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さかざき君の新シリーズ5『たゆたえど沈まず』がいよいよ連載をスタートいたしました。ご自身の人生を丹念に綴ったシリーズ第1作目の『五刻豊穣記』から今シリーズまで、たえず弱者や敗者、権力に翻弄される人々へ温かいまなざしを向け、未来への展望や希望の示唆と深いいたわりの心を綴ってこられました。今シリーズの『たゆたえど沈まず』は、隣国の干渉と覇権に明け暮れたヨーロッパ史、その中で、特にパリ市民の権力に対する人民の強靭な意思を示すものとして家の壁に記されている言葉だということです。巨大な力に蹂躙されてきた人々の苦境の中にあっても、伸びやかで決して諦めない鋼のような強い意思をこの言葉に感じます。また、今シリーズもこれまで同様「考える手紙」がテーマです。どうか皆さんもご一緒に考えていただきたいと思います。「考える。行動する。また考える」、そのきっかけになれば大変嬉しく思います。隔月掲載の6回シリーズ、どうぞお楽しみに。

たゆたえど沈まず

■5.若者よ、世界に出よ さかざき けんじろう

阪崎 健治朗

今年のノーベル化学賞は日本から北大名誉教授の鈴木章先生とアメリカ・パデュー大学特別教授の根岸英一先生が選ばれました。暗いニュースの多い日本を久しぶりに明るく輝かせてくださいました。50年も前から研究されてきたクロスカップリングの課題は、やがて鈴木カップリング、根岸カップリングと呼ぶ原理を産み、今や世界のいたるところでこの原理が応用され、多様な製品が生産されていることを知って驚きました。血圧降下剤や液晶テレビ、携帯電話などにも有用されているそうです。しかも特許を取らずに研究成果を開放されている事で、世界中の産業界、経済界は大いに恩恵を受けているのです。国から研究費をもらって長い間研究してきたのだから自分だけの特権にするべきではないという謙虚で真摯な姿勢は物欲主義に陥った多くの国の各界リーダーたちの自戒になってくれたら、と願わずにおれません。

一夜にして多忙を極めることになってしまった両先生は、しばらくは落ち着かない生活を強いられるのでしょう。ぼくは専門分野や研究課程など門外漢ゆえに解説する能力もありませんが、今日に至るまでの長い人生がどのようなものであったかを報道から知ることが出来ました。努力は必ず報われるとは限りませんが、努力した分だけ必ず確かな報酬(お金ではない)を手にすることが出来るのでは、とつくづく思いました。

鈴木先生は北海道鵡川町のご出身で、北大理学部を卒業され北大工学部助教授時代、後に根岸先生と時代は違うが、同じアメリカ・パデュー大学に留学されて恩師のハーバート・C・ブラウン教授の下で研究を重ねます。ブラウン教授はすでに1979年にノーベル化学賞を受賞されていて、まさに世界に冠たる研究者を師に仰ぎ指導を受けたことになるわけです。後にブラウン教授は両先生をノーベル賞委員会に推薦するよといわれていたそうですが、早くから二人の教え子の高い能力を認めていて、すでにその才能の芽が出て青々とした幹や葉が出ていることに気付かれておられたのでしょう。生前にこの受賞を報告できなかったことがとても残念です、と両先生は無念さをもらしておられたということです。

お二人の先生は、日本とアメリカという環境の大きな違いを認識しつつ、与えられた条件の中で研究に没頭され、その背中から多くの学生が育ち研究者としていろんな分野で活躍していることを誇りに思っておられるのではないでしょうか。

群がる取材関係者の機関銃のように打ち出される質問に丁寧に答えながら、「これからの若者に望むことは何ですか」という問いへの共通している言葉がとても印象的でした。

それは、「外国に出でよ」という言葉でした。異文化の体験は単に生活習慣や価値観が違うという表面的な部分だけではなく、様々な国の人と出会う中に自分自身を見つめるよい鏡があるのです。またいかに自分が小さな存在かもわかるのです。

根岸先生は企業で働いている間に有名な奨学金制度のフルブライトの奨学金をもらってアメリカに向かいました。この権威ある奨学金制度は並大抵では受けられませんが、まさに一念発起されて目標に向かうための大きな手段にされました。そしてそのままアメリカに残り、研究を続けてこられているわけです。

鈴木先生は鵡川町の二宮金次郎といわれるほど勉強に没頭されていたと弟さんが語っています。日本ではどんなに能力や可能性を秘めていても、見た目の条件で潜在的な部分を閉ざしてしまいがちです。両先生は現在後期高齢者ではありますが、このような優秀な能力と貢献力をもって社会で活躍される人びとを年齢に関係なくもっと引き上げていく懐の広さのないのが日本だと思うと少しばかり悲しくなりますし、また寂しいことです。

日本は今、急激に若者の留学希望が減っているということをニュースで知りました。中国でも韓国でもどんどん留学を奨励しています。そして乏しい生活ながら実に真面目に研究をしている姿に麗しく思います。根岸先生は「よほど日本の居心地がいいのでしょう」とやや皮肉っぽく表現されていましたが、もちろんこれはジョークでしょう。なぜ留学したがらないのか、個人の研究意識の低下だと決め付けるわけにはいきません。日本の学生の留学希望が減少しているのは「行きたくない」のではなく「行けるだけの条件が整わない」というのが本音ではないかと思います。奨学金制度を利用して学業を終えても、いざ返済開始期が来て就職が決まっていない場合は返済が滞る事態にもなり、延滞金まで徴収されるというまるで金融業界のような日本社会の狭い奨学金制度のシステムが行く手を阻んでいるようです。これはもはや政治の問題と言ってもいいのかも知れません。

こうした難関を超えて大学生から社会人に乗り換えても精神的にも生活的にも超えきれないハードルに苦しむ若者は多いのです。大学が若者への選択可能な道を切り開いて奨励する努力も重要ですし、政治の世界でも本気になって若者を未来の希望として託すのであれば、そのための条件をしっかりと創るべきだし、若者にもまた、自分の行くべき道への不安を振りは払い果敢にアグレッシブに取組む野性味も期待したい気がします。

今回の受賞はぼくたちの大きな喜びであり誇りであると同時に、不安な現実だけを見ないで、両先生の歩まれた過程から何かを学び取るヒントがあったと、「ポン!」と自分のひざを叩く若者であって欲しいと思っています。希望に向かって一層発奮してくれる若者であってくれることを、人生の晩秋を迎えたぼくは大いに期待しているのです。鈴木、根岸両先生のノーベル化学賞受賞は、それほど大きな出来事であり、未来を照らす大切な話題でもありました。

阪崎健治朗HP http://www16.ocn.ne.jp/~com212/

■筆者プロフィール
阪崎 健治朗 SAKAZAKI KENJIROU
生年月日: 1935年(昭和10) 12月25日
学歴: 日本大学文理学部英文科(通信)卒業
職歴: 中学校教諭を経て、神戸・北九州・富山・日本YMCA同盟北海道の各YMCA勤務。その他、大学の講師として「集団組織論」、「基礎作業学レクリエーション演習」、「国際ボランティア論」、「国際関係論・国際交流論」等を担当。
社会活歴: 人間講座主宰(ロビンソンデパート)
研修歴: 感受性訓練(JICE)、交流分析(TAT)受講。
著作: 「職業と人間形成」(共著)(日本YMCA同盟出版)
「神戸とYMCA百年」(神戸YMCA)
「ボランティア論」(青葉書店)
「国債理解 重要基礎用語300」(共著)(明治図書)

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