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「五刻豊穣記」「3ミリメートルの悦楽」「恐竜の虫めがね」に続く、さかざき君の新シリーズ4が始まりました。複雑に入り組んだ現代社会の迷路の中で、ともすると迷子になってしまいそうな個人。より大きな、更にもっと大きな幸福や満足を貪欲に求める社会の風潮に、筆者は幸せの大小をもう一度考えてみるのです。今シリーズも「考える手紙」がテーマ。どうか読者の皆さんにも一緒に考えていただきたいと思います。悩みながらもしっかりと前進する高校生、大学生、社会人のみなさんにとって新シリーズが“明日の自分を考える”きっかけになればと思います。隔月掲載の6回シリーズ、どうぞお楽しみに。

蟻たちの幸福な足音

■2.開かれた眼                  さかざき けんじろう

阪崎 健治朗

昨年の終わり、クリスマスを前にして雪がちらちら舞い落ちてくる肌寒い午後、月に1回は会うことにしている25歳の若者が、その日一人の中学時代の友人を伴って喫茶店にやってきました。向かい合って互いに紹介しあったあと、ふとその青年の目を見ると、両目が真っ赤に充血しているので一瞬「おや、目が赤いね。どうしたの?」と聞こうとしましたが、控えて三人が四方山話に花を咲かせていました。するとその青年自身から「ぼくの眼赤いでしょう。実は3日前に両目の手術をしたのです。だからまだ血が吸収されていないのです。」と語りだしたのです。そうだったのか、それにしても眼の病気ってなんだろうといぶかっていましたが、それもぼくはことさら“それで”と聞きだすことをしませんでした。

「ぼくはこの25年間、ずっと眼のことでコンプレックスをもち、人と正面から向き合って話すことにいつも躊躇し、いつの間にか引っ込み思案で消極的で人前で話すことを苦手な人間になっていました。」と、そんな風にはとても思えない明るい表情で青年は語り始めたのでした。

「幼いときから斜視だったのです。そのために周りからいじめにあったり、変な目で見られたり、時には自分勝手に思い込んでしまったりして、それが年を重ねていくうちに一層苦悩の原因にもなってしまっていました。どうしたらよいか悩み続けているとき、折りよく眼科の先生から『これは治りますよ』と言う診断をいただいたので、すぐに手術をお願いしたのです。」と流れるように話してくれました。そして現在の状態を見比べるように自動車の免許証の写真を見せてくれたのです。「なるほど・・全く違いますね。」とぼく。

「いやあ、見た目には全く今までそんなことで悩んでいるような眼ではないよ。普通の眼だよ」と感想を話しました。そしてぼくのことも話しました。「ぼくもね、いつしか少年期から青年期に入る頃、同じように斜視で悩んでいたんだよ。相手に話しているつもりが隣の人に話していると取られ、横を向かれたりして、ちょっと心に傷を負った思いがあった。社会人になって人前で話す機会が多くなって、それだけが気になって仕方がなかった。もう治らないと思っていたが、親しくしている眼科の先生に相談したら、いろいろ調べて結局3回手術をして今に至っているんだよ。今から25年も前のことだよ。だから君の気持ち本当に分かるよ。」とあまり人前で話したくない過去だったが、同病者として話しました。

彼は「今、ぼくは第二の人生が始まったと思っています。第一はこの世に生まれたこと。第二は眼が開かれたことによって自分の心まで解放された気分になり、これからきっと希望を持って歩めることです。第三の人生は結婚かな・・」とちょっと照れ笑いをしました。もうこれまでの自分を棄て、新しい自分を創っていこうという気概を感じました。人はだれでも棘のようなものがあると、それがやたらに気になって、神経が全部そこに集中し、何をしても引っかかってしまうものです。それが取り払われることによって、精神は安定し、前進しようと言う意欲がまるでエンジンでもかかったようにブルンブルン回転し始めるのです。

彼は大学を出たけれど、まだ就職を決めていません。自分が何をしたいのか浮かんでこないと言うのです。「この世知辛い世の中、ひと事ながら余りゆっくりする時間があるようには思えないのですが、それなりに自分を納得させるレールを敷くまではじっくりと考えていこうと思う」と話してくれました。それも人生の選択肢の一つなのでしょう。ぼくはそれ以上深く問うことを止めました。彼ならきっと自分が頷けるような道を見出すだろう、と思ったからです。

人の手を借りて歩むのもひとつなら、どんなに高いハードルでも自分が持つありったけの知恵を働かせて何とか乗り越えようとする情熱と闘志を失わなければ、そのハードルを突き破ることができるものだと信じてあげたい気持ちになりました。人の中には、小さな悩みを抱えて人嫌いになったり、人と話すことを避けたりして寡黙な生き方をしている方も多いのです。それもひとつの生き方です。

けれども『青春は単なる人生の花盛りではなく、来るべき結実の秋への準備の季節である。』(竹越 与三郎(作家)と進言する言葉に、青春は成熟への一歩なのだと教えています。

小林多喜二は戦時下、官憲の激しい拷問の末、これが同じ人間のすることかと慄然とさせる恐ろしさの中で殺され、短い生涯を閉じます。それでも多喜二は「書簡集」の中で『「闇があるから光がある。」そして闇から出てきた人こそ、一番本当に光のありがたさがわかるんだ。』と記しています。

眼が開かれた青年はそれでもこれから起こり得る様々なバリアと闘っていかなければなりません。でも彼ならきっとできる。たかが眼の手術によって正視できるようになっただけではないかと人は思うかもしれませんが、彼にとってこれほど人生を豊かに感じたことはないと思うのです。

君がもし、何かで悩んでいたとしたら、この言葉を贈りましょう。

『 完璧な人間などいない。理想通りにことが運ぶこともほとんどない。そんな私たちが自分にもっとも情け深くあろうとするなら、思い通りにならなかったことをあまり深刻に考えないことだ。 』(アレン・クライン「笑いの治癒力」から)

阪崎健治朗HP http://www16.ocn.ne.jp/~com212/

■筆者プロフィール
阪崎 健治朗 SAKAZAKI KENJIROU
生年月日: 1935年(昭和10) 12月25日
学歴: 日本大学文理学部英文科(通信)卒業
職歴: 中学校教諭を経て、神戸・北九州・富山・日本YMCA同盟北海道の各YMCA勤務。その他、大学の講師として「集団組織論」、「基礎作業学レクリエーション演習」、「国際ボランティア論」、「国際関係論・国際交流論」等を担当。
社会活歴: 人間講座主宰(ロビンソンデパート)
研修歴: 感受性訓練(JICE)、交流分析(TAT)受講。
著作: 「職業と人間形成」(共著)(日本YMCA同盟出版)
「神戸とYMCA百年」(神戸YMCA)
「ボランティア論」(青葉書店)
「国債理解 重要基礎用語300」(共著)(明治図書)

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