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「五刻豊穣記」「3ミリメートルの悦楽」に続く、さかざき君の新シリーズ3がスタートです。高度に発展してきた現代社会のなかで、ともすれば軽視されそうな人と心の有り方を最も大切に考える筆者からの「考える手紙」これまで同様、今シリーズのテーマです。テクノロジーの長足の進歩によって、巨大な恐竜のようになってしまった文化・文明をもう一度仔細に眺め、人と心を考えてみたいと筆者、阪崎さんは考えています。悩みながらもしっかりと前進する高校生、大学生、社会人のみなさんにとって新シリーズが“明日の自分を考える”きっかけになればと思います。隔月掲載の6回シリーズ、どうぞお楽しみに。

恐竜の虫めがね

■6.大災害と私たちにできること         さかざき けんじろう

阪崎 健治朗

まだ薄ら寒い季節にあったミャンマーにサイクロンが襲い、多数の死傷者や家屋が倒壊した悲惨な状況をニュースで知って心を痛めていたところへ、今度は中国の四川省を中心に広い範囲で過去世界最大とさえいわれ阪神大震災の数十倍という地震が発生、もう言葉では表現できないほどの衝撃を受けました。何とも痛ましい状態が続き、先の見えない辛さが伝わってきます。

1995年1月の地震で阪神一帯の家並みは瓦屋根がほとんど滑り落ち、青いビニールによって屋根を覆っていたのを今でも鮮明に目に焼きついています。世界各地からやってきた多くのボランティアが混乱の中で絶望している人を励まし、目立たない小さな仕事を見つけては黙々と行動する姿を覚えている方も多いはずです。地元の人々はもとより、様々な関係者は決してこの大惨事を忘れることはないでしょう。

しかし今では「災害は忘れないうちにやってくる」様な時代なのだということを思い知らされました。自然災害だからと片付けてしまうわけにはいかないことが両国の惨事の中から見えてきたように思います。阪神大震災の際、どの国よりも早く真っ先に毛布の救援物資を持って空港に降り立ったのはモンゴルの大統領だったことを思い出します。大統領は物資を置いてすぐに国に帰りました。そこには自分たちが苦しんでいるときに最も一生懸命になって助けてくれた国が日本だった。立派になった国に支援するほどの力を持っている国ではないが、何かのときに自分たちの心を届けたいと思ってやってきた、という言葉を残して空港を飛び立ちました。 何と麗しい話でしょう。反面、マニラの空港で救援隊が出発式を行っている最中に日本政府は受け入れられないという理由で断っている記事も新聞で読んだことがあります。

今、ミャンマーは日本からの救援を拒否しているようです。軍事独裁政権のミャンマーにとって同調する国からの援助は受けても反対の姿勢を示す国からは受けない、と姿勢を堅くしています。多くの物資は被災者に届かず、横流しや軍部の一部が収奪して巷に販売されているという。悲しい現実がそこにあるようです。援助を待つ人々の手や口に物が届かないということは命をないがしろにしていることと同意語です。一方中国は4日目にやっと日本の救援隊を受け入れると発表、現在日本からも数十人のレスキュー隊が活動しています。非常事態のときに人間の本性が出るというのは事実なのでしょう。

一人でも多くの手を借り、一刻も早く救い出さなければならない初動行為を拒否する理由のひとつに「受け入れ態勢が出来ていない」が最大の理由だそうですが、他に事情があるにせよ、どこか本当のことが隠されているように思えてなりません。もちろん無防備に誰でもというわけには行かないのは当たり前です。不安定な社会情勢の中で救援することの難しさは、人間が生きるか死ぬかの瀬戸際にあるときでさえ、国家維持を優先させたいと思うその国の為政者の指示次第にあるからでしょうから。最も日本でもそのような行動をとっていたのですから、軽々には批判できませんが。 しかしそうしている間にも尊い命は失われていくのです。

ぼくたちはこうしたニュースを見たり聞いたり、また読んだりするたびにギクシャクする社会や人間の欲の突っ張った本能的な悪の部分に眉をひそめる反面、同じ痛みを負うとする多くの善意の行動に奔走する人々がいることも知っています。明日はわが身と考えるからこそ、共感し、何か自分にもできることがあればと心が動きます。今、日本でも多くの団体が募金に立ち上がり、NGOはすばやく行動に移しています。政府は経済協力も始めています。もちろん日本に限らず、世界の多くの国において差し伸べているグッド・ウイルです。その行為は理屈を超えた人間愛の行為です。

復興までには相当の時間がかかるかもしれませんが、人間の持つ優しさや力になりたいという思いを消し去ることなく、息の長い支援を続けていくことによって、堅く閉ざしていた心が開かれ、相手に受け入れられるようになっていくのではないでしょうか。ボランティアはいつしか波が沖合いに消えていくようにいなくなってしまう現実はあるものの、一人ひとりがこうした緊急事態をこころに抱き続けていれば人への関心や関わる姿勢を変えていくよい機会になるのではないでしょうか。

ときには何かしたいと思っていても何も出来ない自分にぶつかり、そんな自分にどこか空しさと愚かさを感じるかもしれません。しかし、どこで何が起ころうと無感覚な心の中をまるで一陣の風が通過していくような自分にはなりたくないと思います。

いつ起こるかわからない自然の猛威に人間は何度もたじろぎながら、そのたびに多くの犠牲者に悼みを覚え、せめて祈ることしか出来なくても、その都度、くじけず立ち上がり明日への気力を持ち続けることはとても大切なことと思います。

さて、シリーズ最終回になってしまいました。読者の皆さんには心から感謝を申し上げます。  (完)

2008年5月18日 脱稿

■編集者より
さかざき君(筆者:阪崎健治朗)の「恐竜の虫めがね」は、今回でシリーズ最終回を終えました。苫小牧駒澤大学webサイトでは、経済や社会環境が大きく転換し人と人の関係や社会との関わりなどがこれまでの日本の社会が経験することのなかった時代を迎えて、改めて人と社会、人と人、そして人そのものをテーマに多くの方々にコラムやエッセイを寄せていただいております。「恐竜の虫めがね」もそうした視点から筆者の阪崎さんにシリーズを進めていただきました。今一度、時間を見つけてシリーズに目を通していただければ、新たな視点に気がついていただけるようにも思います。また、新シリーズがスタートしましたら引き続き当サイトにお越しいただければ大変嬉しく思います。ご愛読いただいた皆さんと筆者の阪崎健治朗さんにはこころから感謝、お礼を申し上げます。

阪崎健治朗HP http://www16.ocn.ne.jp/~com212/

■筆者プロフィール
阪崎 健治朗 SAKAZAKI KENJIROU
生年月日: 1935年(昭和10) 12月25日
学歴: 日本大学文理学部英文科(通信)卒業
職歴: 中学校教諭を経て、神戸・北九州・富山・日本YMCA同盟北海道の各YMCA勤務。その他、大学の講師として「集団組織論」、「基礎作業学レクリエーション演習」、「国際ボランティア論」、「国際関係論・国際交流論」等を担当。
社会活歴: 人間講座主宰(ロビンソンデパート)
研修歴: 感受性訓練(JICE)、交流分析(TAT)受講。
著作: 「職業と人間形成」(共著)(日本YMCA同盟出版)
「神戸とYMCA百年」(神戸YMCA)
「ボランティア論」(青葉書店)
「国債理解 重要基礎用語300」(共著)(明治図書)

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