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「五刻豊穣記」「3ミリメートルの悦楽」に続く、さかざき君の新シリーズ3がスタートです。高度に発展してきた現代社会のなかで、ともすれば軽視されそうな人と心の有り方を最も大切に考える筆者からの「考える手紙」これまで同様、今シリーズのテーマです。テクノロジーの長足の進歩によって、巨大な恐竜のようになってしまった文化・文明をもう一度仔細に眺め、人と心を考えてみたいと筆者、阪崎さんは考えています。悩みながらもしっかりと前進する高校生、大学生、社会人のみなさんにとって新シリーズが“明日の自分を考える”きっかけになればと思います。隔月掲載の6回シリーズ、どうぞお楽しみに。

恐竜の虫めがね

■1.絆をつくる混乱の海            さかざき けんじろう

阪崎 健治朗

今年になって何本かの映画を観た。その中で特に印象に残った映画が「バベル」であった。ぼくはこの映画は聖書の意味を再現した作品と思い込んでいたが、実は聖書を下地にして描かれた壮大な世界を舞台にしたヒューマン・ドラマであった。メキシコのアレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ監督のもと、ブラッド・ピット、ケイト・ブランシェット、それに日本から役所広司など名だたる俳優の中に、ひときわ話題になった菊地凛子が加わり、孤独な表情と演技は大きな注目を集めた。

バベルという言葉は旧約聖書の最初の章「創世記」第11章に出てくる。人が神の領域に近づこうとしてレンガを高く高く積み上げて塔を建てようとする。人々の愚かな行為を見た神は、「彼らは一つの民で、皆一つの言葉を話しているから、このようなことをし始めたのだ。これでは、彼らが何を企てても、妨げることはできない。我々は降って行って、直ちに彼らの言葉を混乱させ、互いの言葉を聞き分けられぬようにしてしまおう。」そこで神はばらばらの言葉を話すようにし、混乱させる。つまり互いのコミュニケーションが全く取れなくなってしまい、あまねく全地に散らされてしまった。それは心までが通じ合わなくなることを意味している。この町の名をバベルと呼ばれるようになった。バベルとは「混乱」という意味だと聖書にはある。

映画はモロッコ、メキシコ、アメリカ、日本を舞台に繰り広げられ、それぞれに異なる事件から一つの真実に導かれていくといういささか難解なストーリーだった。

事件はモロッコに住む少年の放った一発の銃弾が眼下の山道を走る観光バスの乗客の一人アメリカ人の女性の肩に当たり、重傷を負って騒然となるところから始まる。狂乱と怒号の中で違った国の人々がそれぞれ自分は何をしたらよいか試される。すでに聖書の言葉が始まっていたのだ。生活の糧とする動物を狙うジャッカルの対策に、父親が何者かから買い取ったライフル銃をもらった2人の兄弟。羊の放牧に出た正直な兄と早く試し打ちをしたがる兄より腕のいい弟は何かの標的を探す。 遠くに見える山道をこちらに向かって走ってくるバスには、夫婦の危機を互いに感じあいながら、二人の子どもを家においてメキシコ人のシッターに預けてモロッコに旅行に来たアメリカ人の夫婦。

そこに思いもかけず、山間にこだまする一発の銃声。窓ガラスを裂いてアメリカ人の婦人の肩に当たってしまう。 なんとか医者のいる村までたどり着くが、応急処置がやっと。彼は英語がなかなか通じない村の住人たち、対応が遅いアメリカ政府に苛立ちを露わにする。

アメリカで二人の子どもを預かったメキシコ人シッターは不法就労の身である。メキシコの息子の結婚式に出るために、帰ってこない夫婦を待ちきれず、やむなく預かっている子供たちをメキシコに連れて行く。

一方東京では、母親を自殺で失くし、父と二人暮しの聴覚に障害を持った女子高校生チエコは、母親を失くした痛みの癒えないまま父親にも心を閉ざし、満たされない苛立つ日々を送っている。街に出ても聴者の中で疎外や蔑視を感じていたチエコは心の葛藤のはて、異様な行動をとるようになる。

日本の父親が持っていた銃は海外滞在中に護身用に買ったもので出国するときに売却したが、それがめぐりめぐってモロッコ人の山間に住む朴訥な父親の手に入る。まさか大事件に広がるとは思いもかけないことでもあったろう。夫婦の危機を乗り越えようと子どもを残してまで旅に出たアメリカ人夫婦は思いもよらぬ事故に見舞われるが、懸命な介護によって傷が癒えるにつれ、ゆっくりと愛情を取り戻して行く。一丁の銃をめぐって取調べを続ける日本の刑事に憂鬱になる父親、そして自らいのちを絶った妻への悔悟、絡み合っていた父と子の糸を解きほぐしながら次第に二人の間に絆がみえてくる。

それぞれの舞台で繰り広げられる事件はまさにバベル(混乱)であり、そこに残された人間としての心の回路はどんなに詰まっていても、その収束は時空を超えて、いつかどこかで回復させるように、きっと神が仕組んでくださっているのである。

どんな人にも、時に、予想だにしないことが起こるものだ。だが、不安に陥り絶望の淵を歩いているように見えても、最後まで自分を見捨てず、相手を信じて受け入れていくことに努力を傾けるべきだ。そうすれば少しずつ心に余裕が出来、平穏を取り戻すことが出来る、そう信じて歩んでいきたいものである。

映画館に入ったとき、手土産をもらった。それはバベルの言葉を書いた紙片とLISTENと書いた白いリングだった。これは聴力に障害をもつ人への思いやりをあなたも、という意味だ。

とても気の利いたしゃれた贈り物だと思う。ぼくは、気に入っている。

阪崎健治朗HP http://www16.ocn.ne.jp/~com212/

■筆者プロフィール
阪崎 健治朗 SAKAZAKI KENJIROU
生年月日: 1935年(昭和10) 12月25日
学歴: 日本大学文理学部英文科(通信)卒業
職歴: 中学校教諭を経て、神戸・北九州・富山・日本YMCA同盟北海道の各YMCA勤務。その他、大学の講師として「集団組織論」、「基礎作業学レクリエーション演習」、「国際ボランティア論」、「国際関係論・国際交流論」等を担当。
社会活歴: 人間講座主宰(ロビンソンデパート)
研修歴: 感受性訓練(JICE)、交流分析(TAT)受講。
著作: 「職業と人間形成」(共著)(日本YMCA同盟出版)
「神戸とYMCA百年」(神戸YMCA)
「ボランティア論」(青葉書店)
「国債理解 重要基礎用語300」(共著)(明治図書)

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