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中宮さんのビタミン・エッセイ新シリーズが始まりました。中宮さんはIT企業の代表取締役会長を努めつい最近相談役に就任したばかりです。長年リーダーシップを発揮され、混迷の時代を乗り越えてきました。今、経営の一線から退かれ、趣味のひとつであるスキューバダイビングと沖縄の海をこよなく愛し、自然と人間の関わりそしてご自身との関係を改めて考えてみたいと思っています。新シリーズ「海と世界と人間と」は、皆さんと共に“自然とご自身を考える旅”のエッセーとして、どうぞお楽しみください。

海と世界と人間と

■1.トライアスロンの島 あるチャレンジャーの軌跡(4)

(株)ジュリアジャパン 相談役 中宮 希史

スイムは一周750mを2周の1500mで争われます。コースのマーカーやブイが設置された港内は、波も穏やかで海で泳いだ経験がない人でも泳げそうでしたが、闘争本能をむき出しにした選手が、水飛沫を巻き上げ海面をかき分けて泳ぐ姿は、正に海のサーキットと呼ぶに相応しい戦場と化すのでした。速い選手だと20分位で泳ぎ切り、バイクのトランジッションエリアに移動して行きます。

我々は勝山を応援する為、バイクエリアに移動して駐輪場で待ち構えましたが、予想タイムを越えても中々姿が見えません。レース後の談話の中で息があがってしまい、リタイアを覚悟するほど苦しかったと語っていましたが、やはり先日から体調を崩していたのが原因であったようです。

ここでレースを放棄しては「応援隊の仲間達に合せる顔が無い」勝山は当時の心境をこの様に語ってくれました。レース参加の為に好きな煙草も禁煙し、何より1年間の苦しいトレーニングで中年太りの贅肉と太鼓腹に別れを告げ、20代の頃のスリムで引締った筋肉を、取り戻しつつある我が肉体に何と詫びればよいのか、息が上がり必死で水面下の水をかきながらもゴール地点を目指し、文字通り意志の強さだけで何とか泳ぎ切ったのでした。

次々と駐輪場に翔け込む選手に混じって勝山の姿を発見した時は、何とも形容し難いのですが、熱いものがこみ上げて来た事は疑いの無い事実でした。勝山は疲れた表情を浮かべながらも、黄色い声援(チーム勝山の乙女達)に笑顔で答える余裕を見せましたが、やはり25年間に及ぶブランクの壁は大きいのでしょう、アスリートの後ろ姿は、心なしか自信を失いかけているようにも見えました。それでもスイムに自信がある勝山だけに、最悪のコンディションにも関わらず30分で泳ぎ切ったのですから、体調さえ万全であれば十分上位を狙える実力を有しているのです。

レースは第2ステージのバイクに移りました。トライアスロンの中でも最もスマートで颯爽としたスタイルのロードレーサーを駆り、石垣南部を1周する40qのコースは、世界有数の自然に恵まれた美しいフィールドが舞台です。コースは起伏に富み、コーナーもアグレッシブでスピードに乗ったスリリングなレース展開が予想されます。中でも自転車競技で面白いのは、単独競技で有りながらも集団を形成するグループが、お互いに協力しながらレース展開を読まなければならない、極めて頭脳的な駆け引きが見られる事でしょう。

勝山はヘッドギアを被り、自分のロードレーサーをスタンドから持ち出し、颯爽とコースへ飛び出して行きました。ここでも勝山は体調不良で、ペダルを踏み込む脚力に冴えが見られず、腿の筋肉は疲労のピークを迎えていたのです。極度の体調不良からくる疲労は吐き気を伴ない、逆立ちして暴れる胃袋が悲鳴を上げています。後を振り返ると勝山を追い越そうとするライバル達は、必死でペダルをこぎ続けます。疲労は思考能力さえ奪いますが、人間という生き物は、どの様な過酷な状況においても思考を停止する事は無いもので、ある限定された苦しい状況下では、むしろ活発な脳の働きが確認出来る事もあるものです。

勝山は吐き気と戦いながらも、おぼろげではあるがレース自体を自分の生き方とオーバーラップさせるのでした。それは紛れも無く途中下車出来ない人生そのものであり、ある目標に向かって挫折せずにやり遂げるための、あらゆる努力を惜しまない不屈の闘志が成せる技だからでしょう。自分以外、周りは競争相手です。相手は自分を負かそうと必死で仕掛けて来ます。それは生物や動物が生き残る根源の問題にも繋がり、人類も氷河期以来、未来永劫続けなければならない宿命でもある訳です。ただレースの結果やサクセスストーリーだけで、その人を評価するには片手落ちであり、むしろその結果よりも、果敢に挑む志と揺るぎない信念こそが、評価されるべきであると思うのです。

例えば二人の受験生が難関を突破して同じ志望校に見事合格、その後も自分の思い描く人生を全うしたとします。一人は実業家で大金持ちになり、一人は子供達から慕われる教師の道を選んだのですが、己の信念を曲げない不器用な生き方しか出来なかったとします。

もしかして実業家を目指した人が大金持ちになるためには、その陰で多くの人達が苦しむ事になったかもしれません。その反対で、人や環境に役立つ大きな貢献をして大金持ちになったかもしれません。一方教育に高い志を持ち、教師の生き方を全うした結果、一生金持ちとは無縁の生き方を選んだ人がいてもおかしくない筈です

いずれにせよ、実業家とこの不器用な生き方しか出来なかった教師の収入には、大きな開きが出来た事に違いはないのですが、どちらが幸せで恵まれているかは傍目には分からないですし、他人が評価すべき事でもないのでしょう。

皆さんならば、どちらの生き方を選ぶでしょうか?ここでその答えを求めるのは全くナンセンスな話ではありますが、己の信念と志を全うするには、多くの障害が待ち受けていると考えられます。その多くは何の前触れも無く突然己の身に振りかかって来る事が多いものです。その様な時だからこそ、胸を張って前向きに立ち向かえる高い志と信念を持ち続ける強い意志が必要なのです。

勝山も同様でプロとして多くのダイバーを育てた実績と、水中ガイド役としてダイバーを引率する責任重大な仕事を生業としてきました。順風満帆とはいえないまでも、愛する家族にも恵まれ実績を積み上げてきたのです。

私は彼が引率するツアー中に起きたダイビング事故の話を聞いた時、ダイバーが如何に危険と隣り合わせで潜っているかを再認識したばかりで無く、今後も起こりえる事故だけに、それを予防する為の準備や、体調の維持に努めねばならない事を学んだのでした。

出来れば公にはしたくない事柄に敢えてこの場を借りて言いたいのは、責任と義務は門外漢である私には正直分かりませんが、受け入れ側が万全を尽くしても避けられない事故もある訳です。当事者であった当時勝山の下で働いていたガイドは、その事を苦にして業界を自ら去ったのでした。勝山も道義的な責任から1年間休業するに至り、大変な試練に立ち向かわねばならなかったのでした。ダイバーであれば誰もがその事故は不可抗力であって、潜る側の自己責任の範疇に有る事は容易に判断出来るのですが・・・何れにせよ、その事で多くの人が悲しみと絶望を味わう事になったのです。勝山の悲しみや悔しさが如何ばかりか私には知るよしも無いですが、彼はその後、逆境を乗り越え見事な復活劇を果たしたのでした。

=次回に続く。お楽しみに!=

■編集者からのお知らせ■
日頃より苫小牧駒澤大学webサイトをお楽しみ頂きまして誠にありがとうございます。
中宮さんのエッセイは平成23年1月の更新はお休みさせて頂き、2月からの更新となります。どうかご了承願います。
新しい年が読者の皆様にとって充実した良き1年間となりますよう願っております。

■勤務先:http://www.juliajapan.co.jp/
■筆者プロフィール
中宮希史   [株式会社ジュリアジャパン 相談役]
氏  名 中宮 希史(なかみや まれし)
■経歴    
1948年 北海道札幌生まれ。
1972年 東京造形大学絵画科卒業。
1972年 株式会社ジャパングラフィックスにイラストレーターとして入社。
1978年 30歳を機に札幌にUターンを決め込み、株式会社北海道たきに入社、主に広告のイラストを手掛ける。
1986年 有限会社グラフィックアソシエーションを設立、デザイン全般の業務にあたる。
1989年 東京でイラストの個展を開催するが、以降も含めあまり話題にはならなかった。
1994年 株式会社ジュリアジャパンを設立して3Dアニメーションやゲームソフトを中心とした業務に携わる。
2005年 訳あって沖縄に支社を創設してしまう。
2009年 社長職を辞して会長に就任。
2010年 相談役に就任する。
     
通常業務の側ら学校法人芸術デザイン専門学校講師や卒業制作審査員を務める。その他、趣味は多数。

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