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・=ぶつかった方が、いいよ。=「五刻豊穣記」さかざき君のコラム
・=ぶつかった方が、いいよ。=「五匹の猿を退治しろ!」うずまさ君のコラム


“強くなくては生きていけない、優しくなくては生きている資格はない”
どこかで目にし、耳にしたちょっと有名なセリフです。
心のビタミン・コラムは、中学生、高校生、大学生の諸君には、これからのキミの生きていく未来を考えるきっかけに。
すでに社会に出て活躍されている方、あるいは多少失意の中にある方には、もう一度、自分を考えてみる端緒に。
そして、長い間会社や社会につくされ、おおいなる安息の日々を過ごされている方には、来し方に思いを馳せ、より良き明日の活力にして頂ければと念じて、連載いたします。隔月で交互にお楽しみいただけます。

五匹の猿を退治しろ!

■第5講 サスペンスに満ちた人生を うずまさ やすのり

太秦 康紀(「退屈な人にはだれも従わない。サスペンス小説を読んでいる感覚を受けるような人がいい」 日産自動車のカルロス・ゴーン社長が、後継者の要件として、こう言ったという記事を以前日経新聞で読みました。実にユニークで、なるほどと手を打ちたくなるような意見だと思いました。同じ記事によると、さらにこうも言ったそうです。
「高い実績を上げ、社員からも認められる人。人をひきつける興味深いことが出来る人」
生半可なことでは、ゴーン社長のお眼鏡に叶いそうもありません)


 ゴーン氏の発想は、年功序列の社会では、なかなか生まれてこない発想である。異国から、はるばる日本へ来て、瀕死の自動車会社を奇跡的なまでに立ち直らせた、ゴーン氏ならではの言葉だと思った。氏自身が、確かに強烈な個性とサスペンスに満ちた人物と言えるだろう。

 昔は日本にもこういうサスペンスに満ちた人物がたくさんいたような気がする。特に明治維新の前後には、こういう人物が輩出したのではないだろうか。だが最近の日本はどうも人材が枯渇してきたような気がする。政治家を見ても、二代目、三代目の世襲議員ばかりが目につく。企業でも不祥事を起こして、お詫びしている経営者がやたらに多い。
 代わって目につくのが、五匹の猿だ。「見ざる、聞かざる、言わざる」の三猿に加えて、このエッセイで書いてきた「考えざる、動かざる」の二匹。このうち目、耳、口を押さえた三猿は日本古来のものかと思っていた。面倒なことは見て見ぬふり、聞いて聞かぬふり、厄介なことには口を出さないという事なかれ主義のシンボルのような三猿は、調べてみるとそのルーツが古代オリエント(エジプト)に遡り、「見ろ、聞け、ただし口はつつしめ」が教えの原点だという。「見ろ、聞け」がどこでどうなって「見ざる、聞かざる」になったのだろうか。

 それはともかく、五匹の猿では到底サスペンス小説のような人にはなれない。折角この世に生まれてきて、一度しかない人生を送るのだ。ゴーン氏のお眼鏡に叶うのは無理としても、多少はサスペンス小説のような生き方をしてみるよう、チャレンジしてみてはどうだろうか。

 僕自身のことについては、過去4回のエッセイで多少触れてきた。振り返って見ると、結構変化に富んだ人生を歩んで来たように思う。若手銀行員の頃には、産業会社短期出向ということで野村證券に行かせてもらい、資本主義の最先端を行く企業の息吹を感じ取ってきた。銀行の20周年記念論文に応募して、優秀作品に選ばれカナダを含めアメリカ西海岸の銀行視察に行かせてもらったのは、海外旅行がまだそれほどポピュラーではない頃だった。役員は別として、行員で海外に行かせてもらったのは、われわれ入賞者3名が初めてだったのではないだろうか。良いことばかりではなかった。東京支店長代理時代は2度も事故に遭遇し、減俸をくらった挙句、何年も昇給、昇格が見送りとなり、後輩にどんどん抜かれて行った。歯を食いしばって逆境に耐えながら、抜いて行った後輩たちをやっとの思いで抜き返し、本来の地位に戻ったのは数年後のことだった。その時の喜びは今も忘れない。

 予想もしていなかった転職の機会が訪れ(第4講参照)、中小企業ながら会社社長になったのは50歳の時だった。後にこの時の経緯を綴って、経済誌ダイヤモンド社の自分史大賞に応募、大賞は逃したが全国から応募のあった200篇の中から、大賞候補7作品の一つに選ばれたこともあった。転職数年後には、会社の一部門を同業他社に売却するM&Aを実現、これがきっかけとなって同業7社との合併へと進んだ。合併新会社はその数年後、再度合併し今では北海道ではナンバーワンの医薬品卸になっている。新潟大学の非常勤講師、家庭裁判所調停委員、新聞へのコラム執筆を始めとした文筆活動、講演やテレビ、ラジオへの出演・・・、こうして見るとちょっと間口を広げすぎたかなという感じはするが、サスペンスとは行かないまでも、なかなか面白い人生を歩んで来たと思う。もちろんまだ人生が終わったわけではないから、これからも多少の波乱はあるかもしれない。みんなも五匹の猿を追放して、前向きの人生にぶつかって行こう。


■若い頃に求めたカッコ良さと、社会人経験を20年ほど経てからのカッコ良さは、明らかに違う。チャレンジを重ねる人は、失敗も多い、左遷や、降格など様々な悔しい経験も味わうこととなる。絶望に似た思いでしらみ始めた朝を迎えたことも当然あるだろう。
だが、逆境を跳ね返した人には特別の輝きがある。人を安心させる魔力がある。迷ったら前に進めと、にこやかに無言のアドバイスをくれる。少数ではあるがそうしたカッコ良い方々と世間話をしているだけで、力が湧いてくる。不思議だ。
悩みや不安を持つ人は、幸せでもある。本物の「カッコ良い人」になれる人でもあるからだ。本人の覚悟とチャレンジする心があればいい。きっと乗り越えられる。

太秦康紀HP http://www.rak3.jp/home/user/monkey69/


■筆者プロフィール
太秦 康紀 UZUMASA YASUNORI
1935年02月: サッポロで生まれる。
1958年03月: 北大法学部を卒業、4月に北海道銀行へ入行。
約28年間の銀行員生活を経て、1985年11月同行退職。
1985年11月: 医薬品問屋、(株)寿原薬粧の社長に就任。
1991年04月: 同業7社の合併によって誕生した(株)バレオの副社長に就任。
1996年06月: 同社常勤監査役に就任。
1999年04月: 再度の合併で社名は(株)ほくやくとなり、引き続き監査役。
2000年06月: (株)ほくやく監査役を退任。
2000年08月: 太秦事務所を設立、所長となる(経営コンサルタントを自称)

著作: ・しなやか散歩道(1995年2月 近代文芸社)
・しなやかれすとらん(2003年4月 北海道新聞社出版局)
・北海道新聞「朝の食卓」1998〜99年執筆
その他: 現在家庭裁判所家事調停委員、(株)スハラ食品監査役
(株)芭里絵監査役などを勤め、他に講演、文筆など気ままに活動中。
血液型 AB型、星座 うお座(たまにみずがめ座)、動物占いでは落ち着きのない猿。趣味は、映画鑑賞 格闘技鑑賞 ゴルフなど

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