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「五刻豊穣記」「3ミリメートルの悦楽」に続く、さかざき君の新シリーズ3がスタートです。高度に発展してきた現代社会のなかで、ともすれば軽視されそうな人と心の有り方を最も大切に考える筆者からの「考える手紙」これまで同様、今シリーズのテーマです。テクノロジーの長足の進歩によって、巨大な恐竜のようになってしまった文化・文明をもう一度仔細に眺め、人と心を考えてみたいと筆者、阪崎さんは考えています。悩みながらもしっかりと前進する高校生、大学生、社会人のみなさんにとって新シリーズが“明日の自分を考える”きっかけになればと思います。隔月掲載の6回シリーズ、どうぞお楽しみに。

恐竜の虫めがね

■2.希望探しの旅に              さかざき けんじろう

阪崎 健治朗

ここ数年のうちに札幌の都心周辺は、テレビ塔よりもっと高く、見上げるようなマンションやオフィスビルが急速に増えはじめた。ほとんどが30階以上の超高層ビルである。道路は至る所が鉄板で覆われ、今にも倒れてきそうな長い足のクレーン車が街の真ん中にうなりを上げている。近代化のスピードは速い。札幌は又大きく変貌しようとしていることがわかる。

かつて札幌のススキノで生まれ育った画家三岸好太郎が青年期を過ごした1903年(明36)には、まだ大きなビルもなく、わずかに消防署の望楼が創成川という疎水のような川の向こう側に建ち、どこからでも見えた程度の高さが際立っていたにすぎない。札幌の大通りはアカシアが残り、わずかだがエキゾチックな洋館がもの珍しさと品格を保っていた。大通りの角にあった教会も蔦の絡まるどこか温もりのある小さな建物で上品さを湛えていた。三岸好太郎は1934年7月1日わずか31歳のとき名古屋で急逝するが、あれから約30年後、同じ画家でもある節子夫人は、ある日泊まったホテルの窓から見える朝の札幌の風情に感動し、これだけ札幌を愛した好太郎のために彼の残した作品を札幌に寄贈することを決心する。多くの作品の中から240点ばかりを奔走して集めた。そして「小さな宝石箱のような美術館を建ててほしい」との申し出をする。意を受けた関係者はその熱意に必死で応えるかのように力を注ぎ、ついに今の近代美術館建設に結びついたといわれる。 同時に瀟洒な三岸好太郎記念美術館も建ち、今も知事公舎の緑豊かな一角に見える。

今年は近代美術館が創設されて30年になる。記念の展示が行われている。日本画の展示が終わり、7月から9月にかけて「ガラス工芸」作品が凡そ150点きらめくように展示されている。その中の一点にジェイ・マスラーの「街景」という作品が、とりわけぼくの目を惹く。

直径50センチ程で中が空洞の半円球は鮮烈な赤朱色でまるで地球の中が燃えているような感じさえ与える。そしてその縁取りの断面は黒の小さな突起が大小さまざまの凸凹を見せている。少し腰を屈めて黒の部分を見ていると、まるでニューヨークのマンハッタンの超高層ビルの林立を思わせ、真紅と闇夜の町を不夜城のごとくみせ、人類の成果と驕りを示しているように思う。

ぼくはこの「街景」というガラス作品を観るたびに2001年9月11日を思い出す。その年の6月ぼくたち家族はあのトレイディング・センターの屋上にのぼり、ハドソン川の端に見える「自由の女神」の像を眺め、底知れぬアメリカの威容さと不安定さを見たものだった。そしてわずか3ヶ月も経つか経たないかの内にツイン・タワーは消え去ったのである。世界中を震撼とさせた事件は、人々に恐怖と怒りを駆り立て、世界のアメリカは自尊心を打ち砕かれた。そしてアメリカの復讐が始まった。とどまるところを知らず、今もなお、その連鎖は激しくなり、かつてなかったアメリカの兵士の死者を出し、世界を混沌とさせている。これは人類の驕りへの警鐘なのだろうか。

制作したジェイ・マスラーは初めから「街景」とつけたのではなく、制作の途中でつけたタイトルといわれている。作家は窯の中で燃え滾るガラスの変化を見続けているうちにぱっとひらめいたのかもしれない。1949年生まれの作家は第二次世界大戦に勝利し、世界のアメリカを誇示した直後に生まれている。いつしかアメリカの隆盛こそが世界を平和に導く牽引役だと自称してもおかしくない時代だった。そして飽くなき挑戦は、次第にエスカレートし、高いものへ、強いものへ、そして遠くへと人々の関心と英知はとどまることを知らない。こちら側から見れば開発を続ける人間の発展への勝利と映る。反対側から眺めると、どんどん自分たちの足を食いちぎっている哀れな人間の末路を見る思いがする。

地球は悲鳴を上げている、と自らも発言する世界の為政者たちが、まずは自分たちの国益を優先し、謙虚さを失った下心と駆け引きによって弱いものを打ち負かす汚れた手になっていることに気づいていないかのようだ。ひとつしかないかけがえのない地球はどうなっていくのだろうか。それは、人間はどうなっていくのだろうか、という同じ意味でもあると思うのだ。

地球は、人類や自然などいのちあるものを優しく育む共生の原理を自ら生み出してきた。しかし人間は不遜にも地球を征服しようとしたために、様々なバランスを崩してきた。やがて自らの手で自分たちの住む場を失いかけようとしている。人間が恐竜と化したのである。大きな存在は小さなものの存在を踏み潰す結果になった。しかしどんなに小さく取るに足りないような存在でもいのちに大小はない。同じように尊いのである。その尊さに気づいたとき、私たちは何をしなければならないかについての解答を見出すことが出来る。

いつのまにかパンドラの箱を開けてしまったのかもしれないが、それなら箱から出て行ってしまった「希望」がどこでさまよっているのか探す旅に出よう。若者よ。目先の目標や希望を見出せていなくても嘆く必要は何もない。希望はどんどん変っていくし、目標も螺旋階段のように上ったと思った途端、違った方向に上っていかなければならない。まず自らの「気づき」に第一歩を踏み出すことだ。上り詰めた先には希望というステーションにたどり着くのだ。ぼくもそうして歩んできたように思う。いや、今も上りつつあるといったほうがよいのかもしれない。

われわれの住むこの世界が見える形で物理的にどんなに進化しても、人間の心が荒んでいたのではそれを発展とはいわない。一木一草に感動する心、包み込む優しさ、他者を思いやる心こそが最も望まれていることのように思う。

「わたしたちは知っているのです。苦難は忍耐を、忍耐は練達を、練達は希望を生むということを。希望はわたしたちを欺くことはありません。」そう教えている。

阪崎健治朗HP http://www16.ocn.ne.jp/~com212/

■筆者プロフィール
阪崎 健治朗 SAKAZAKI KENJIROU
生年月日: 1935年(昭和10) 12月25日
学歴: 日本大学文理学部英文科(通信)卒業
職歴: 中学校教諭を経て、神戸・北九州・富山・日本YMCA同盟北海道の各YMCA勤務。その他、大学の講師として「集団組織論」、「基礎作業学レクリエーション演習」、「国際ボランティア論」、「国際関係論・国際交流論」等を担当。
社会活歴: 人間講座主宰(ロビンソンデパート)
研修歴: 感受性訓練(JICE)、交流分析(TAT)受講。
著作: 「職業と人間形成」(共著)(日本YMCA同盟出版)
「神戸とYMCA百年」(神戸YMCA)
「ボランティア論」(青葉書店)
「国債理解 重要基礎用語300」(共著)(明治図書)

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