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「五匹の猿を退治しろ!」から始まった好評のうずまさ君(太秦康紀)シリーズも早、5年。いよいよシリーズ5に突入です!これまで筆者の温かくも鋭い観察眼から紡ぎだされる言葉の海には、深遠な意味と大切な人生の存在が描かれてきました。自分以外の人やモノ、事柄を語ることで自己の一部を垣間見せてくれました。今シリーズでは、更にこれまで以上に自己と歩んでこられた人生の時間・ご自身のヒューマニティーを語ってくれそうな気がいたします。「厳しく、鋭く、暖かい目」うずまさ・ワールドにはあなたのこれからに必要な知恵と勇気があふれているはずです。新シリーズが、高校生、大学生、そして社会人のみなさんにとって少しでも人生の栄養になっていただければと願っております。隔月掲載の6回シリーズ『何故かボクはいつも時代の変わり目に立っていた』。どうぞご期待ください。

何故かボクはいつも時代の変わり目に立っていた

■6.激動する業界の中で うずまさ やすのり

太秦 康紀

札幌Pホテルの大宴会場には、全国から参集した医薬品メーカー、トイレタリーメーカーの幹部、取引銀行のトップ、業界団体の代表など、およそ200名の人たちが思い思いに群れ集い、ビールのコップやワインのグラスを傾けていた。会場には札幌交響楽団所属の楽士たちが演奏する静かな音楽が流れていた。会場の一角にはわが社の支店の所在地にちなんだ模擬店が出展していた。小樽の寿司、函館の烏賊めし、旭川のラーメン、帯広の山菜そば等々である。広い会場は和やかな慶祝ムードに溢れていた。それは私が社長を務める株式会社寿原薬粧の100周年祝賀パーティーの会場であった。

祝賀パーティーは開会の言葉も来賓の祝辞もなしに始った。形式ばったことは一切なし。招待客は会場入口でグラスを渡され、そのまま立食パーティーの一員となる。会場で30分ほど歓談が続く中、「当社社長太秦康紀より、ご来場の皆様に一言お礼のご挨拶を申し上げます」とアナウンスが入り、ボクはゆっくり壇上に上がって行くという段取りになっていた。このパーティー唯一の挨拶である。言うならば、このパーティーのメインイベントがボクの挨拶だった。だからこの挨拶は絶対に成功させなければならなかった。そして来客たちに深い印象を与えるものでなければならなかった。

壇上でボクはゆっくりと会場を見渡した。会場の人々の目が、ボク一点に集中し、ボクが何を喋るかと注目している。ボクはすぐには口を開かず、黙って立っていた。実はパーティに先立ち、イベントに詳しい友人に相談を持ちかけた。パーティーはボクの挨拶に先立って、既にアルコールを飲みだしているので、かなりざわついている可能性がある。そういうザワザワした中で、全員の注目を浴びるにはどうしたらいいだろうか。友人は暫し考えてから言った。壇上に上がったら暫く黙って立っていなさい。そうすれば皆どうしたのかと思って、壇上に注意が集まるから。ただし壇上で黙っているのは、結構しんどいよと。ボクはこのアドバイスに従って黙って立ったのだ。最初は1分ぐらい黙っていようと思ったのだが、これは結構きついことだった。30秒も黙って立っていると、十分全員の注目が集まったようなので、ボクはやおら口を開いた。

「北にはロマンがあります。北には夢があります。この広大な大地には、新たなるものを生み出す息吹があります。かの北大の生みの親クラーク博士が、札幌を去るに当って残したあまりにも有名なことば、ボーイズ ビー アンビシャスを思い起こす時、いまここに創業百年を迎え、新たなる歩みを進める我々にとって大切なものはロマン、夢、そしてアンビションではないかと思うのであります」

この出だしも、考えに考えぬいたものだった。通常は「本日は皆様お忙しいところを…」と言うのが常識的な挨拶だが、それでは面白くない。来会者の意表をつく挨拶にしようと考えたのがこのイントロだったのだ。上記のことばに続いて、やっと「本日は皆様大変お忙しいなかを…」というお礼のことばに入っていくのである。

寿原薬粧創業100周年の晴れの舞台に立ちながら、ボクの内心は複雑なものがあった。祝賀パーティーが行われたのは平成2年2月24日だった。ボクが急遽この会社の社長を引き受けてから5年の歳月が経過していた。パーティーに参加してくださり、口々にお祝いのことば、今後への励ましのことばを述べてくださるお客様を見ながら、ボクの胸中を行き来していたのは、忸怩たる思いだった。実は100周年の慶祝ムードに湧くこの会社は、翌年消える運命にあったのだ。秘かに同業7社の合併の話が進められていたのである。地元大手3社の寡占化が進む医薬品業界で、このまま行くと中小卸は消えていく可能性がある。まだ体力のあるうちに、中小卸の大同合併を進め大手に対抗しようではないかという狙いだった。7社が合併すれば売り上げは800億になり、大手に匹敵する規模になる。あるいは地元業界2位に食い込めるかもしれない。かくて合併の合意が7社のトップ同士で決まり、極秘の中で合併準備が進められつつあった。順調に行けば翌年中の合併が実現する可能性がある。このことは、外部はもちろん、社内にさえ一切知らされていなかった。祝賀会に頬を染めるわが社の幹部すら知らないことだった。

挨拶の中で述べた「ロマン、夢、アンビション」には、実は7社大合併による新たなスタートへの思いが込められていたのだが、この会場でそれを知るのは私しかいないのであった。

平成3年4月、7社合併による新会社は無事スタートした。社名はまったく新しい社名ということで、株式会社バレオと決まった。ボクは新会社の副社長に就任した。合併にいたる過程、そして合併後の新会社でも様々な事件があり、大変な苦労の連続だった。2社の合併でも大変なのに、我々の合併は何しろ7社の大合併なのだから苦労があって当然だ。どんな事件があったのか、どんな苦労があったのかについても紹介したいところだが、紙面の都合で紹介出来ないのは残念である。そんな大変な苦労の末に誕生した新生バレオは、地元卸3位に位置し、売り上げ800億、従業員千人という堂々たる業容を誇る会社になった。新会社はその後札幌市場に株式を公開、その後も合併を繰り返して、今や株式会社ほくやくという地元トップの大企業に成長した。ボクは副社長として数年勤めた後、65歳の定年まで監査役として数年を過ごした。寿原薬粧という100年の歴史を有する老舗に入っても、ボクはそこで安穏としているわけには行かなかったのだ。安穏どころか業界再編成という激動の中に放り込まれ、多くの同業社のトップを切って7社合併という荒業に参加したのである。

何故かボクは、いつも時代の変わり目に立っていた。多分そういう星の下に生まれたのだろう。ボク自身が、そしてボクの人生が本当に変わり、躍動し始めるのは銀行を辞めて、医薬品業界に身を投じてからだった。だが回数の限られたこのエッセイでは、そのほんの一端しかお伝え出来なかった。またいつか機会があれば、その詳細についてお話することもあるだろう。今回は残念だがこの辺で筆をおくこととする。

一番最初の「五匹の猿を退治しろ」以来今日まで、本当に長い間お付き合いいただき感謝に耐えない。今ボクは75歳、世間で言う後期高齢者だ。だがボクの変化は、死ぬまで続くことになろう。皆さん方がプラス思考で前進されることを信じて、皆さんのご健勝、ご多幸を祈りつつお別れすることにしたい。(完)

2010年12月1日

■編集者からのお知らせ■
うずまさ君のシリーズ5「何故かボクはいつも時代の変わり目に立っていた」は今回が最終回となりました。今シリーズも熱心にご愛読を頂戴し、全国多数の読者の皆様には心から感謝を申し上げます。尚、うずまさ君シリーズは今シリーズが最後となります。苫小牧駒澤大学の社会的貢献に賛同いただき、これまで5年以上もの長きにわたり「五匹の猿を退治しろ!」「犬の遠吠えねずみ鳴き」「スクリーンは見ている」「観客席のポップコーン」そして「何故かボクはいつも時代の変わり目に立っていた」と連続して執筆を頂き、多くの読者のモノを見る目、考える力を育んでくれました。それらは“スーっと読めてズシリと心に響く”うずまさ・ワールドの健筆が冴え渡った一つの作品でもあります。読者の皆様には、改めてシリーズ1から読んで頂けると又あらたな発見がきっとあるはずです。困難に負けることなくガンバル力がきっとふつふつと沸き上がってくるはずです。再読を是非おすすめいたします。筆者の太秦康紀さんは社会の中で多くの活動の場を持たれ大活躍されております。そんな超・多忙な日々の中、ただの1回として連載を休むこと無く原稿を書き続けてくださいました。その努力は並大抵ではなかったはずです。その責任感と強靭な意思、使命感に対して、ここに大きな、大きな謝意を表すものであります。太秦康紀さん、長い間ありがとうございました。心から厚くお礼を申し上げます。そして読者の皆様、長い間ご愛読くださいましてありがとうございました。


▼ お知らせ ▼

筆者:太秦康紀さんは、平成17年11月に3冊目となる本を出版しました。新風舎文庫「さらりー漫歩」。全国の書店で発売中です。
サラリーマンの喜び悩み、そして生きてゆく知恵と勇気、行動をユーモラスに鋭く描いております。ご自身の体験が底流に流れていますので、一種のドキュメンタリー作品としての側面も持っています。
札幌紀伊国屋書店の「話題の本」「新刊本」のコーナーに置かれています。またHBCラジオや読売新聞などですでに紹介されておりますので、一度手にとってご覧下さい。

「さらりー漫歩」著者::太秦康紀さん
「さらりー漫歩」
定価700円
(新風舎文庫)

太秦康紀HP http://www.rak3.jp/home/user/monkey69/

■筆者プロフィール
太秦 康紀 UZUMASA YASUNORI
1935年02月: サッポロで生まれる。
1958年03月: 北大法学部を卒業、4月に北海道銀行へ入行。
約28年間の銀行員生活を経て、1985年11月同行退職。
1985年11月: 医薬品問屋、(株)寿原薬粧の社長に就任。
1991年04月: 同業7社の合併によって誕生した(株)バレオの副社長に就任。
1996年06月: 同社常勤監査役に就任。
1999年04月: 再度の合併で社名は(株)ほくやくとなり、引き続き監査役。
2000年06月: (株)ほくやく監査役を退任。
2000年08月: 太秦事務所を設立、所長となる(経営コンサルタントを自称)

著作: ・しなやか散歩道(1995年2月 近代文芸社)
・しなやかれすとらん(2003年4月 北海道新聞社出版局)
・北海道新聞「朝の食卓」1998〜99年執筆
・さらりー漫歩(2005年11月 新風舎文庫)
その他: 家庭裁判所家事調停委員、(株)スハラ食品監査役
(株)芭里絵監査役などを勤めた。現在はTVコメンテーター、FMパーソナリティ、講演、文筆など気ままに活動中。
血液型 AB型、星座 うお座(たまにみずがめ座)、動物占いでは落ち着きのない猿。趣味は、映画鑑賞 格闘技鑑賞 ゴルフなど

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