レースに参加される方の動機は様々であっても、参加される多くの方が家族や仲間達に支えられて、レースに臨んでいる事も報告しておかなければならないでしょう。

また如何なる超人であっても、歳を重ねると肉体の老化と共にある程度は自分の限界らしきものが見えてくるものです。無我夢中で頑張ってきた若き黄金の日々も輝きを失い、昼下がりの太陽の様に優しくて柔らかい光を放っている古豪のアスリートもいるでしょう。ベテランの域に達したアスリート達は、記録を伸ばすために衰えがちな筋肉の増強やスタミナ維持のために、あらゆる努力を厭わない強い志で己の限界に挑み続ける事でしょう。その努力を持ってしても老いを克服出来ないと感じた時は、その時点で走るのを止めればよいのです。

老化とは別の次元になりますが、アスリートに限らず生涯を通して人生には幾度かの節目があるといわれます。言葉を代えれば人生での転機を迎えるともいえるでしょう。ある人は社会的要因で人生の再スタートに立ち向かう事もあれば、あるいはよりアグレッシブで積極的に新世界を求めて旅立つ人、人それぞれに違いはあっても、それは世間に背を向けた世捨て人にならない限りは、理想や夢を実現するための努力や働きかけを、社会に対して行使するチャレンジャーであるといえるのでしょう。ですがその努力も虚しく夢を実現出来ずに挫折する事も、長い人生の中では少なからず起きるものです。むしろ自分の目標とした理想や志が高ければ高いほど、幸運の女神に祝福される人はごく一握りに過ぎないのではないでしょうか。ですが例え夢半ばでの挫折イコール失敗と早急に答えを導き出すのは、チャレンジャーに対して些か乱暴で配慮に欠け短絡的帰結を求めるに等しいと私は思うのです。

「ナンバーワンよりオンリーワン」を目指せといった現代では格言に近い言葉があるように、勝敗の優劣を競いトップの座目指して努力し続ける人もいれば、中には健康のために競技に参加する人がいても不思議ではありません。それでも中途半端な心構えで完走出来るほどトライアスロンは甘くはないし、普段の弛まぬ努力があって初めて完走出来る過酷なレースに違いありません。もしトライアスロンの世界でオンリーワンに点数を付けるとすれば、それは己の努力に対する自己評価であって、他人が評価すべきものとは思っていません。ですがレースである以上相手があり、ライバルがいてこそ記録も伸び自己の記録更新こそが、チャレンジャーとしての第一歩であるともいえるでしょう。記録を伸ばす事でレースでの相対的な自己評価が可能となります。自分なりの目標順位が向上することへの喜びが、満足度の基準になるといえるのではないでしょうか。オンリーワンでは同じ土俵で戦った人それぞれが、レースに臨む動機の違いやレベルの違いを超え、達成感に於いてプロのアスリートにも負けない喜びと至福の時が得られる、究極の鉄人ゲームであるといえるでしょう。

前置きが長くなりましたが、この過酷なレースにチャレンジする一人のトライアスリートを今回紹介しようと思います。ここに紹介するアスリートは北海道で生まれ函館で青春を過ごし、現在は札幌でダイビングショップを経営する今年50歳を迎えた勝山 浩(仮名)選手です。彼が青春時代、水泳のインストラクターの道を歩んでいた頃に始めたトライアスロンでありましたが、札幌移住や仕事の転機などの理由でしばらくトライアスロンから遠ざかっていた様です。50歳を契機として25年ぶりに再チャレンジすることになったトライアスロン、目指した動機や経緯には謎も多く、更にはショップのツアー中に起きてしまった不幸な事故を乗り越え、一社会人としての生き甲斐や苦悩を感じさせる生き様と人生観を、自ら総括し自らを律する一手段として、トライアスロンの険しい道を選択したのだと思います。一言では表現出来ないデリケートな部分も含めて、彼のアスリート魂や人格を浮き彫りに出来れば幸いと考えます。彼は私やダイビング仲間にとって尊敬出来る師匠でもあり、ダイビング黎明期を支えた功労者の一人である事を付け加えたく思います。

ダイバー仲間ばかりでなく、私の周辺には海をこよなく愛するチャレンジャーと呼ぶに相応しい生き様を体現化した人物も、併せて紹介しながら話しを進めたいと思います。

=次回へ続く。どうぞお楽しみに!=

■勤務先:http://www.juliajapan.co.jp/
■筆者プロフィール
中宮希史   [株式会社ジュリアジャパン 相談役]
氏  名 中宮 希史(なかみや まれし)
■経歴    
1948年 北海道札幌生まれ。
1972年 東京造形大学絵画科卒業。
1972年 株式会社ジャパングラフィックスにイラストレーターとして入社。
1978年 30歳を機に札幌にUターンを決め込み、株式会社北海道たきに入社、主に広告のイラストを手掛ける。
1986年 有限会社グラフィックアソシエーションを設立、デザイン全般の業務にあたる。
1989年 東京でイラストの個展を開催するが、以降も含めあまり話題にはならなかった。
1994年 株式会社ジュリアジャパンを設立して3Dアニメーションやゲームソフトを中心とした業務に携わる。
2005年 訳あって沖縄に支社を創設してしまう。
2009年 社長職を辞して会長に就任。
2010年 相談役に就任する。
     
通常業務の側ら学校法人芸術デザイン専門学校講師や卒業制作審査員を務める。その他、趣味は多数。

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