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「五刻豊穣記」「3ミリメートルの悦楽」「恐竜の虫めがね」に続く、さかざき君の新シリーズ4が始まりました。複雑に入り組んだ現代社会の迷路の中で、ともすると迷子になってしまいそうな個人。より大きな、更にもっと大きな幸福や満足を貪欲に求める社会の風潮に、筆者は幸せの大小をもう一度考えてみるのです。今シリーズも「考える手紙」がテーマ。どうか読者の皆さんにも一緒に考えていただきたいと思います。悩みながらもしっかりと前進する高校生、大学生、社会人のみなさんにとって新シリーズが“明日の自分を考える”きっかけになればと思います。隔月掲載の6回シリーズ、どうぞお楽しみに。

蟻たちの幸福な足音

■6.犬と人間の絆 さかざき けんじろう

阪崎 健治朗

今の若い人たちは、忠実な犬の生涯を賞賛した“日本の「忠犬ハチ公」”の物語をご存知でしょうか。ぼくがこの物語を知ったのは確か小学校低学年のときではないかと思い返しています。もう80年以上も前にあった実話です。このストーリーがアメリカの映画監督の目に止まり、今年に入って映画「HACHI約束の犬」と題してリメイク版が製作され、多くの鑑賞者の涙を誘ったと高い評価を受けているようです。もちろんぼくも観てきました。

モデルになったこの話は遠いその昔1925年ころ実際にあった話なのです。

1924年、今の東京大学農学部教授だった人がふとしたことから幼い秋田犬を飼うことになり、ハチと名づけました。ハチ公は飼い主の教授を玄関先や門の前で見送り、時には最寄りの渋谷駅まで送り迎えすることもあったそうです。ところがその翌年、先生が大学で急逝します。それでもハチ公は渋谷駅前で先生の帰りを待ち続け、3日間何も食べなかったということで当時の新聞が取り上げ、人々に深い感銘を与えました。そこから「忠犬」といわれるようになったのです。

それから10年、いつしか銅像をという声に多くの賛同者を得て、1934年(昭和9年)渋谷駅前に銅像が作られ、除幕式には荒れすさんだハチ公自身も参列していたようです。 時は飛ぶように流れ過ぎて行く。ハチ公も老いゆく齢に勝てず、1935年3月8日午前6時ごろ普段は行かない渋谷駅の反対側にある商店の路地で死亡していたのが見つかったのです。告別式は渋谷駅で多数の参列者によって営まれ、僧侶の読経もあり、人間さながらの葬儀であったと伝えられています。

ハチ公の亡骸は剥製にされ、今も国立科学博物館に保存されています。

今回アメリカで映画化された「HACHI約束の地」では、リチャード・ギアが大学の教授役になっています。 舞台は東部ニューイングランド。出会いはベッドリッジ駅から列車に乗って大学に通う教授と犬との偶然の出会いから展開して行きます。この犬は日本からアメリカ在住の誰かの手に渡されることになっていました。しかし、飛行機から下ろされるときに従業員の乱暴な扱いによって鍵が壊れ、抜け出した犬が小さな片田舎の町に住む教授の後ろをずっとついていきます。首輪には日本語の八と刻まれています。八と言う字は末広がりで縁起がよいのだと同僚の日系教授に教えられます。妻の反対を押し切って夫は飼い始めますが、日本の実話と同じように教授が大学で倒れ急逝します。その後ずっと待ち続けますが、老い行くハチは突然飼い主が駅から出てくるのを見ます。しかしそれは夢心地か幻だったのです。静かに永遠の眠りにつきました。

ぼくもその一人でしたが、鑑賞者の多くがすすり泣き、終わってもすぐに立ち去ろうとしませんでした。人はどこに住もうと別れは悲しく、辛く、思いは一つなのです。

この映画で感心したのは犬の自然な振る舞いと周囲の優しいまなざしでした。いじめたりする人や子どもは誰もいません。拾い食いはせず、手にもって食べ物を与え、いたわりの心が伝わりあっているように見えました。日本人はどうでしょうか。甘えることもせず、無愛想なくらいなハチ。しかしその寡黙さが犬としての主人への深い思いがあるかのように映りました。これこそ、無償の愛の行為といえるのではないでしょうか。

ぼくは動物を飼うことはしませんが、犬は人間よりも受身です。しかし、実は対等の関係をと解 釈するのがアメリカの価値観ではないかと思いました。日本の場合はペット化や犬の飼育が足りず ただ溺愛するだけの飼い主は決して少なくないとも聞きます。それでも動物は孤独な人々にとって は癒しになり、動物療法として生かされているのです。

この映画を見た多くの人は人間と犬との麗しさを見ただけでなく、報いを求めず、ひたすら待ち 続けた無償の行為にこころ打たれたことでしょう。そして死を悼み、悲しみ、別れを惜しむ人もまた、他人に対する優しさを気づかされたのではないでしょうか。(完)

■編集者より
さかざき君(阪崎健治朗)の今シリーズ『蟻たちの幸福な足音』は、この第6回をもって最終回を迎えました。読者の皆さんのご愛読に心から厚く感謝を申し上げます。また、筆者の阪崎健治朗さんには、この1年間の執筆に改めてお礼を申し上げます。さまざまな社会不安が感じられる現代に、幸福の芽を見つけることはそう容易ではないかもしれません。ですが、ひとりひとりがその考え方ものの見方を変えることで、身近な所にたとえ小さくとも幸福や幸せの予感を感じることができるのかも知れません。さかざき君のこれまでのシリーズには、そんな“幸福”が隠されているのです。さて、次回のシリーズも検討中ですので、連載が始まりましたら、またどうぞよろしくお願い致します。

阪崎健治朗HP http://www16.ocn.ne.jp/~com212/

■筆者プロフィール
阪崎 健治朗 SAKAZAKI KENJIROU
生年月日: 1935年(昭和10) 12月25日
学歴: 日本大学文理学部英文科(通信)卒業
職歴: 中学校教諭を経て、神戸・北九州・富山・日本YMCA同盟北海道の各YMCA勤務。その他、大学の講師として「集団組織論」、「基礎作業学レクリエーション演習」、「国際ボランティア論」、「国際関係論・国際交流論」等を担当。
社会活歴: 人間講座主宰(ロビンソンデパート)
研修歴: 感受性訓練(JICE)、交流分析(TAT)受講。
著作: 「職業と人間形成」(共著)(日本YMCA同盟出版)
「神戸とYMCA百年」(神戸YMCA)
「ボランティア論」(青葉書店)
「国債理解 重要基礎用語300」(共著)(明治図書)

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