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「五匹の猿を退治しろ!」に続き、この新シリーズは月1回でスタート致します。
軽妙洒脱な文体は、更に「うずまさ一刀流?」の鋭さを増し、すっと軽く読めるがズシリと心に響く。日々の暮らしに目を向け考え悩み前進する高校生、大学生、社会人のみなさんを暖かいまなざしで叱咤激励するシリーズです。ここには社会生活をする上でのさまざまな知恵がギッシリと埋まっています。お楽しみに。

犬の遠吠えねずみ鳴き

■巻の12「 ひとこと多い猿 」  うずまさ やすのり

太秦 康紀

見て聞いてひとこと多い猿となる  三猿

ボクは趣味で川柳をやる。雅号(ペンネームのようなもの)を三猿という。その由来は上記の句の通りだ。

普通三猿は、ご存知の通り「見ざる、聞かざる、言わざる」をいう。3匹の猿が両手でそれぞれ目、耳、口を押さえているものだ。日光東照宮にある「三猿像」が有名である。8世紀頃に、天台宗の教えとして日本に伝わってきたといわれており、中国の「不見、不聞、不言」を訳したもので、そもそもは猿とは関係ないようだ。たまたま日本語にすると終りが「さる」になるところから「見猿、聞か猿、言わ猿」になったようだが、それにしては世界中にこの三猿があるようだ。例えばヨーロッパでは三賢猿(the three wise monkeys)と言って、「見ざる、聞かざる、言わざる」ではないようだが、それならばやっぱり目、耳、口を押さえているのは何故だろう。

見ざる、聞かざる、言わざる

この三猿はフィンランドの三猿である。中には猿ではなくて、子供やおっさんが目、耳、口を押さえているのもあって、こうなると三猿の枠をはみ出してしまう。

フィンランドの三猿

それにしても、人間の場合は極めて稀で、世界中圧倒的に猿なのである。言葉に「さる」がつくのは日本だけなのに、不思議である。日本への輸出元の中国にも三猿像はたくさんあるのだ。この謎はいつか解いてみなければなるまい。

ところで三猿の教えであるが、波風立てずに世を渡るには、余計なものには目をふさぎ、余計なことには耳を傾けず、余計な口出しはしない方がいいよという処世術、いわば事なかれ主義の教えのようである。少なくとも、農耕民族の日本では、そのように理解されている。この三猿にもう一匹加えた四猿もあるようで、四匹目の猿は腹部を両手で押さえている。「し猿」、つまり何もしない猿ということで、ますます事なかれに徹しているのだ。

四猿

ボクは「見ざる、聞かざる、言わざる」の三猿には反対である。これでは人間がいびつになってしまう。究極の三猿が、「引きこもり」ではないかと思う。人間は見て、聞いて、喋って成長していくものだ。それは赤ん坊を見ればよく分かることだ。見ない、聞かない、言わないでは人間退化する一方である。

先ず意識して数多く見聞きすべきだと思う。それも間接的にではなくて、出来るだけ直接自分の目で見、耳で聞く努力をすることだ。テレビやラジオで見聞きするのはいかにも見たり聞いたりしているようだが、実は間接なのである。キャスターやコメンテーター、アナウンサーなどの意見を聞いて、自分の意見のように錯覚してしまうことがよくあるので気をつけた方がいい。それでも見聞きしないよりはいい。ただテレビやラジオで見聞きする場合は、「これは間接的なのだ」ということを認識しておくことが大事だと思う。出来れば直接自分の目や耳で見聞きしたものを、沢山インプットしておき、それをよく消化した上で自分の意見として、自分の言葉で発言するようにしたいものだ。よく部下に作らせた原稿を読み上げる偉い人がいるが、これなどは論外である。国会でも下を向いたままで、役人の作った答弁書を読み上げる大臣がいる。恥ずかしいことである。

ヨーロッパの三猿は、厄除けと見られているようだ。前記の通り「三賢猿」と言われるのだが、日本の三猿と違って「よく見て、よく聞いて、ただし口を慎みなさい」という教えのようで、そうだとすれば日本とはちょっと違う。事なかれ主義で災厄から逃れるか、それとも見て、聞いて、ただし意見は慎重にということで災厄から逃れるか。国民性の違いが出ていて面白い。ちなみにヨーロッパの三猿には、目、耳、口を押さえないで、耳をそばだて、目をこらし、口を開いているものもある。下の写真はイタリヤの三猿である。ボクの雅号の猿は「ひとこと多い」のだから、イタリヤの三猿のようにヨーロッパ型よりもっと進んでいると言えるのである。

イタリヤの三猿

さて、この「犬の遠吠え、ねずみ鳴き」シリーズも今回で無事終了だ。犬から始まって、十二支を題材に書き続けてきたが、何とか終りまで行って正直ホッとしている。十二匹の動物たちも、お役目を果たして一安心というところだろう。前回の連載が「五匹の猿を退治しろ」だったが、今回も猿で終ったのは何かの因縁だろうか。

そう思って見直したら、十二支の中で鶏(酉)が抜けていた。シリーズ巻の一が言わばプロローグで動物が登場しなかったのである。犬から始まって、最後のトリは鶏で締めようと思っていたのに残念である。鶏には気の毒したが、「立つ鳥あとを濁さず」だ。切のいいところで失礼するとしよう。

長い間のご愛読、心より感謝申し上げます。(完)

■太秦康紀さんのビタミンエッセー「犬の遠吠えねずみ鳴き」は、12回シリーズ最終回の今回で、ひとまず大団円となりました。多くの読者の皆さんに楽しんでいただけたことと思います。この機会にもう一度1回目から読んでいただくと更に新しい発見や違ったものの見方に気がつくかもしれません。
筆者の太秦さんは、現在UHB-TV「のりゆきのトークDE北海道」では準レギュラーのコメンテーターとして活躍されています。また、川柳を始めてから数年ですが、早くも週刊文春でも入選されたり、大きな句会でも新人ながら入選するなど、肉体的年齢からは想像できない「スーパー・シルバー」の活躍をされています。その答えは、前作シリーズ「五匹の猿を退治しろ」と今シリーズの中にあります。再度お読みいただくことをお勧めいたします。太秦さんには、また新しいシリーズを考えて頂いておりますので、始まりましたら、引き続きご贔屓ください。さあ!読者の皆さんも筆者に負けず、「考え、行動する・行学一如」で“バリバリチャレンジ”しましょう。


▼ お知らせ ▼

筆者:太秦康紀さんは、平成17年11月に3冊目となる本を出版しました。新風舎文庫「さらりー漫歩」。全国の書店で発売中です。
サラリーマンの喜び悩み、そして生きてゆく知恵と勇気、行動をユーモラスに鋭く描いております。ご自身の体験が底流に流れていますので、一種のドキュメンタリー作品としての側面も持っています。
札幌紀伊国屋書店の「話題の本」「新刊本」のコーナーに置かれています。またHBCラジオや読売新聞などですでに紹介されておりますので、一度手にとってご覧下さい。

「さらりー漫歩」著者::太秦康紀さん
「さらりー漫歩」
定価700円
(新風舎文庫)

太秦康紀HP http://www.rak3.jp/home/user/monkey69/

■筆者プロフィール
太秦 康紀 UZUMASA YASUNORI
1935年02月: サッポロで生まれる。
1958年03月: 北大法学部を卒業、4月に北海道銀行へ入行。
約28年間の銀行員生活を経て、1985年11月同行退職。
1985年11月: 医薬品問屋、(株)寿原薬粧の社長に就任。
1991年04月: 同業7社の合併によって誕生した(株)バレオの副社長に就任。
1996年06月: 同社常勤監査役に就任。
1999年04月: 再度の合併で社名は(株)ほくやくとなり、引き続き監査役。
2000年06月: (株)ほくやく監査役を退任。
2000年08月: 太秦事務所を設立、所長となる(経営コンサルタントを自称)

著作: ・しなやか散歩道(1995年2月 近代文芸社)
・しなやかれすとらん(2003年4月 北海道新聞社出版局)
・北海道新聞「朝の食卓」1998〜99年執筆
・さらりー漫歩(2005年11月 新風舎文庫)
その他: 家庭裁判所家事調停委員、(株)スハラ食品監査役
(株)芭里絵監査役などを勤めた。現在はTVコメンテーター、FMパーソナリティ、講演、文筆など気ままに活動中。
血液型 AB型、星座 うお座(たまにみずがめ座)、動物占いでは落ち着きのない猿。趣味は、映画鑑賞 格闘技鑑賞 ゴルフなど

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