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「五穀豊壌記」に続き、阪崎さんの新シリーズも月1回でスタート致します。
筆者の阪崎さんは70才になりますが、気力ますます充実。今年ラジオのパーソナリティーとしてデビューし活躍を始めております。また、美術解説者試験にも見事合格し、道立近代美術館で絵画に関しての解説の社会活動もされております。
新シリーズ「3ミリメートルの悦楽」は、読む力、理解し考える力、行動する力を読書と本を通して鍛えることを提唱するものです。言わば毎日継続するそれぞれの1ミリメートルを積み重ね“1日3ミリメートルの前進を喜ぶ”大切さを考えて頂きたいと思います。きっと明日はもっと良いことがありそう!と感じられることでしょう。
どうぞお楽しみに。

3ミリメートルの悦楽

■11.巣立ちと航海へ            さかざき けんじろう

阪崎 健治朗

1 巣立ち

3月の日本は忙しい。年度末ということもあって、一年のすべての決算を済ませる季節に当たるからだ。経済活動の総括をしたり組織の組み替えをするシーズンなのだ。学校や職場では、住み慣れた土地や仲間の集団から離れていく人も数多くいるのである。

やはり離れていくのは、多くの場合寂しさを禁じえない。ぼくも何度か「別れの3月」を体験してきた。中でも忘れられない別れを一つ話してみようと思う。神戸から北九州に移ったときのことだ。

8年間の働きを終えて招聘を受け入れてぼくは初めて九州に転勤することになった。ご飯を炊くことも洗濯もしたことのない自分がこれから独りでの生活を始める第一歩だ。親しい友人がわざわざどこからかトラックを借りて自ら運転してささやかな荷物をつめて、生まれて初めて遠くに向かう旅に同行してくれた。

3月の終わりだった。

遠くに見えるピンクに染まった樹を眺めながら神戸のフェリーポートに着いた。多くの自動車が次々と船の胃袋に飲み込まれていく。積み込んだぼくらはいち早く甲板に上がって名残惜しく六甲山を眺めていた。2,3人の友人が見送りにきてくれていた。しかし僕は別のことを考えていた。それにしても船の別れは寂しい。待つ時間も長い。岸壁を離れて人が見えなくなるまでの時間もまた長い。ぼくは誰が掴むかわからないテープを投げた。しかし本当はもっと出航を遅らせてくれ、と心で叫んでいた。

ドラの鐘がいかにも物悲しげに聞こえ、もうこれで神戸ともお別れでもあると同時に、心ひそかに待っていた人との別れの予感でもあった。ゆっくりと少しずつ岸壁を離れて行くフェリー。殊更に哀感がぼくの心を重く押しつぶす。とうとう来てくれなかった、と諦めながらももしかしてどこかに、と一縷の望みを抱きつつ、目を皿のようにしてその人の姿をだけ求め一心に探した。すでに船は岸壁を離れつつあった。

“その人がいた” 岸壁の倉庫の陰に身を寄せるように一人で立ってじっとこちらを見続けてくれていることを何度も確かめた。見えないはずだった。ぼくは“おろしてくれ”と叫びたかった。涙でかすんでくる目を開けて、小さく手を振って合図をした。彼女も応答し、丁寧に頭を下げていた。船は情け容赦なくどんどん岸を離れ、やがて方向を変えて急激にエンジンの音を高めた。反対側に回ってみたらまだ立っていた。 なぜ一緒に来てくれなかったのだ、と心の内で叫びながら、悔やみ、諦め切れなかった。やがて六甲の山波は次第に小さくなり、とうとう見えなくなってしまった。3月の終わりの風は生あたたかかった。この女性は当時心を寄せていた人であったが、その後会うこともなく、今は元気かどうかもわからない。もう三十数年前の話である。

当時のぼくにとっては「巣立ち」ではなく「別れ」であったのかもしれないが、やはり一個の人間が成長へと踏み出す巣立ちだったと、今は思う。人は必ず「過去」を持つ。その過去が次への肥やしになっているとしたら、それは「巣立ち」である。成長なのだと思う。学び舎を出る学生たち、今日が定年だと退社する人、人生模様はいろいろある。そして、あったほうが面白い。ぼくの場合、失恋の悲しみはいつまでも、しつこく残ったが、また新しいところで多くの知人や友人が出来て、いつのまにか九州の地に慣れ親しみ、たくさんの素晴らしい想い出を作ることが出来たのだ。

2 航海へ

時の流れは速い。振り返ると、まるで昨日の出来事のように鮮明に浮かんでくるが、それを今更どうにかしようと言うことでもないし、引きづって人生を後ずさりするわけでもない。回顧談をしているわけでもない。成功したことがあれば謙虚になって歓べば良い。失敗したらそれを肥やしにして乗り越え、失敗を繰り返さない細心さを身につけるように努力すれば良いのでる。

美空ひばりの歌った「愛燦燦」は人生そのもの、航海の行く手を教えてくれるような詩だ。1番の「わずかばかりの運の悪さを恨んだり」するのは人間だ。「哀しいね」と教える。ぼくも多分そうだっただろうなあと思う。でもそうした「過去の出来事たち」はこころ慰め、優しく励まし、次への未来につないでくれる。

自分の思い通りにならないと深い失望感が漂い、「かよわいもの」だと思わしめる。しかし人に与えられた人生には必ず「未来の出来事たち」が、きっと微笑んで待ってくれている。だから「人生って嬉しいものですね」と暖かく情感豊かにまとめてくれる。本当にいい歌だ。

若い人がこれから乗り出す大海原はいろんな危険が待っているかもしれない。しかし、勇気が精神を鍛える。冒険が人間を強くしてくれる。見上げるような大きな障壁も登りきってみると案外小さく見えるものかもしれない。「死ぬほど愛した」人と別れても、その死ぬほどの勇気を他に振り向ける「勇気」をもてば、人は大きく成長し長足の進化を遂げる。それぞれ生き方も違うし、考え方も違う。だが、どこかみんな似ているところもあるから、実際ちょっとホットするのだ。だから自分を見つめるために、他人をしっかりと見つめることがとても大切なんだと思う。ほんの少し先輩のぼくは、心からそう思う。

老いを迎えたぼくにもわずかであっても「未来君」は笑顔で待っていてくれていると信じている。そしてぼくの軌跡を千変万化に創ってくれた「過去たち」に感謝し、「あの時」のことも「この時」のことも今のぼくの歩みに何一つ無駄にはなっていないと断言できる。はっきり言えることは誰にでも未来があるということである。充実した輝く未来をうまく掴むことの出来る人は「今」を大事に、努力を惜しまぬ人のみに与えられているチャンスなのだと思う。がんばろう。

阪崎健治朗HP http://www16.ocn.ne.jp/~com212/

■筆者プロフィール
阪崎 健治朗 SAKAZAKI KENJIROU
生年月日: 1935年(昭和10) 12月25日
学歴: 日本大学文理学部英文科(通信)卒業
職歴: 中学校教諭を経て、神戸・北九州・富山・日本YMCA同盟北海道の各YMCA勤務。その他、大学の講師として「集団組織論」、「基礎作業学レクリエーション演習」、「国際ボランティア論」、「国際関係論・国際交流論」等を担当。
社会活歴: 人間講座主宰(ロビンソンデパート)
研修歴: 感受性訓練(JICE)、交流分析(TAT)受講。
著作: 「職業と人間形成」(共著)(日本YMCA同盟出版)
「神戸とYMCA百年」(神戸YMCA)
「ボランティア論」(青葉書店)
「国債理解 重要基礎用語300」(共著)(明治図書)

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