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さかざき君の新シリーズ5『たゆたえど沈まず』がいよいよ連載をスタートいたしました。ご自身の人生を丹念に綴ったシリーズ第1作目の『五刻豊穣記』から今シリーズまで、たえず弱者や敗者、権力に翻弄される人々へ温かいまなざしを向け、未来への展望や希望の示唆と深いいたわりの心を綴ってこられました。今シリーズの『たゆたえど沈まず』は、隣国の干渉と覇権に明け暮れたヨーロッパ史、その中で、特にパリ市民の権力に対する人民の強靭な意思を示すものとして家の壁に記されている言葉だということです。巨大な力に蹂躙されてきた人々の苦境の中にあっても、伸びやかで決して諦めない鋼のような強い意思をこの言葉に感じます。また、今シリーズもこれまで同様「考える手紙」がテーマです。どうか皆さんもご一緒に考えていただきたいと思います。「考える。行動する。また考える」、そのきっかけになれば大変嬉しく思います。隔月掲載の6回シリーズ、どうぞお楽しみに。

たゆたえど沈まず

■6.泳ぎ抜こう荒波を さかざき けんじろう

阪崎 健治朗

21世紀に入って10年が経過しました。さて、この10年はどんな年だったのか、いろんなことを思い起こします。少なくとも21世紀の夜明けに思いがけないテロ事件がアメリカを襲い、大統領はこれを「戦争だ」と公言し、多くの国を巻き込み、どんどん深みに入り込み、その混乱が世界を席巻したことは今も記憶に新しいところです。

そして未だに解決していません。それどころか、アジアの社会はまるで戦争前夜のような緊迫感さえ漂っています。

また身近な問題も決して解決されているわけではありません。依然として経済は不況の中にある?といい、学校を出た未来の日本を担う卵たちを受け入れず、希望を失いかける若者が多くいます。100社も受験してまったく決まらないというのは異常事態です。こうした現実を放置していてよいのか、誰の責任かと苛立ちや怒りさえ覚えます。

一方では年配者が長生きすることによって、介護社会も誠実な施設と悪徳施設に二分され、周囲から離れて住む年配者に不安な空気を流しています。さらに企業から解雇された社員や非正規社員の解雇などによって「生きる道」すら見出せずに路上に放り投げだされた人びとが増加し、しかも生活苦や家族との関係を絶って毎年の自殺者は3万人をはるかに越えるほどの混迷の社会です。小さな町や村が毎年一つずつ消滅していくようなものです。神から授かった命を途中で断ち切ることを批判することすら、はばかるような乱れた社会は多くの人びとに絶望を感じ取らせています。耐え切れない人びとのことを私たちは軽々に命を粗末にしている、と批判できるでしょうか。

家庭があっても家族との関係を喪失して、孤独な年配者の一人暮らしが多くなりました。人によりますが、対話する相手を持たず、いつしか知り合っていた人とも疎遠になり、自ら道を求めて行動するだけの積極性も失うほど気力もない人の心にある「寂しさ」をだれが癒すことが出来るのでしょうか。

この10年、激流に翻弄されながら、癒されることの少ない刻の連続であったように思えます。また人間関係がおろそかに扱われ、取り残されていく自分に「生きるってこんなに辛いことなのか」と焦りにも似た思いを強くさせた10年だったともいえるのではないでしょうか。人と人とが冷たくなった社会、近年こうした社会を「無縁社会」というようになりました。まさに彷徨える人びとが増加し人間の絆が切れていく社会になっています。考えてみると、自分も同じような環境に近づいているのかもしれません。

それでも人間はどんなに苦悩が深くても、「生きている」という現実を謙虚に受け止め、なんとしても「やってやろうじゃないか」と気力を振り絞るべきだと自分に言い聞かせています。時間はどれだけあるかはわかりませんが、まだ時間はあるのです。有効に使う手はいくらでもあると信じています。同じように考える人、何かを求めている人、思いのたけを話したいと求めている人、考えてみると、人は何かの悩みや辛さを持ち、それを乗り越えて生きているように思うのです。そう考えると、自分だけが苦しみを背負うのではなく、一緒に背負ってくれる仲間を見つけることが、先ず第一の行動かも知れませんね。それが社会を浄化させることの大切な手段だと感じます。

さて、5年間もの長い間、苫小牧駒澤大学の「心のビタミン」に投稿させていただいた原稿も今回を持って完了ということになりました。拙い文章を読んでいただいた訪問者の皆様、ありがとうございました。また根気よく取組んでくださった大学の関係者の皆様にも心からのお礼を申し上げます。

最終原稿の完了に際し、苫小牧駒澤大学の更なるご発展と読者の皆さんのご多幸をお祈りしております。(完)

2011年2月1日

■編集者からのお知らせ■
さかざき君のシリーズ5「たゆたえど沈まず」は今回が最終回となりました。今シリーズも熱心にご愛読をいただき、多数の読者には心から厚くお礼を申し上げます。さて残念ながら、さかざき君シリーズはこの最終回をもって最後となります。筆者の阪崎健治朗さんには「ビタミン・シリーズ」の開始にあたって、苫小牧駒澤大学が目標とした『地域社会への貢献』への深いご理解と賛同をいただき、以来5年以上もの長きにわたり5本のシリーズを書き続けてくださいました。心から深く感謝をすると共に厚くお礼を申し上げます。本当にありがとうございました。「五穀豊穣記」「3ミリメートルの悦楽」「恐竜の虫めがね」「蟻たちの幸福な足音」そして今作の「たゆたえど沈まず」、これら全作品に流れる溢れんばかりのヒューマニティーは筆者が最も大切にする生涯のテーマでもあります。どうか読者の皆様には、改めてシリー1から5迄の全作品を読んでいただきたく思います。心のどこかで“ほっ”とする気持ちと“よし、まだまだ!”という前向きで明るくなる気持を感じていただけるはずです。70歳半ばになられる筆者阪崎さんは、現在もなお社会の様々な分野で精力的にご活躍されております。日常あまり時間の取れない中、1度も連載を休むこと無く続けてくださり、その使命感と責任感には改めて謝意を表すものであります。筆者の阪崎健治朗さんと読者の皆様、ともに長い間お付き合い下さいまして本当にありがとうございました。

阪崎健治朗HP http://www16.ocn.ne.jp/~com212/

■筆者プロフィール
阪崎 健治朗 SAKAZAKI KENJIROU
生年月日: 1935年(昭和10) 12月25日
学歴: 日本大学文理学部英文科(通信)卒業
職歴: 中学校教諭を経て、神戸・北九州・富山・日本YMCA同盟北海道の各YMCA勤務。その他、大学の講師として「集団組織論」、「基礎作業学レクリエーション演習」、「国際ボランティア論」、「国際関係論・国際交流論」等を担当。
社会活歴: 人間講座主宰(ロビンソンデパート)
研修歴: 感受性訓練(JICE)、交流分析(TAT)受講。
著作: 「職業と人間形成」(共著)(日本YMCA同盟出版)
「神戸とYMCA百年」(神戸YMCA)
「ボランティア論」(青葉書店)
「国債理解 重要基礎用語300」(共著)(明治図書)

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