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「五匹の猿を退治しろ!」「犬の遠吠えねずみ鳴き」「スクリーンは見ている」に続くシリーズ4作目がいよいよ連載開始です。今シリーズは筆者、太秦さんの暖かくまた厳しい観察眼がテーマです。自分以外の人やモノ、事柄から実に多くのことを学ぶものです。ただしそのためには、しっかりと良く見て深く考える必要があります。読者の皆さんには「うずまさ君の澄んだ目の考察」から皆さん自身の観察眼を磨いていただけるものと思います。高校生、大学生、社会人のみなさんにとって新シリーズが“明日をいきいきと暮らす”糧になればと念じております。より良く生きて行くための観察眼、ウイットと知恵。隔月掲載の6回シリーズ「うずまさ・ワールド」をどうぞお楽しみに。

観客席のポップコーン

■1.涙の数だけ強くなれる              うずまさ やすのり

太秦 康紀

「日本の皆様、こちらは日本を遥か遠く離れたヘルシンキ、オリンピック競技場であります」

潮騒のような雑音に混じって、あるときは高く、あるときは微かにアナウンサーの声が6球スーパーラジオから聞こえてくる。オリンピック競技場では、フジヤマノトビウオこと古橋広之進選手の出場する1,500メートルの決勝が始まろうとしていた。ほとんどの日本人は胸を高鳴らせてラジオにかじりつき、競技の開始を今や遅しと待ち構えていた。

時は1952年、当時テレビはまだない。海外からの放送は電波の関係でかなり聞こえにくかったが、我が家でもその聞こえにくいラジオ桟敷に家族全員が固唾を飲んで座っていた。それに先立つ1949年、全米水泳選手権に出場した古橋は400m、800m、1,500mで世界新記録を樹立、日本人を狂喜乱舞させるとともに、アメリカの新聞でフジヤマのトビウオ(The Flying Fish of Fujiyama)と書き立てられたのだった。

だが日本人の期待を集めたヘルシンキオリンピックでは彼は振るわず、400m自由形で8位に入賞したに過ぎなかった。すでにピークを過ぎていた上、オリンピックに先立つ南米遠征でアメーバ赤痢にかかるなど、体調もよくなかったのだ。
「日本の皆様、どうか古橋広之進を責めないでやって下さい。古橋の活躍なくして戦後の日本の発展は有り得なかったのであります。古橋に有難うを言ってあげて下さい」

NHK飯田次男アナウンサーが涙声で述べた言葉は、今聞けば少し大げさに聞こえるかもしれないが、敗戦によって意気消沈した日本にとって古橋選手は正に希望の星であり、これは決して大げさなアナウンスではなかったのである。

オリンピックに涙はつきものだ。1952年当時と違って、今はオリンピックも鮮明な画像で見ることが出来る。今回の北京オリンピックも、開始までいろいろな問題はあったにせよ、世界中の多くの人たちが競技を楽しんだ。そして金メダル獲得した選手、残念ながらメダルを逸した選手を始め、競技に参加した選手たち、スタンドの観客席で応援をした人たち、家庭のテレビの観客席で声援を送った人たちなど非常に多くの人たちが選手と一緒に喜びの、悔しさの、同情の涙を流した。涙を流したのは日本人ばかりではなかった。諸外国の選手たち、そしてスタンドの外国の応援団、おそらく各国でテレビ観戦した人たちも自国の選手たちの活躍に歓声を上げ、涙したに違いない。

  涙には国境がないアスリート   三猿

涙にもいろいろある。嬉しくて流す涙。あの水泳の北島康介選手も百の新記録で優勝したときには、流石に喜びで声を詰まらせた。金に限らず、メダルを獲得して歓喜の涙を流した選手は大勢いた。

悔しくて流す涙もあった。念願の金が取れず銅メダルに終わって悔し泣きする選手、メダルそのものを逸して悔し泣きする選手。そう言えばメダルを逃がした卓球の愛ちゃんも泣いていた。そして感激の涙。これはスタンドやテレビ観客席の応援団に多い。選手の涙を見て、一緒になって泣いてしまう人。最近年のせいかめっきり涙腺の弱くなったボクも、何度も目頭が熱くなり、或いは堪えきれずに涙を流したりした。オリンピック期間中、世界中で流れた涙の量はずいぶんな量になっただろう。

考えてみれば不思議である。人間は嬉しくても、悲しくても、悔しくても、そして感激しても泣くのだ。動物も涙を流すことはあるらしいが、感情がこみ上げて涙を流すのは人間だけらしい。

思い切り泣くとすっきりするという。どうやら泣くとストレス解消になり、脳内エンドルフィンも増加するものらしい。つまり涙には癒し効果があり、免疫力を高める効果があると聞けば、大いに笑い大いに泣くことは長寿の秘訣でもあるようだ。免疫力の向上はともかく、オリンピックで勝ったり負けたりして泣くのは、興奮したり落ち込んだりした精神を安定させる効果が涙にあるからだろう。

考えてみれば、寝転がってポップコーンを食べながら競技を見ているテレビ観客席の我々は、何も興奮したり落ち込んだりする必要はないような気がするのだが、選手と一緒に泣いたり、「やったー」などと叫んで一喜一憂するのは、人間なればこその感情であろう。これが日本選手が勝とうが、負けようが「それがどうした」という顔でポップコーンに熱中しているようでは、人間を止めた方がいいということになりそうだ。諸君、大いに笑い、大いに泣いて、自分が人間であることを確認しようじゃないか。

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読者の皆さん、お久しぶりです。お元気でしょうか。さて、新シリーズのテーマは「観客席のポップコーン」と決めました。前シリーズのスクリーンから今度は観客席に飛び出して、あるときはテレビ観客席、あるときは寄席の客席、またあるときは人生劇場の観客席と、ポップコーンでもほほ張りながら人間観察でもしようではありませんか。(太秦)


▼ お知らせ ▼

筆者:太秦康紀さんは、平成17年11月に3冊目となる本を出版しました。新風舎文庫「さらりー漫歩」。全国の書店で発売中です。
サラリーマンの喜び悩み、そして生きてゆく知恵と勇気、行動をユーモラスに鋭く描いております。ご自身の体験が底流に流れていますので、一種のドキュメンタリー作品としての側面も持っています。
札幌紀伊国屋書店の「話題の本」「新刊本」のコーナーに置かれています。またHBCラジオや読売新聞などですでに紹介されておりますので、一度手にとってご覧下さい。

「さらりー漫歩」著者::太秦康紀さん
「さらりー漫歩」
定価700円
(新風舎文庫)

太秦康紀HP http://www.rak3.jp/home/user/monkey69/

■筆者プロフィール
太秦 康紀 UZUMASA YASUNORI
1935年02月: サッポロで生まれる。
1958年03月: 北大法学部を卒業、4月に北海道銀行へ入行。
約28年間の銀行員生活を経て、1985年11月同行退職。
1985年11月: 医薬品問屋、(株)寿原薬粧の社長に就任。
1991年04月: 同業7社の合併によって誕生した(株)バレオの副社長に就任。
1996年06月: 同社常勤監査役に就任。
1999年04月: 再度の合併で社名は(株)ほくやくとなり、引き続き監査役。
2000年06月: (株)ほくやく監査役を退任。
2000年08月: 太秦事務所を設立、所長となる(経営コンサルタントを自称)

著作: ・しなやか散歩道(1995年2月 近代文芸社)
・しなやかれすとらん(2003年4月 北海道新聞社出版局)
・北海道新聞「朝の食卓」1998〜99年執筆
・さらりー漫歩(2005年11月 新風舎文庫)
その他: 家庭裁判所家事調停委員、(株)スハラ食品監査役
(株)芭里絵監査役などを勤めた。現在はTVコメンテーター、FMパーソナリティ、講演、文筆など気ままに活動中。
血液型 AB型、星座 うお座(たまにみずがめ座)、動物占いでは落ち着きのない猿。趣味は、映画鑑賞 格闘技鑑賞 ゴルフなど

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