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「五匹の猿を退治しろ!」に続き、この新シリーズは月1回でスタート致します。
軽妙洒脱な文体は、更に「うずまさ一刀流?」の鋭さを増し、すっと軽く読めるがズシリと心に響く。日々の暮らしに目を向け考え悩み前進する高校生、大学生、社会人のみなさんを暖かいまなざしで叱咤激励するシリーズです。ここには社会生活をする上でのさまざまな知恵がギッシリと埋まっています。お楽しみに。

犬の遠吠えねずみ鳴き

■巻の7「 待ちぼうけ 」  うずまさ やすのり

太秦 康紀

待ちぼうけ 待ちぼうけ
ある日せっせと 野良稼ぎ
そこへうさぎが とんで出て
コロリ転げた 木の根っこ

これは作詞、北原白秋、作曲、山田耕筰の「待ちぼうけ」という童謡である。以前は誰でも知っている歌だったが、童謡の流行らない昨今の若い人は知らないかもしれない。この童謡は、次の中国の故事に基づいたものだ。

昔、中国の宋の農夫が畑仕事をしていた。するとそこへ1匹の兎が飛び出してきて、畑にあった木の切り株に頭をぶつけてコロリと死んでしまった。農夫はこれ幸いとその兎を拾って帰ったが、これに味をしめて、それ以後は働かずに兎が頭をぶつけて死んだ木の切り株のそばに寝そべって、兎が飛び出してくるのを待って暮した。兎は二度と現れず、農夫は国中の笑いものになったという。

この故事が諺になったのが、「株を守りて兎を待つ」である。一度成功した経験、あるいは昔どおりのしきたりや、やりかたにこだわって、融通のきかないことの例えとされる。また一度味をしめたことを、もう一度望む甘い考えにも例えられる。単に「株を守る」とも言われる。

この諺を知らない人は多いと思う。だが「失敗は成功のもと(または母)」という諺なら知っているだろう。失敗しても、何故失敗したのかその原因を究明して反省し、同じ失敗を二度と繰り返さないように心がければ、成功への道が開けるというわけだ。失敗した結果、成功が得られるところから、失敗は成功のもとなのである。「株を守る」とは、丁度逆の諺だ。

確かにこれは間違いではないのだが、世の中の出来事をじっと見ていると、「失敗は成功のもと」よりも「成功は失敗のもと」の方が、より多いのではないかとボクには思えるのだ。まさに「株を守りて兎を待つ」の例えの通り、成功に奢って失敗する事例が、いかにも多い。失敗の挙句、薄くなった頭を下げて世間にお詫びする、企業経営者の何と多いことか。

基本的に日本の社会は「株を守りて兎を待つ」社会だったように思う。そこでは前例が大手を振ってまかり通った。会社で何か問題が発生すると、上の人は部下に「前はどうだった」と言って、前例を調べさせた。上手く行った前例に従って、処理するのが常だった。前例が見当たらないときは、「他所はどうしている」と聞いて、他社の例を調べさせた。ここから「前例主義」と「横並び主義」が生まれたのだ。こうなると、前例や他社例をインプットしている人が重宝がられる。クリエイティブな人ではなくて、記憶力のいい人が珍重される世の中だった。記憶力のいい人、つまり○×式の試験でいい成績を上げる人を企業は求めたのだ。知恵や創造力よりも記憶力が重視されたのである。しかし、今や好むと好まざるにかかわらず、改革、変革の時代である。改革、変革の時代に、過去の成功例は邪魔になりこそすれ役に立たない。記憶力よりも、知恵や創造力、変化対応力が重視される時代なのだ。兎がぶつかった木の根っこを覚えていて、そのそばで飛び出してくる兎を待っているようでは駄目なのである。

ボクは五十歳のとき、義弟の急病で28年間勤めた銀行を辞め、突然医薬品問屋の社長になった。この間の事情は、昨年連載した「五匹の猿を退治しろ」の第4講「動か猿では結果は出ない」に詳しく述べたので参照していただきたい。ボクが社長になった寿原薬粧という会社は、間もなく創立100年を迎えようとしている老舗だった。だが社長になってから、過去の歴史を調べてみると、それはまさに「株を守りて兎を待つ」の性格を持った会社だった。かつては道内の業界で有数の会社だったが、古い商いのやり方を守ってきた結果、シェアーは他社に取って代わられ、業界6位で気息奄々としている会社だった。ボクはことあるごとに、社員に「過去を捨てろ」と訴えた。折しも業界は変革の最中にいた。古い体質では、取り残されて行くことは目に見えていた。「変化の時代には、しなやかさ、したたかさが求められる」と訴え続けた。だが、100年の歴史を背負ってきた社員に、「過去を捨てろ」と訴えても、それは至難の業であった。「しなやか思考」を求めても、なかなか無理な話だった。銀行という業界から突然やって来たボク自身には、その会社にも業界にも捨てるべき過去がまったくない。捨てる過去がないから、自由自在な発想ができるが、押しつぶされそうな過去を背負った社員との間にある大きなギャップを埋めるのは、容易ではなかったのだ。過去を捨てられないとすれば、まったく新しいところに放り込むしか生残る道はない。熟慮の末、ボクが下した結論は合併だった。そしてボクは同業7社との大同合併に参加することを決断したのだった。

北原白秋の童謡、「待ちぼうけ」は5番まである。最後にその4番と5番を紹介して、このエッセイを終わりにしよう。なお、読みやすいように、仮名遣いなどを原作とは多少変えてある。

待ちぼうけ 待ちぼうけ
今日は今日はで 待ちぼうけ
明日は明日はで 森の外
うさぎ待ち待ち 木の根っこ
待ちぼうけ 待ちぼうけ
もとは涼しい きび畑
いまは荒野の ほうき草
寒い北風 木の根っこ


▼ お知らせ ▼

筆者:太秦康紀さんは、昨年11月に3冊目となる本を出版しました。新風舎文庫「さらりー漫歩」。全国の書店で発売中です。
サラリーマンの喜び悩み、そして生きてゆく知恵と勇気、行動をユーモラスに鋭く描いております。ご自身の体験が底流に流れていますので、一種のドキュメンタリー作品としての側面も持っています。
札幌紀伊国屋書店の「話題の本」「新刊本」のコーナーに置かれています。またHBCラジオや読売新聞などですでに紹介されておりますので、一度手にとってご覧下さい。

「さらりー漫歩」著者::太秦康紀さん
「さらりー漫歩」
定価700円
(新風舎文庫)

太秦康紀HP http://www.rak3.jp/home/user/monkey69/

■筆者プロフィール
太秦 康紀 UZUMASA YASUNORI
1935年02月: サッポロで生まれる。
1958年03月: 北大法学部を卒業、4月に北海道銀行へ入行。
約28年間の銀行員生活を経て、1985年11月同行退職。
1985年11月: 医薬品問屋、(株)寿原薬粧の社長に就任。
1991年04月: 同業7社の合併によって誕生した(株)バレオの副社長に就任。
1996年06月: 同社常勤監査役に就任。
1999年04月: 再度の合併で社名は(株)ほくやくとなり、引き続き監査役。
2000年06月: (株)ほくやく監査役を退任。
2000年08月: 太秦事務所を設立、所長となる(経営コンサルタントを自称)

著作: ・しなやか散歩道(1995年2月 近代文芸社)
・しなやかれすとらん(2003年4月 北海道新聞社出版局)
・北海道新聞「朝の食卓」1998〜99年執筆
・さらりー漫歩(2005年11月 新風舎文庫)
その他: 家庭裁判所家事調停委員、(株)スハラ食品監査役
(株)芭里絵監査役などを勤めた。現在はTVコメンテーター、FMパーソナリティ、講演、文筆など気ままに活動中。
血液型 AB型、星座 うお座(たまにみずがめ座)、動物占いでは落ち着きのない猿。趣味は、映画鑑賞 格闘技鑑賞 ゴルフなど

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