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「五匹の猿を退治しろ!」「犬の遠吠えねずみ鳴き」「スクリーンは見ている」に続くシリーズ4作目がいよいよ連載開始です。今シリーズは筆者、太秦さんの暖かくまた厳しい観察眼がテーマです。自分以外の人やモノ、事柄から実に多くのことを学ぶものです。ただしそのためには、しっかりと良く見て深く考える必要があります。読者の皆さんには「うずまさ君の澄んだ目の考察」から皆さん自身の観察眼を磨いていただけるものと思います。高校生、大学生、社会人のみなさんにとって新シリーズが“明日をいきいきと暮らす”糧になればと念じております。より良く生きて行くための観察眼、ウイットと知恵。隔月掲載の6回シリーズ「うずまさ・ワールド」をどうぞお楽しみに。

観客席のポップコーン

■5.年を重ねるだけで人は老いない うずまさ やすのり

太秦 康紀

「A列車で行こう」の演奏をバックに、緞帳がするすると上がる。ブルーの照明を浴びて、純白のブレザーの楽団員が思い思いの楽器を高らかに演奏中。胸の躍る一瞬である。サキソフォンを吹くリーダーの原信夫だけが、濃紺のブレザーでひときわ目立っていた。

「原信夫とシャープス&フラッツ」の「ファイナルコンサート・イン・サッポロ」の舞台である。日本を代表するジャズバンド、シャープス&フラッツは、来る7月27日、静岡でのファイナルコンサートを最後に60年の幕を閉じる。スペシャル・ゲストに綾戸智絵を迎えたこの日のコンサートは、札幌における最後の演奏となるのだ。会場の厚生年金会館は超満員、さすがに年配のファンが大半を占めていた。

「A列車で行こう」の演奏を終えて、原信夫が語る。このバンドは今から60年前、終戦間もない頃に呱々の声を上げた日本でももっとも古いジャズバンドであると。当時は楽器もろくなものがなくて、その上楽譜も何もなくて、進駐軍向けの放送をラジオにかじりついて聴いた原が、全部耳から覚えて演奏していたということだ。演奏相手も進駐軍のキャンプであった。そんな長い歴史を持つ楽団だけに、メンバーは確かに年配者ばかり。髪が真っ白な人も何人かいたが、演奏は若者顔負けの元気さだった。「俺たちはジャズが好きなんだよ」という声が、演奏の中から湧き出して、観客を圧倒してくるようだった。

その昔、「FEN」というラジオ放送があった。「ファー・イースト・ネットワーク」の頭文字だ。極東放送、つまり進駐軍向けのラジオ放送で、その頃原信夫が耳を傾けたのもこの放送だった。もちろん全部英語の放送で、ディスクジョッキー風のものが多かった。ここから様々なポピュラー音楽やジャズが流れてきた。まだボクが高校生の頃である。英語は皆目分からなかったが、初めて聞く、ジャズ、ポピュラー音楽の数々は、僕の耳にはすごく新鮮で刺激的なものに聞こえた。この頃、大好きだったものに、テネシー・アーニー・フォードの「シックスティーン・トンズ」があった。当時の6球スーパーのラジオで、ボクはいつもこの曲がかかるのを楽しみに待っていたものだ。ラジオがまだ真空管の時代である。そしてこの頃、既に原信夫とシャープス&フラッツは、日本人のジャズバンドとして、演奏活動を展開していたのである。

前半の演奏を終えて休憩の後、演奏はデキシーランド・ジャズへと変わる。懐かしいベニー・グッドマンのスイング・スタイルだ。ベニー・グッドマン楽団の代表曲、シング・シング・シングの華麗な演奏が終ると、ゲストの綾戸智絵の登場。小柄なおばちゃんが舞台の袖から飛び出してきたと思うと、日本人離れしたフィーリングで元気一杯に舞台狭しと歌い跳ね回る。小さいくせに、大変なバイタリティ、そしてサービス精神も旺盛である。さすが本場で鍛えてきただけのことはある。

バイタリティと言えば、年配のジャズメンたちも、代わり代わりソロを聞かせ、会場を楽しませた。その度に場内は大いに湧いた。どのジャズメンも、ここを先途と得意の楽器を力一杯聞かせてくれる。そこには、ともすれば最近の若者たちに不足しがちな、バイタリティ、活力がほとばしり出ているようだった。

「青春とは人生のある時期を言うのではなく、心の様相(ようそう)を言うのだ。優れた創造力、逞しき意志、炎ゆる情熱、怯儒(きょうだ)をしりぞける勇猛心、安易を振り捨てる冒険心、こういう様相を青春と言うのだ。年を重ねるだけでは人は老いない。理想を失うときに初めて老いがくる」

詩人、サミエル・ウルマンはその詩「青春」で、このように詠っている。舞台のジャズメンたちは、確かに皆そろそろ高齢期に差し掛かった者ばかりだ。リーダーの原信夫に至っては、恐らく74歳のボクより年上だろう。だが、舞台上で力一杯の演奏を展開する彼らは、「解散なんてくそくらえ」とばかりに、今まさに青春真っ只中なのではないだろうか。そして舞台と一体化して手拍子を打ち、ジャズに身をゆだねる中高年の観客も、ジャズメンと同様、年を忘れて青春の真ん中にいる。人は年を重ねるだけでは老いないのだ。

会場のスタンディング・オベイションに応えて、アンコール曲を演奏する原信夫とシャープス&フラッツの面々は、「札幌へ来てよかった」と、そして満員の観客は「今日聴きに来てよかった」と、互いに満足しながら、ひと時の青春をいつまでも満喫したのであった。


▼ お知らせ ▼

筆者:太秦康紀さんは、平成17年11月に3冊目となる本を出版しました。新風舎文庫「さらりー漫歩」。全国の書店で発売中です。
サラリーマンの喜び悩み、そして生きてゆく知恵と勇気、行動をユーモラスに鋭く描いております。ご自身の体験が底流に流れていますので、一種のドキュメンタリー作品としての側面も持っています。
札幌紀伊国屋書店の「話題の本」「新刊本」のコーナーに置かれています。またHBCラジオや読売新聞などですでに紹介されておりますので、一度手にとってご覧下さい。

「さらりー漫歩」著者::太秦康紀さん
「さらりー漫歩」
定価700円
(新風舎文庫)

太秦康紀HP http://www.rak3.jp/home/user/monkey69/

■筆者プロフィール
太秦 康紀 UZUMASA YASUNORI
1935年02月: サッポロで生まれる。
1958年03月: 北大法学部を卒業、4月に北海道銀行へ入行。
約28年間の銀行員生活を経て、1985年11月同行退職。
1985年11月: 医薬品問屋、(株)寿原薬粧の社長に就任。
1991年04月: 同業7社の合併によって誕生した(株)バレオの副社長に就任。
1996年06月: 同社常勤監査役に就任。
1999年04月: 再度の合併で社名は(株)ほくやくとなり、引き続き監査役。
2000年06月: (株)ほくやく監査役を退任。
2000年08月: 太秦事務所を設立、所長となる(経営コンサルタントを自称)

著作: ・しなやか散歩道(1995年2月 近代文芸社)
・しなやかれすとらん(2003年4月 北海道新聞社出版局)
・北海道新聞「朝の食卓」1998〜99年執筆
・さらりー漫歩(2005年11月 新風舎文庫)
その他: 家庭裁判所家事調停委員、(株)スハラ食品監査役
(株)芭里絵監査役などを勤めた。現在はTVコメンテーター、FMパーソナリティ、講演、文筆など気ままに活動中。
血液型 AB型、星座 うお座(たまにみずがめ座)、動物占いでは落ち着きのない猿。趣味は、映画鑑賞 格闘技鑑賞 ゴルフなど

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