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さかざき君の新シリーズ5『たゆたえど沈まず』がいよいよ連載をスタートいたしました。ご自身の人生を丹念に綴ったシリーズ第1作目の『五刻豊穣記』から今シリーズまで、たえず弱者や敗者、権力に翻弄される人々へ温かいまなざしを向け、未来への展望や希望の示唆と深いいたわりの心を綴ってこられました。今シリーズの『たゆたえど沈まず』は、隣国の干渉と覇権に明け暮れたヨーロッパ史、その中で、特にパリ市民の権力に対する人民の強靭な意思を示すものとして家の壁に記されている言葉だということです。巨大な力に蹂躙されてきた人々の苦境の中にあっても、伸びやかで決して諦めない鋼のような強い意思をこの言葉に感じます。また、今シリーズもこれまで同様「考える手紙」がテーマです。どうか皆さんもご一緒に考えていただきたいと思います。「考える。行動する。また考える」、そのきっかけになれば大変嬉しく思います。隔月掲載の6回シリーズ、どうぞお楽しみに。

たゆたえど沈まず

■3.貧しい事は幸いか さかざき けんじろう

阪崎 健治朗

たしか高校生の頃だったと思います。石川啄木の『一握の砂』という短歌集を学んだ記憶があります。残念なことに、現在そのほとんどを覚えておりませんが、それでもこの三首を忘れることはなく、高校生の少年の胸に強く迫ってくる重いものがあったことを思い出します。

東海の小島の磯の白砂に
われ泣きぬれて
蟹とたはむる

はたらけど
はたらけど猶わが生活楽にならざり
ぢつと手を見る

たはむれに母を背負ひて
そのあまり軽きに泣きて
三歩あゆまず

どの句からも生きることがこんなに辛いことなのかと、つくづく自分や社会を恨みたくなる啄木の心境がヒシヒシと伝わってきます。石川啄木は明治中期から末期にかけて歌人・詩人そして評論家として名を馳せましたが、明治45年に26歳の若さで生涯を終えています。10代の頃から将来の進路についてずっと悩み考え続けていたようですが、その道は大変厳しいもので、収入の不安定さに加え、家族が相次いで先の見えない重篤な病に侵されるのでした。

この『一握の砂』は明治43年24歳の時に今まで書きとめた千を超える膨大な作品の中から五百五十一首を選び、第一歌集として発刊されたものです。人生の終末を間近にし、母もそして妻も結核に侵されるという悲惨な環境に陥ります。こうした逼迫した生活の中で創られた三行書きの句は読む者にとってとても重たいものを感じさせます。旅立つ母を看取ったその1ヶ月後、自らも肺結核で命の扉を閉じたのです。

ぼくは石川啄木の人生を綴ろうとしているわけではありませんが、先にあげた三首の句から人が生きることの意味を読み取って見たいと思ったのです。

不安定な心身と経済的に困窮した満たされない日々、力になってもらえる人も見出せず、暗い先の時間ばかり考え込み、絶望だけを友とするような生活は、生きるという最も基本的で重要なことを放棄してしまっていたのです。

現代社会を見てご覧なさい。毎年3万人以上の人がいろんな理由があるにせよ、自らの命を絶っているのです。多くの原因が、もはや生活の限界を超えられない人や人の関係や絆が家族を含めて断ち切られた辛さや悲しさに強い孤立感をもっている人から生き抜く力を奪っていく所にあるようです。

死を選び取るという行為がただ個人の責に帰せられ、人間味のある温かい「救済する社会」を創ろうとする仕組みのなさに人は憤っているのです。最近ではこうした社会を称して「無縁社会」と呼ぶようです。

啄木もまた「貧しい」がゆえに満たされなかった数々の出来事を恨みの中に残しているかもしれません。確かに三行句にはそう受け取れる背景を感じなくもありません。しかし彼は本当にそう思いながら毎日を送っていたのでしょうか。そうではないと、ぼくは思いたいのです。貧しいが、それを超えて生涯自分の求めていた道をひたすら進み、生活の中から生まれてくる作品にむしろ誇りと喜びを感じていたと思うのです。啄木の残した作品は後世に莫大な遺産として受け継がれています。啄木の人生にあえて堕落の日もあったということに非倫理感を覚えることがあったとしても、一貫した求道の歩みは変わりませんでした。

人は物を持てば更に物を求めたくなります。いったい人は生きていくために何が必要で、何が必要でないのでしょうか。また人ひとりが心の充実をはかりながら生きていく上で衣食住のあらゆる面で何があれば足り、何がなければ不足なのでしょうか。

多分、人は極限の淵に立った時に、何もないことを知れば簡素という意味がわかるかもしれないと想像します。物が多ければ多いほど人は心の自由を失っていくのだ、ということもわかりました。

そうか、聖書の『貧しい人々は幸いである(ルカ6-20)』という言葉がわかったような気がする。船は、沈みそうになると船の中の物をできるだけ捨てて軽くするそうです。そうすれば船が最も必要としていることが何かを発見できるからです。

最近、北海道立近代美術館で開催された「本願寺展」を観てきました。浄土真宗の開祖といわれる親鸞聖人とその一系の僧侶や信徒の偉業が展示されていました。七高僧の一人といわれる「源信和尚」は平安中期の高僧ですが、その人が『往生要集』に残した言葉です。

「足ることを知らば 貧といへども富と名づくべし 財ありとも欲多ければ これを貧と名づく」

“ 貧しい事は幸いかどうか ”一度わが身に照らして考えてみたいものです。

参考資料: フリー百科事典「ウィキペディア(Wikipedia)」
中野孝次著『清貧の思想』1992年草思社
北海道立近代美術館「本願時展」展示資料

阪崎健治朗HP http://www16.ocn.ne.jp/~com212/

■筆者プロフィール
阪崎 健治朗 SAKAZAKI KENJIROU
生年月日: 1935年(昭和10) 12月25日
学歴: 日本大学文理学部英文科(通信)卒業
職歴: 中学校教諭を経て、神戸・北九州・富山・日本YMCA同盟北海道の各YMCA勤務。その他、大学の講師として「集団組織論」、「基礎作業学レクリエーション演習」、「国際ボランティア論」、「国際関係論・国際交流論」等を担当。
社会活歴: 人間講座主宰(ロビンソンデパート)
研修歴: 感受性訓練(JICE)、交流分析(TAT)受講。
著作: 「職業と人間形成」(共著)(日本YMCA同盟出版)
「神戸とYMCA百年」(神戸YMCA)
「ボランティア論」(青葉書店)
「国債理解 重要基礎用語300」(共著)(明治図書)

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