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「五匹の猿を退治しろ!」に続き、この新シリーズは月1回でスタート致します。
軽妙洒脱な文体は、更に「うずまさ一刀流?」の鋭さを増し、すっと軽く読めるがズシリと心に響く。日々の暮らしに目を向け考え悩み前進する高校生、大学生、社会人のみなさんを暖かいまなざしで叱咤激励するシリーズです。ここには社会生活をする上でのさまざまな知恵がギッシリと埋まっています。お楽しみに。

犬の遠吠えねずみ鳴き

■巻の6「 人は死してなに残す 」  うずまさ やすのり

太秦 康紀 阪神タイガースが何かと大変である。親会社、阪神が村上ファンドに狙われたり、阪急に買収されそうになったり。「前門の虎、後門の狼」ならぬ、「前門の村上、後門の阪急」だ。名門、阪神タイガースが村上タイガースになるのか、阪急タイガースになるのかと、虎キチたちは気が気ではなかっただろう。  村上ファンド問題が村上氏逮捕ということで急展開して、どうやら経営権は阪急の手に渡りそうだ。だが、仮にそうなっても阪神タイガースの名は残るだろうから、タイガースファンは一安心というところだろう。

 虎に関する諺は非常に多い。雄大なところでは、「虎うそぶけば風さわぐ、竜吟ずれば雲興る」というのがある。なんだかタイガースとドラゴンズみたいだが、本当の意味は虎が吠えれば風が吹く、竜が声を上げれば雲がわき起こるというわけで、英雄が立てば社会に風雲を巻き起こすことのたとえだ。最近の日本は、人間が小粒になって虎や竜にたとえられるような英雄がいなくなってしまった。何だか寂しいことだと思う。「英雄よ、出でよ!」である。 「虎は死んだら皮残す」という。正確にいうと「虎は死して皮を留め、人は死して名を残す」である。虎は死ねば美しい皮となって長く残る。人も死後は生前の名誉が永久に残って人々の間に語り伝えられる。名誉を重んじなければならないという意味の諺であるが、小粒人間ばかりになってくると、なかなか名を残す人も少なくなってくるのだ。

 やはり人としてこの世に生まれた以上、何らかの形で名を残したいものだと思う。だがそれは凡人にはなかなか難しいことである。「人の噂も75日」という。多少名の知れた人でも、75日もすれば忘れられていくのだ。いやいや、75日というのは昔の話である。スピーディな変化の激しい現代では、75日どころか、10日も経てば忘れられてしまうかもしれない。松下幸之助氏のように、よほど有名な人でないと、いつまでも人の心に残るということは難しいことだろうと思うのである。後世に名を残すような人は、やはり最初から人生に向き合う姿勢が違うのかもしれない。

 振り返ってみれば、ボクなどはまるで行き当たりばったりの人生を送ってきた。大学で何を専攻するかについても、確たる方針がなかった。フロイトに興味があったので心理学をやろうか、それとも経済を専攻してサラリーマンになろうか、そんな具合だった。その挙句、どちらでもない法学部に進んでしまったのだから、何を考えていたのやら分からない。法学部に行っても司法試験を狙う気などサラサラなかった。まあどこでもいいから入れてくれる会社に入ろう、入れてくれる会社がなかったら、先生にでもなろうかといういい加減さだった。そうして銀行員になってしまったのだ。銀行員生活28年、さすがにここでは銀行員になった以上重役を目指そうと思って頑張った。途中、もう駄目かなという挫折の時機もあったが、何とかそれを乗り越えて上を目指し、かなりいいところまできていた。

 50歳のとき、突然転職の話が降ってきた。医薬品問屋の社長をやらないかという話だった。銀行の重役を目指すか、問屋の社長になるか。可能性はあるが、なれるかどうか分からない銀行重役の椅子、すぐなれるけれども将来に不安がある中小問屋の社長の椅子・・・、思案のしどころ、運命の分かれ道である。常識的な銀行員なら前者の道を行くところ、後者を選んだボクは常識的な銀行員ではなかったのかもしれない。ボクの背中を押したのは何だったのだろうか。後から考えれば、いろいろ理由はつくのだろうが、多分「やってみたい」、それだけだったのではないかな。そして「やりたい」ほど強い理由はないのだ。  何でもそうではないだろうか。何かをしたいという時に、いちいち理由を考えたりしないだろう。ただ、これは「いっぱい飲みたい」とか、「映画を見たい」とは違う、ぼくの人生を左右する問題である。あるいは運命の神様がボクの背中を押していたのかもしれない。そうとでも考えないと理解できないほど、かなり無謀な決断だったのだ。

 結果はどうだったのか、現在を見れば一目瞭然である。ボクは現在71歳。食品問屋の監査役をやる傍ら、自分の事務所を持っている。監査役を勤める食品問屋の社史を執筆しながら、4冊目の著書を執筆中。昨年出した3冊目の著書、「サラリー漫歩」は目下書店に並んでいる。たまには講演の依頼が来る。近々女性を対象に家庭問題の相談業務を開始する予定である。ボランティアの方では成年後見人として、あるお年寄りの後見人をやっている。また離婚したご夫婦のお子さんとの面接のお手伝いをする、面接交流支援センター「綾の会」の立ち上げ準備に参加している。そのほか、たまにテレビにコメンテーターとして出演し、FMラジオではディスクジョッキーをやっている。趣味の領域では川柳にも打ち込んでいる。いくら高齢化社会でも、71歳でこれだけのことがやれるというのは、実に有難いことと思わなければならない。そしてこれは全部、転職したからこそやれていることなのだ。もし転職していなければ、ボクはとうに引退して家で燻っていたかもしれない。

 ボクが今日あるのは、ほとんどが転職後の経験の積み重ねと人脈のお陰である。そんな自分の人生に感謝しつつ、ほんの僅かでもこの世に生きていた足跡を残せるかなと思っているこの頃なのである。


▼ お知らせ ▼

筆者:太秦康紀さんは、昨年11月に3冊目となる本を出版しました。新風舎文庫「さらりー漫歩」。全国の書店で発売中です。
サラリーマンの喜び悩み、そして生きてゆく知恵と勇気、行動をユーモラスに鋭く描いております。ご自身の体験が底流に流れていますので、一種のドキュメンタリー作品としての側面も持っています。
札幌紀伊国屋書店の「話題の本」「新刊本」のコーナーに置かれています。またHBCラジオや読売新聞などですでに紹介されておりますので、一度手にとってご覧下さい。

「さらりー漫歩」著者::太秦康紀さん
「さらりー漫歩」
定価700円
(新風舎文庫)


太秦康紀HP http://www.rak3.jp/home/user/monkey69/


■筆者プロフィール
太秦 康紀 UZUMASA YASUNORI
1935年02月: サッポロで生まれる。
1958年03月: 北大法学部を卒業、4月に北海道銀行へ入行。
約28年間の銀行員生活を経て、1985年11月同行退職。
1985年11月: 医薬品問屋、(株)寿原薬粧の社長に就任。
1991年04月: 同業7社の合併によって誕生した(株)バレオの副社長に就任。
1996年06月: 同社常勤監査役に就任。
1999年04月: 再度の合併で社名は(株)ほくやくとなり、引き続き監査役。
2000年06月: (株)ほくやく監査役を退任。
2000年08月: 太秦事務所を設立、所長となる(経営コンサルタントを自称)

著作: ・しなやか散歩道(1995年2月 近代文芸社)
・しなやかれすとらん(2003年4月 北海道新聞社出版局)
・北海道新聞「朝の食卓」1998〜99年執筆
・さらりー漫歩(2005年11月 新風舎文庫)
その他: 家庭裁判所家事調停委員、(株)スハラ食品監査役
(株)芭里絵監査役などを勤めた。現在はTVコメンテーター、FMパーソナリティ、講演、文筆など気ままに活動中。
血液型 AB型、星座 うお座(たまにみずがめ座)、動物占いでは落ち着きのない猿。趣味は、映画鑑賞 格闘技鑑賞 ゴルフなど

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