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「五穀豊壌記」に続き、阪崎さんの新シリーズも月1回でスタート致します。
筆者の阪崎さんは70才になりますが、気力ますます充実。今年ラジオのパーソナリティーとしてデビューし活躍を始めております。また、美術解説者試験にも見事合格し、道立近代美術館で絵画に関しての解説の社会活動もされております。
新シリーズ「3ミリメートルの悦楽」は、読む力、理解し考える力、行動する力を読書と本を通して鍛えることを提唱するものです。言わば毎日継続するそれぞれの1ミリメートルを積み重ね“1日3ミリメートルの前進を喜ぶ”大切さを考えて頂きたいと思います。きっと明日はもっと良いことがありそう!と感じられることでしょう。
どうぞお楽しみに。

3ミリメートルの悦楽

■9.「生徒の一冊のノートに学ぶ教師の道」
生かされて生きる原点に返って(後編) さかざき けんじろう

阪崎 健治朗

4 教師は自分を磨くことが第一

教師はいつも生徒のことだけを悩んで生活を送っているわけではない。教育という広いフィールドに立ってみると、直接には不必要と思われることまでこなしていかなければならない。教育は人を育み、よき人間として社会に送り出すウォーミングアップの場である。それには何よりも生徒を見続けることが原点であろう。何か事件があると先生は生徒の何を見てきたのかと残念に思う。ぼくは「落書帳」というささやかなコミュニケーションの手段をとても大切にしていたが、それでも生徒の間に起こる小さな軋轢には気づかずにいたことを甘酸っぱい記憶とともに思い出す。

「この子」にだけ特別に目をかけてやったわけではないが、ニックネームで呼んでいたことがかえって周囲の生徒には、先生の「えこひいき」という“嫉妬の芽”を作らせてしまったことがあった。ただ優しさだけで教師を務めることは出来ないのである。陰でささやきあう先生への批判。作為的ではなく全くの偶然による方法で行う席替えでさえ、先生の意図を疑ってかかる所に重大な問題が潜んでいた。子供というのは、大人が考えもしないことを空想しとてもナーバスに捉える。それがはずみで大きな話題になることさえある。何組かの仲良しカップルに対する生徒たちの羨望と嫉妬は、大人への歩みを確実に進めている兆候ではあるが、それにしても子供たちの考え方、物の見方、想像力には大人とは全く別のものがあるのだ。子供たちの心の揺れは本当に様々なのだ。

今読み終えたノートは、ぼくが未熟だったことを改めて教えてくれた。ここに書かれている全ては、当時の動揺をそのまま赤裸々に書き綴ってきた「この子」の本音の部分だったのであろう。それは同時にしっかりと人間としての成長過程を通過していたのだ。「その子」との往復書簡は何回か続いたが「もう書くのをやめます」と途中で書くのをやめてしまった。3〜4ページを使ったごく短いやり取りだった。ノートは空白のページが広がっていた。

現在、妻となり母となった「その子」は、今も大切にノートを保管し、夫や、成長した子供にも話して聞かせたそうだ。当時、嫌なことがあったとしても、その中学校での体験やそこでの生活がどれほど楽しかったかを、今でもぼくには電話で愉快そうに話してくれるのである。「どうして今の子供たちは学校に行くのが嫌になったのでしょうね」と「今」を嘆くお母さんはかつての自分がどうして楽しかったかを誇りに思いながら話してくれた。たった1冊のノートが取り持つ関係だが、もちろんそれがすべてではないが、教師は子供たちから多くのことを学ぶことができる。

今回、突然思い立って「その子」から貴重なノートを借りる気になったのは、ぼくもそろそろ晩秋の季節を迎え、一葉一葉木の葉が散り落ちていくように、老いの中にたたずむ自分を感じながら、45年前の出来事の意味の深さを再度味わってみたかったからだ。純粋な子供たちの前に立った教師としての意味をもう一度。青春時代でもある「あの時代」ぼくは何を与えてもらったのか、逆に何を与えられたのか。しっかりと振り返ってみたかったのだ。この「ノート」はぼくにとっても重いものだったし、「この子」が生涯持ち続けるに違いない同じ思いをぼくも持ち続けていたいのである。そして、もうこのノートは「その子」にお返ししようと思う。やがてぼくの生徒たちは、年を重ね老いを迎え、静かな中にも何かを成し遂げて満たされたあの日々を、きっと思い返してくれることだろう。

新米の青年教師でスタートしたぼくは、再び病に倒れた。たった1年10ヶ月という短い時間しか現場に立てず、ぼくの理想教育は途中でまた切れてしまったのである。もう二度と会う機会はないだろう。二度とこの学校を訪ねることはないだろう。それはぼくに与えられた命の終焉を意味したように思ったのである。

あれほど燃えるような情熱を受けとめて下さった学校にかえって大きな迷惑をかけてしまったが、ぼくにとってはかなえられた夢がここで終わるのは心底悔しいことだった。しかし、わずかな時間でも自分の理想を実行できた喜びは、現在の暮らしの中にしっかりと生かされている。ぼくは、感謝の思いを忘れない。

2年2ヶ月、今度は病院での生活を余儀なくされたが、毎日のようにくれる子供たちのやさしい手紙や「毎日先生の回復を祈っています」と祈り会をしている生徒たちのいることを知り、死を待っていてはいけないと思い直しながら、一時代が変わるほどの長さの闘病生活を必死な思いで送っていたのである。

その中に先に書いた知的障害の生徒が、5円のはがきいっぱいに大きな字で「せんせい、はやくよくなってください」とだけ書いてあったのを終生忘れることができない。どれほど精一杯の思いを込めて書いてくれたことだろうと想像すると、今でも目が潤んでくるのである。

5 目を開いて子どもをみて

「先生、私たちの中学校時代はあんなに楽しかったのに、今の学校はどうして楽しくなくなったんでしょうね」と嘆くその声を聞いて、経験がよみがえる。今の先生は社会からの信頼を失いつつあるように見える。国や地方自治体やはたまた組合まで。とりわけ学内における教員間の信頼の希薄さも一因のように思える。校長が自殺をするという異常な社会環境、誰がそこまで追い詰めたのか、あるいは生徒に命の大切さを訴えながら、自らの命を絶つという矛盾をどう解決するのか。制度やシステムの変更について国が何を示そうと、生徒の前に立つのは先生である。その先生方が、全人格を子供の前に示していないのではないかと危惧する。自分は誰のための自分かをはっきり持つことがなかなか出来ないのかと思う。今の学校は、ちょっと気になることをすれば親が怒鳴り込んでくるとか、教育委員会から呼び出されるとか、思い切ったことを話しても、また批判でもすれば、身の上に危険が迫るといった強迫観念が全体を覆っているようにも思える。しかも誰も助けてくれる仲間もいないと言う不安。今の先生はずいぶん孤独なのであろう。子供に視線を向ける余裕などなくなり、周囲のことにばかり気をとられてしまう、閉塞感の漂う状況下に置かれているのかもしれない。本当に難しい環境なのだろう、現在の教育の現場は。だが、ぼくは何とかがんばって欲しいと心から願う。

ぼくの教師時代が特別良かったのではない。教育という自立的で真実的で本当のことを教える場で、事実を隠して最後は申し訳ありませんと詫びる無様な姿を目にした子どもたちの心には、それらがどのように焼きついてしまうのだろうか。ぼくたちはもっと真剣に教師のことを考え、支援し、のびのびと各自が描いている教育が実現できるような環境づくりに力を貸す必要はないだろうか。余計なことかもしれないが、ぼくはそう思う。

今回のテーマをあえて「生徒の1冊のノートに学ぶ教師の道」とした。生徒に自分の全部をぶつけてこそ生徒の人生を変えることができるのではないだろうか。野球選手は絶対に監督のサインを見落とすことを許されない。監督が的確なサインを出して選手が力量の全てを出さなければ試合を制することなど出来ない。そして監督は一人一人のプレーヤーの特徴や技量、人格を把握していなければ正しいサインも出せないだろう。

今の教育は、野球で言えば、監督以外の外野席の方々が大声でお門違いのサインを出して試合を進めているようにも思えるのである。それでは監督も的確なサインも出せないし、選手の気持ちも監督の心が読み取れないでいるような社会だ。だから子どものSOSも見極められない。まったく気がつかないわけがない。ぼくはかつてある先生の人格に触れて将来のヒントを得た。先生が内に秘めた情熱や姿勢を前面に表現してこそ、子どもはきっと先生からの強い感化を受けるに違いない。

「よい教師はよい生徒から生まれる」「よい生徒はよい教師から生まれる」。僕の体験から思うのである。よい生徒に育ってもらうには自分がよい先生になろうとする目標と情熱を持たなければならないことは言うまでもないが、今日の世の中では、とても難しい命題であることを承知で、ぼくは切望しているのだ。そのために自由と確信を抱いて向かうことを期待したい。そこには特別な歓びがあるはずである。(完)

阪崎健治朗HP http://www16.ocn.ne.jp/~com212/

■筆者プロフィール
阪崎 健治朗 SAKAZAKI KENJIROU
生年月日: 1935年(昭和10) 12月25日
学歴: 日本大学文理学部英文科(通信)卒業
職歴: 中学校教諭を経て、神戸・北九州・富山・日本YMCA同盟北海道の各YMCA勤務。その他、大学の講師として「集団組織論」、「基礎作業学レクリエーション演習」、「国際ボランティア論」、「国際関係論・国際交流論」等を担当。
社会活歴: 人間講座主宰(ロビンソンデパート)
研修歴: 感受性訓練(JICE)、交流分析(TAT)受講。
著作: 「職業と人間形成」(共著)(日本YMCA同盟出版)
「神戸とYMCA百年」(神戸YMCA)
「ボランティア論」(青葉書店)
「国債理解 重要基礎用語300」(共著)(明治図書)

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