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・=ぶつかった方が、いいよ。=「五刻豊穣記」さかざき君のコラム
・=ぶつかった方が、いいよ。=「五匹の猿を退治しろ!」うずまさ君のコラム


“強くなくては生きていけない、優しくなくては生きている資格はない”
どこかで目にし、耳にしたちょっと有名なセリフです。
心のビタミン・コラムは、中学生、高校生、大学生の諸君には、これからのキミの生きていく未来を考えるきっかけに。
すでに社会に出て活躍されている方、あるいは多少失意の中にある方には、もう一度、自分を考えてみる端緒に。
そして、長い間会社や社会につくされ、おおいなる安息の日々を過ごされている方には、来し方に思いを馳せ、より良き明日の活力にして頂ければと念じて、連載いたします。隔月で交互にお楽しみいただけます。

五刻豊穣記

■其の参「中年の刻」 さかざき けんじろう

阪崎 健治朗  忘れもしませんね。 あの日のことを。1995年1月17日早朝、神戸や淡路島、そして阪神地区などに今まで体験をしたことのない大地震が起こり、パニック状態に陥った阪神・淡路大震災」。 親兄弟すべて神戸や阪神地区や大阪など被害周辺に住むぼくの家族が無事だったことを知ったのは、何時間もあとのことでした。 

  ぼくはこの年の3月、60歳を前にして8年間お世話になった北海道に別れを告げて神戸に戻る決心をしていたのでしたが、想像を絶する大きな被害情報を聞くにつれ、結果的に戻る決心を鈍らせてしまいました。 翌月の2月17日に病に伏していた母は地震の影響を受けて病院で息を引き取りました。
 声を掛けることもなく、感謝の思いを告げることもなく、ぼくにとっては悲しい別れでした。 それは少年期・青年期と過ごした時が必ずしも順調ではなかっただけに、ずいぶん多くの労苦を母自ら負い、守ってくれたことへの募る謝意を伝えることができなかった悔悟だけが重たくぼくの心の中にのしかかっていました。
 そして結果的に僕たちの家族は移動することなく、転勤して一番長い滞在地になり、 59歳、ぼくはその年の3月31日で退職し無職の状態になったまま、この地にとどまることになったのでした。

  60歳。何かの一区切りの年のように思いました。
「ここから何が始まるのか。」「いや、何を始めるのか。」今の寿命からすると、悠悠自適などというには早すぎる。何かを始めるとしたら、大きな決断が要るし、冒険とさえ思うこともある。 心身の疲労は確かに残っている。そうした数々の瞑想を重ねる年が60歳だったのですね。

  振り返って見ると、いわゆる40歳から60歳までを中年とするならば、ぼくのこの20年間もまた千変万化の時代でもあったように思い出されます。
 40歳を前にして、ぼくは少し地元を離れ北九州に転勤しました。 しばらくしてぼくにもよきパートナーが与えられました。結婚したのです。それも39歳。

 さらに転勤が続きます。4年後、今度は北陸の富山です。再び神戸に戻ったのはその3年後でした。 神戸では更に重たい仕事と地位が与えられ、また働き蜂のように働きました。しかし、再び転勤の機会が与えられました。51歳の時、北海道からの招聘を受け入れてはじめて北海道にやってきたのです。

  雪の北海道は、真っ白で広大で幻想的でしたが、それはまた知る人のいない初めての土地への不安とこわさが入り混じったスタートでした。
 しかしこれも杞憂に終りました。この20年という時間もまた苦楽のときでした。
 全て初めての土地での仕事、人との出会い、不安はあっても必ず生涯の友はできるという確信、それら一つ一つが自分の生きる術の肥やしになっていきました。
 青年期に長い闘病ゆえに失った青春を上回る人々からの心の豊かさは、この中年期にも珠玉ように引きつがれ、そしてそれらすべてが、ぼくの心の中で今も生きて働いているように思っています。

  ぼくにとってはこの20年間もまた多くの未知の体験に、あえて挑戦してきた時間でもあったと思います。 そして「働く」ということと、「出会いの楽しさ」を十分味わうことができました。
 働くことへの希望を失った自分にこんなに長く勤めさせてもらえたこと、できないとあきらめていたことができたこと、生きることさえ、望みを絶ちかけたときもいつのまにか力を与えられていたこと、そんなことをふと振り返ると、人間は「able」にできているのだと思うようになりました。

 だれでも、可能性を持っているのです。その可能性をどのようにいかすかは、まさにその人の姿勢次第なのでしょうね。
2004年12月21日脱稿


あきらめず、明日をなんとか肯定して生きていく姿は厳しく又、激しいのですが、必ずチャンスは巡ってくるものです。きっと誰かがどこかでじっと見ていてくれる。
そうなのですね!その通りです。筆者の魅力にもっと触れてみたい方は下のURLからどうぞ。

阪崎健治朗HP http://www16.ocn.ne.jp/~com212/


■筆者プロフィール
阪崎 健治朗 SAKAZAKI KENJIROU
生年月日: 1935年(昭和10) 12月25日
学歴: 日本大学文理学部英文科(通信)卒業
職歴: 中学校教諭を経て、神戸・北九州・富山・日本YMCA同盟北海道の各YMCA勤務。その他、大学の講師として「集団組織論」、「基礎作業学レクリエーション演習」、「国際ボランティア論」、「国際関係論・国際交流論」等を担当。
社会活歴: 人間講座主宰(ロビンソンデパート)
研修歴: 感受性訓練(JICE)、交流分析(TAT)受講。
著作: 「職業と人間形成」(共著)(日本YMCA同盟出版)
「神戸とYMCA百年」(神戸YMCA)
「ボランティア論」(青葉書店)
「国債理解 重要基礎用語300」(共著)(明治図書)

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