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中宮さんのビタミン・エッセイ新シリーズが始まりました。中宮さんはIT企業の代表取締役会長を努めつい最近相談役に就任したばかりです。長年リーダーシップを発揮され、混迷の時代を乗り越えてきました。今、経営の一線から退かれ、趣味のひとつであるスキューバダイビングと沖縄の海をこよなく愛し、自然と人間の関わりそしてご自身との関係を改めて考えてみたいと思っています。新シリーズ「海と世界と人間と」は、皆さんと共に“自然とご自身を考える旅”のエッセーとして、どうぞお楽しみください。

海と世界と人間と

■1.トライアスロンの島 あるチャレンジャーの軌跡(5)

(株)ジュリアジャパン 相談役 中宮 希史

レースもスイム、バイクの2種目を終え、マラソンを残すのみとなり、いよいよ大詰めの最終章を迎えます。御存じの様にマラソンはオリンピック競技の原点として発展し、歴史的にも多くのドラマを生み出してきました。なかでも日本人ランナーが世界を席巻する感動シーンは今でも記憶に新しく、国民に勇気と希望を与えてくれたものです。マラソン競技にはスイムやバイクのような華やかさは無く、どちらかといえば地味な競技に思えるのですが、マラソンはスポーツの祭典オリンピックでも、大トリを務める競技として一番相応しいと誰もが認めるでしょう。これだけ多くの競技人口とファンを惹きつけて止まない人気の秘密とは何でしょうか。マラソンは当たり前の事ですが、2本の足で駆ける事です。マラソンの由来は、古代ギリシャの勇士が戦場マラトンからアテナイまで約40キロメートルを走り、戦捷を報じて死んだという故事に因む競技であると辞書に記されています。

やはりスポーツの原点であるマラソンも戦場から生まれた競技であり、先にも述べた通り生死を懸けた戦に他ならないのです。戦争とはフィールドや目的に大きな違いはあるものの、マラソン競技は血沸き肉踊る、正に己の肉体の限界に挑む心意気にファンはしびれるのだと思います。又脱線してしまいましたが再び話しをレースに戻す事にしましょう。

バイクを降りマラソンコースに飛び出した勝山は、最終ゴールを目指して走り続けます。起伏に富んだ10キロの道程は容赦なく勝山の体力を奪い、僅かに残された気力だけで走り続けていたのです。ところが残り5キロメートルを切った辺りから、勝山の体調に変化が見え始めたのです。鉛の様に重たく感じた太ももは俄かに軽くなり、前へ送り出される膝頭の震えも収まり、ふくらはぎの筋肉がしなやかさを取り戻すと、マラソンシューズに守られた足先は確りと大地を捕えながら前へ力強く踏み出されるのでした。

真に不思議な事ですが、今までとは別人の様な活力が勝山に蘇ってきたのです。死域を超えて走り続けているうちに苦しさは和らぎ、気分爽快になる現象をランナーズハイと言います。一度この快感や境地を知った者達は、その快感が齎す至福の時が忘れられず、その後の競技でも奇跡を信じて走り続ける事が出来るのです。

トライアスロンやスポーツ競技ばかりではなく、ある目標に向かってまい進するチャレンジャーであれば、誰にでも同様の体験をするチャンスは必ずあるはずです。行く手を遮る障害が大きいほど、乗り越えるための英知と胆力が要求されます。最初は無謀な賭けだなどと皮肉の目で見ている傍観者がいたとしても、チャレンジャーの志と行動次第で傍観者の見る目は変わってくるものです。何故ならば傍観者はあなたの結果を予想しているのではなく、弛まぬ努力を続けるチャレンジャーの行動に共感しエールを贈るからでしょう。
最初は無理でも弛まぬ努力を怠らなければ、必ず報われる日がくると私は信じています。

「神が降りた」「神の成せる技」スポーツでは「勝利の女神がほほ笑んだ」といった表現を耳にしますが、神の領域について語る事は出来ませんが、何れも言葉の意味するところは、自分でも信じられない成果を挙げた時に発せられる、その充実感を表現した言葉ではないでしょうか。

勝山は苦しさを乗り越え、神の領域に迫るランナーズハイを体験したのです。ゴールを間近にして勝山の脳裏を去来したのは、ゴールで帰りを待つ勝利の女神でした。その女神は決しておごらず、周囲の人間達に不快感も与えず、行動は控えめであるが性根の据わったしっかりもので、勝山を心身共にサポートする笑顔が素敵な最愛の妻Mさんでした。

我々チーム勝山の応援隊は、ゴール地点に設置された大型ビジョンの前や観衆に紛れて、勝山の到着を今や遅しと待ちかまえていました。

観衆の拍手に迎えられたトライアスリートの顔は何れも歓喜に溢れ、出迎えた子供を肩車しながらゴールを切るランナーや、家族総出でゴールになだれ込むファミリーがいたり、あるいは競技者同志が肩を並べて仲良くゴールするシーンなど、ワールドカップでは絶対に見られない感動シーンが次から次へとゴール下の大型ビジョンに映し出されてゆきます。

汗塗れの赤いランニングシャツを着込んだ勝山は、ゴール下の花道で自分を支え続けてくれた女神Mさんの手を取り、万歳しながら二人三脚でゴールを駆け抜けたのでした。

石垣島を席巻した熱い戦いも恙無く終わり、レースの余韻に酔い痴れる観衆や表彰式が行われる会場を、心地良い甘い風が吹き抜けてゆきます。戦い終えた選手の顔は何れも穏やかで、熱き血潮を滾らせた石垣島もいつもの静けさを取り戻し、選手達の雑談が風と潮騒の音に紛れ、コダマのように聞こえていました。

=次回、最終回につづく。どうぞお楽しみに!=

■勤務先:http://www.juliajapan.co.jp/
■筆者プロフィール
中宮希史   [株式会社ジュリアジャパン 相談役]
氏  名 中宮 希史(なかみや まれし)
■経歴    
1948年 北海道札幌生まれ。
1972年 東京造形大学絵画科卒業。
1972年 株式会社ジャパングラフィックスにイラストレーターとして入社。
1978年 30歳を機に札幌にUターンを決め込み、株式会社北海道たきに入社、主に広告のイラストを手掛ける。
1986年 有限会社グラフィックアソシエーションを設立、デザイン全般の業務にあたる。
1989年 東京でイラストの個展を開催するが、以降も含めあまり話題にはならなかった。
1994年 株式会社ジュリアジャパンを設立して3Dアニメーションやゲームソフトを中心とした業務に携わる。
2005年 訳あって沖縄に支社を創設してしまう。
2009年 社長職を辞して会長に就任。
2010年 相談役に就任する。
     
通常業務の側ら学校法人芸術デザイン専門学校講師や卒業制作審査員を務める。その他、趣味は多数。

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