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さかざき君の新シリーズ5『たゆたえど沈まず』がいよいよ連載をスタートいたしました。ご自身の人生を丹念に綴ったシリーズ第1作目の『五刻豊穣記』から今シリーズまで、たえず弱者や敗者、権力に翻弄される人々へ温かいまなざしを向け、未来への展望や希望の示唆と深いいたわりの心を綴ってこられました。今シリーズの『たゆたえど沈まず』は、隣国の干渉と覇権に明け暮れたヨーロッパ史、その中で、特にパリ市民の権力に対する人民の強靭な意思を示すものとして家の壁に記されている言葉だということです。巨大な力に蹂躙されてきた人々の苦境の中にあっても、伸びやかで決して諦めない鋼のような強い意思をこの言葉に感じます。また、今シリーズもこれまで同様「考える手紙」がテーマです。どうか皆さんもご一緒に考えていただきたいと思います。「考える。行動する。また考える」、そのきっかけになれば大変嬉しく思います。隔月掲載の6回シリーズ、どうぞお楽しみに。

たゆたえど沈まず

■2.情報化社会と人の生きる術 さかざき けんじろう

阪崎 健治朗

携帯電話を持っていても、ぼくのように通話にしか利用しない者は、どうやらこのまま高度情報化社会に取り残される存在になるかもしれないと、少々不安に感じたりもしています。そうかと言って、いとも簡単に使いこなせるような機能ではなさそうだし、うっかりすると訳の分からない通話料や使用料の請求がドンとくるのではないかと、いらぬ心配が先に立ちます。

ぼくがパーソナリティーをしている地域放送の番組コーナーの一つに「現在から未来へ」というインタビューコーナーがあり、未来志向型の企業経営者の方に考えや意見を伺っています。情報化社会の未来は? バイオ・テクノロジーの発展の向こうに見えるものは?そして燃料エネルギーと環境保全について等。現代社会にとって関心の高いテーマが放送の内容です。

情報機器を販売するある会社の経営者が語ってくれた「情報社会と私たちの生活」は、160分に及ぶ長時間のインタビュー取材でしたが、後で分析をしてコーナーとしてまとめて見ると、どうもぼくとしては今ひとつ満足できず、現在さらに情報を盛り込んで再度まとめている所です。何しろ映像表現を持つテレビと違いラジオを通して聴いてくださるので、出来るだけわかりやすくお話しをしていただきました。映像が無い分、知恵と工夫でリスナーの理解を高めなければなりません。

そもそも人類が何らかのコミュニケーションを取るようになったのはもう何十万年も前の話です。この地球に人類が住むようになって最初に覚えたのは言葉と火だったのです。

以来、人間の知恵は私たちの想像をはるかに超えた優れた能力を発揮し続け、自分たちや周囲の人々と生活をしていく上で様々な問題や困難を解決してきました。「人類の脳」は、その誕生から今日までずっと働き続けてきたのです。狩猟生活後の農耕生活や牧畜生活を積み重ねていくうちに物を生産することを覚え始めたのです。その結果、人間は技術を覚えるようなり、その技術を記録伝達する方法を手に入れてからは産業の振興に目覚めるようになったのです。しかしそのような時代は人類の歴史を振り返って見るとわずか300年程に過ぎないのです。人々は産業革命と称して急速に広がる技術の高度化によって、かつて経験もしなかった豊かで便利な生活スタイルを生み出してきました。科学や化学の発達は私たちに多くの恩恵を与えてくれたのです。しかし影の部分も同時に産み落とされたことを考えると、純粋な研究成果を世界が正しく享受できていれば、世界は平和でもっと優しい心豊かな人間を創り出したかもしれません。

残念ながら、どの時代でもその時代が生み出す善と悪という対立軸が必ず発生し、世界を混乱に陥れたのは誰もが承知している歴史そのものです。敗戦後の復興に立ち遅れた日本は、工業立国へと邁進し当時の先進国に必死に追いつこうと努力したのです。そうしてやっと少し時代が落ち着いてきた1960年代には、次の時代はどのような時代かを多くの研究者は予測もしていました。そのころからコンピュータの開発研究がぐっと進み又、導入も既に行われていましたが、まだ国家的プロジェクトでとても一般向きのものではありませんでした。ですが後に民間プロジェクトの裾野が広がると、いち早く産業界、経済界はこの波に乗って製造生産が拡大したおかげで、先進国の国民は大量消費社会といわれる“モノのあふれる時代”をエンジョイすることが出来たのです。

1980年代後半から90年代初頭に日本はバブル時代を迎え、その後あのバブル崩壊が起こりました。生産は落ちこみ、かつての栄華を懐かしむ間もなくガラガラと崩落するかのように産業全体がしぼんでいきました。また、1990年代には東西の冷戦が溶け、いわゆるイデオロギーの対立は決して世界を一つにできないという教訓を学んだのです。すでに情報は手軽に入手できるほど技術の進化は敏速であらゆる分野に活用されて行きました。広く家庭の中にもコンピュータ・テクノロジーが入り込み、ビジネスの手段だけでなく個人生活の中でも重要な位置づけとなりました。きわめて容易に操作する人々は、あふれる情報の収集力、選択力や選別力がついてきたのです。初めて使用する人には、より簡単により手軽に使えるよう工夫がされてきました。多分あなたも携帯電話を楽しみ、あふれる情報を巧みに捉えて知力を高めていることでしょう。一方、残念ながらぼくのようにその機能を十全に活用出来ない人がいることも、頭の片隅に置いて欲しいと思います。

このように一見バラ色のように思える情報化社会にあって、少し息苦しく感じている人がいることも忘れてはなりません。情報は誰の手にも平等に入手することはできるかもしれませんが、情報を得られない人も実は大勢います。その中には飛び交う情報は自分に関係ないものだと社会から精神的に離れていく人も多いのです。一年間に3万2千人以上の人々が自分の未来がないと自己否定して死を選ぶ社会です。「無縁死」ともいわれます。同じ人間でありながら、隣の人が苦しんでいても自分とは関係ないと、関わろうとしない今の冷たい社会、しかも人の弱みに付け込んで誤った情報を恣意的に伝え、人間のよさや他者をいたわる心を砕いてしまう、そんな“ゆがみ”が目立つ社会です。それは情報化社会にだけ起因するということではありませんが、一因ではなかろうかと思っています。一部に負の部分を内包する高度情報化社会ではありますが、その変化の真っ只中で、まさに人間そのものの変革が求められているのだと、ある意味で覚悟をしなければならないのかも知れません。

インタビューをした経営者はどんな時代でも技術の進歩がもたらす負の部分というのを断ち切ることは出来ないだろうと話していました。それではどうしたらいいのでしょうか。ぼくは、「こころ」しか解決出来ないのではないかと思います。まさにあなたが体の弱そうな人やお年寄りに明るく席を譲ってあげる勇気と実行力があれば、周りの人は見習っていくのです。これは「こころ」の伝達学習です。螺旋階段は上から見ると、少しも進んでいないで同じところを廻っているように見えますが、横から見ると人間は着実に迂回しながらも成長という道を歩んでいることがわかります。人は他人には想像もつかない苦しみに遭遇して挫折感に苛まれることもあるでしょう。しかし人は強いのです。決して沈まないのです。それは「こころ」があるからです。自分が弱っている時には他人のこころで癒やされ、沈まないように、きっと支えてくれるはずです。それが信頼という関係ではないでしょうか。自分のこころが歪んでいることに気付いたら、振り子のようにすぐに右に振ってみてください。人はいつも振り子のように悩み苦しみながら左に振り、その一方で楽しさや嬉しさを知ることによって右に振る。人生は、いわばゆったりと右に左に不規則ではありながらも正しく振り続けている存在だと、情報化社会を教わる中で気づいたのです。それを知ったことは、ぼくにとって心休まる大いなる収穫だったと思います。

阪崎健治朗HP http://www16.ocn.ne.jp/~com212/

■筆者プロフィール
阪崎 健治朗 SAKAZAKI KENJIROU
生年月日: 1935年(昭和10) 12月25日
学歴: 日本大学文理学部英文科(通信)卒業
職歴: 中学校教諭を経て、神戸・北九州・富山・日本YMCA同盟北海道の各YMCA勤務。その他、大学の講師として「集団組織論」、「基礎作業学レクリエーション演習」、「国際ボランティア論」、「国際関係論・国際交流論」等を担当。
社会活歴: 人間講座主宰(ロビンソンデパート)
研修歴: 感受性訓練(JICE)、交流分析(TAT)受講。
著作: 「職業と人間形成」(共著)(日本YMCA同盟出版)
「神戸とYMCA百年」(神戸YMCA)
「ボランティア論」(青葉書店)
「国債理解 重要基礎用語300」(共著)(明治図書)

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