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「五穀豊壌記」に続き、阪崎さんの新シリーズも月1回でスタート致します。
筆者の阪崎さんは70才になりますが、気力ますます充実。今年ラジオのパーソナリティーとしてデビューし活躍を始めております。また、美術解説者試験にも見事合格し、道立近代美術館で絵画に関しての解説の社会活動もされております。
新シリーズ「3ミリメートルの悦楽」は、読む力、理解し考える力、行動する力を読書と本を通して鍛えることを提唱するものです。言わば毎日継続するそれぞれの1ミリメートルを積み重ね“1日3ミリメートルの前進を喜ぶ”大切さを考えて頂きたいと思います。きっと明日はもっと良いことがありそう!と感じられることでしょう。
どうぞお楽しみに。

3ミリメートルの悦楽

■6.「 現実的な優しさ。パートナーシップ 」  さかざき けんじろう

阪崎 健治朗1 図書館の片隅で
 ぼくは、暇を見つけては図書館に行きいろんな本を見るのが好きで、時に長時間椅子に腰を下ろしてゆったりと時を過ごすことがあります。夕暮れの太陽が札幌の藻岩山に沈みかけると、焼けたようにあたり一帯を鮮やかな茜色に染め「あゝ、もうこんな時間か」と、帰宅時間を知らせてくれます。ここは、ぼくの知識の宝庫であり、憩いの場であり、静寂の刻でもあるのです。 時々、目的の本を探すでもなく、出来るだけゆっくりと書架を眺めながら周ることがあります。 そんなとき、何気なくふと手が伸びてとってもらえる本は、きっと幸せだろうなあ、と勝手に本の気持ちになってしまうのです。何しろ、万という本の中から手にしてもらえるのですから。でも 本から得られる知識や感動を考えると一番幸せなのは実は、ぼくなのですね。 こうした図書館三昧のある日手にしたのは『見えないぼくの明るい人生 〜ありのままを受け入れる生き方のすすめ〜』という、内田勝久さんが書いた本でした。にっこり笑った内田さんの顔がとてもほほえましく印象的で、まるで誰かにせかされるように一気に読んでしまいました。

2 内田さんという人
 1968年9月15日長崎に生まれた内田さんは、今年38才。生まれたときには視力はあったのですが、次第に衰え23歳で完全に失明してしまいました。 内田さんのご家族は、お父さん母さん、そして三つ上のお兄さんも全員が視覚障害を持つご一家です。でも内田さんは、目が見えなくても、周りの人の協力を得て不自由なく生きてこられたと述べています。誰かを恨んだり自分を見下げたりするような態度や考え方は、どのページからもまったく感じることはありません。 『完全に見えなくなると「自分は見えない」という自覚の方が追いついていかなかった』と生活の中でのとまどいもあったそうで、また完全に見えなくなってしまうと、もうキョロキョロする必要がなくなったのか『右、左に顔をふらなくなった』と、心や対応の変化が綴られています。視力を失うと、ぼくたちの想像もできない変化が次々と起こってくるのですね。
 内田さんは、なんにでも興味を持ちます。またチャレンジ精神にあふれていて、あるとき世界的ギタリストの山下和仁さんと出会うと早速ギターにこったりします。スポーツも大好きで陸上、マラソン、高飛び、三段跳びなどに熱中し、努力と激しい練習の末、ついに日本代表選手としてパラリンピックに出場を果たしました。1995年直子さんと結婚。その直子さんも実は視力がありません。2001年に待望の赤ちゃんを授けられます。何と喜ばしいことに元気な双子でした。 この頃は、子育てで困り果てている若いママさんが増えているそうですが、勝久・直子ご夫妻もこれらの若いご夫婦同様に、想像もしなかったハプニングの連続で、嬉しい苦労の子育て人生を送っておられるのかも知れません。お二人の愛情をいっぱいに受けて、現在お子さんは6歳になりました。

3 健常者はもっと柔軟に考え、接して!
 内田さんは、中途失明者になってみて、今まで見えていたがゆえに気がつかなかったことが分かってきたそうです。例えば、健常者やボランティアが援助してくれることも、実は視覚障害者にとって、時に疎ましく感じることもあるのだという。その表現は決してお説教的でもなく、ぼくは「なるほど」とズバリ納得させられました。 そこで、ぼくなりに、私たちへの適切な助言と感じたことをいくつか拾い上げ、まとめてみました。これらのほとんどが、ぼくは読みながら「そうなんだ!」と強く共感したものです。
 例えば視覚障害者のために学習している学生、あるいはボランティアの講座を受けている講習生が「見えないとはどういうことか」を、健常者が疑似体験を通して少しでも理解するためだと思いますが「アイマスク」をかけて街を歩く訓練をしている場面に出くわすことがあります。内田さんは『アイマスクをかけて訓練するのはやめて欲しい』と書いています。 その理由に『健常者が盲人訓練のためにアイマスクをかけて歩くのは、健常者にかえって恐怖を感じさせることになる』と指摘をしています。これは、社会福祉協議会のマニュアルにそう書いてあるから、決めたことをやり続けているに過ぎない、とも述べています。 『盲人はいつもそんな怖い思いばかりして生きているわけではない。盲人もその他の障害者も、個々人それぞれの幸せを求めて生きていることを感じ取ってもらいたい。眼が見えないことは自然体なのだ。ありのままを受け入れてもらいたい』と要望しています。
 この言葉に、ぼくは「ずしん」ときます。見えないから不自由と結びつける短絡さ。だったら五体があるから全ての人が満足しているかといえばそうではない。いつも何かの理由で苦しんでいる人も多いのです。悲しいことですが、もう死んでしまいたいとさえ思う人が増えている日本です。

 さらに内田さんはこんなことも困りものだと書いています。なんと言っても最近機械化やIT化が進んだために戸惑うことが多いということ。この便利さがかえって無駄な時間を費やしサービスの低下につながり、人と人の会話の機会、人情の機微を提供する機会を失い、社会生活のささやかではあるが大切な相互扶助の絆をなくしているように思うのです。切符一枚買うにしても戸惑いながら音声を聞く。なかなか行き先までたどり着かない。周りに誰かいて、もし親切な人なら、あれこれ教えてくれるでしょうが、近頃は他人には関わらない方が賢明と割り切っている人も多いと聞きます。切符売り場や改札口に係員の姿が見られないケースもあります。ぼくには、どうも人間の冷たさが広がりつつあるようで、ちょっと気になります。 また『時計の時間で方向を表現するのはおかしい』と。『物が置かれている場所を示すのに11時15分のところに○○があるという言い回しは決して理解できる言葉ではない。現在のようにディジタル化した時代では、箸を持っている手を取って示す方が理解しやすい』というのです。ぼくは美術解説のボランティアをしているのですが、手に触れてもよい作品の美術鑑賞会が毎年あり、視覚障害者の子どもたちが楽しみにして来てくれます。そんな時「大きな牛は、12時15分の位置のところにねそべっています!」などと説明してしまいます。これも「マニュアル」にそう書いてあるのです。何の疑問も矛盾も考えずに、そういう説明の仕方が一番わかりやすいと思ってしていたのです。視覚障害者でも一人一人違うのだという認識が、ぼくを含めて薄いのだと思います。
 もう一つ、よくやる援助について、ここが問題。 みなさんは、目の不自由な人のお手伝いをしたいと思うときその人の左右のどちら側に立ちますか。たいていこれもマニュアルで教えられているように一般的には右とあるようです。しかし目の不自由な人は、一人一人が違っていて一つのパターンではないことを知っておいて欲しい。たいていのボランティアは協議会でそのように習ったということです。『何でも習ったとおりにしようとする日本人の考え方に規格品的発想があります』と手厳しい批評も加えられています。内田さんはかなり柔軟に物事を捉える方のようで、そういえば、ぼくも含め多くの日本人の暮らしの中には、何か書いたものがあると安心し、また書かれていることには従うものだという思考回路、精神構造があるような気がします。これでは創造的発想はなかなかできません。

4 内田勝久さんの生き方論
 内田さんは、批判は批判として純粋な心から正直に訴えています。それは経験に基づき、自らの躓きや親切から自然に伝わってくるものとして書いていますから、とてもリアリティがあるように思います。『町の中で声をかけても、一人目に無視されたとしても、また2人目が忙しそうで助けてくれなかったとしても、また3人目の人に断られても10人に声をかければ、中には必ず手伝ってくれる人がいる』と人を信じている姿も、ぼくには尊い心として感じられます。 ぼく達は、道を歩いていても、買い物をするにしても、建物に入っていくにしても、自分の身の危険や安全や便利さを感じても、障害を持った人たちの分まで意識をして生活しているとは限りません。ですが、ちょっとした小さな危険も気の配りようによって誰もが安心できる方法があるのではないか、とぼくは思うのです。道路の段差もそうだしバリアはいっぱいあります。
 ある日、内田さんが一人で白杖をもつて空港に行くと、係官は怪しんでいる。『アメリカは障害者を心配するのではなく、ハンディキャップがある分を考慮して、どうしたら健常者と同じように楽しめるかを考える』と空港での体験を書いています。 『サンフランシスコの路面電車でもわざと車内ではなく、外に身体を出し、風を感じさせたり何気ない配慮をする。ヨーロッパには、点字ブロックはないし、盲人用に音楽が流れる盲人用信号機も無いのだそうです。白杖を持っていると必ず誰かが声を掛けてくれる。どんな施設より「手伝いましょうか?」の一言がずっとありがたい。電車の優先席は日本の恥さらし。席を譲るということは当たり前の習慣。日本人は思いやりのないひとが多いと思われる。盲導犬も大変。背の低い盲人と人とによる犬の目線も大変。最近の自動車にもちょうど犬の目線にぶつかるような付属物が付いている』。大切なことは、物や音や施設・設備に頼るのではなく、人の心に信頼を置いていることです。

5 終わりに一言
 こんなふうに一つ一つを取り上げるとキリが無いのですが、多数の障害者の声「なぜぼくたちに普通の生活をさせてくれないのか」には、今後どう応えていけばいいのでしょうか。特に雪国の北海道は雪の降らない地域とは違うという物理的なバリアもあり、この解消と同時に、施策にあたっては、全国一律のようなマニュアルを配ってそれに従う旧態依然とした在り方から抜けだすべきだと思うし、ボランティア訓練者も固定観念を打破し柔軟な発想を生かすべき時代が既に始まっていなければならないような気がします。そして更に、ぼくを含め私たちは内田さんのような生活を送っている人から深く学び、自分の生活や地域の暮らしの中に組み込むような、創造的な共生のあり方が求められていることに気づくべきだと思うのです。それが、ぼくには“現実的な優しさ”に感じられます。

「見えないぼくの明るい人生〜ありのままを受け入れる生き方のすすめ〜 」内田勝久著 主婦の友社



阪崎健治朗HP http://www16.ocn.ne.jp/~com212/


■筆者プロフィール
阪崎 健治朗 SAKAZAKI KENJIROU
生年月日: 1935年(昭和10) 12月25日
学歴: 日本大学文理学部英文科(通信)卒業
職歴: 中学校教諭を経て、神戸・北九州・富山・日本YMCA同盟北海道の各YMCA勤務。その他、大学の講師として「集団組織論」、「基礎作業学レクリエーション演習」、「国際ボランティア論」、「国際関係論・国際交流論」等を担当。
社会活歴: 人間講座主宰(ロビンソンデパート)
研修歴: 感受性訓練(JICE)、交流分析(TAT)受講。
著作: 「職業と人間形成」(共著)(日本YMCA同盟出版)
「神戸とYMCA百年」(神戸YMCA)
「ボランティア論」(青葉書店)
「国債理解 重要基礎用語300」(共著)(明治図書)

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